外食へ行こう
先週は夏休みの宿題に追われてて投稿できませんでしたごめんなさい。
それから僕は、お姉さんの隣に座ってしばらくの間とりとめのない会話をして過ごした。
その間、僕はこれは話さないほうがいいかなと気を使うことも、会話の時間を退屈に思ったりすることもなく過ごすことができた。
きっとこれが本来あるべき家族の姿なのだろう、そう考えると言いようもなく温かい気持ちになった。
陽慈の頃の家族はこうはいかなかった。
特に父とはそりが合わず、父親と顔を合わせることすら避けていたものだった。
きっとそれは父と相対して話すときは殆どが僕が叱られるときだったというのも原因だろう。
彼の一挙一動に僕は常に怯え、警戒し、恐怖を抱いていた。
これが僕の知る家庭だったのだから、お姉さんと過ごす家族としての時間がどれだけ幸せなものに感じられるか分かるだろう。
陽慈としての自分はもういない。陽慈は死んだのだ。僕は星慈、陽慈なんて人は知らない。
お姉さんならば僕をどこまでだって連れて行ってくれる。物理的にだけではなく精神的にもだ。
僕はそう確信している。
ただ、お姉さんが僕をどこにでも連れて行くことはできても、僕は彼女をどこにも連れて行くことができない。
僕はそうも確信していて、それがとても寂しく悲しいことのように思えた。
途切れることなくとは言わないものの、程よいテンポで進んでいた会話の中でお姉さんが話題を変えた。
「今日の晩は外で食べない?」
夜七時。確かにそろそろ晩御飯を考え始めてもいい時間だった。
お姉さんがご飯を作ってくれて僕がそれをちょくちょく手伝うというのがいつものことだったので、珍しいと思いつつも、僕には特段不満はなかった。
「別にいいですけど珍しいですね」
お姉さんは微笑んだ。
「登校祝ってことで偶にはいいかなぁ、なんて。……決して今日は晩御飯を作るのが面倒になったわけではないよ」
決して今日は晩御飯を作るのが面倒になったわけではない、とそう言っていたもののそれも理由の半分は占めていそうだった。
僕がお姉さんを見つめて無言になっていると、お姉さんはそれに耐えきれなくなったのか急に立ち上がり、僕の手を引いて無理やり立ち上がらせた。
僕が思春期の男子らしく、繋いだ手に少し恥じらいを感じているということには気が付かない様子で僕の手を引き、そのまま玄関に向かって歩いていく。
「さあ出発しよう」
「もう行くんですか!? 女性って出かけるときには多少準備するものだと思ってましたよ」
僕がそう言うとお姉さんは不思議そうな顔つきで振り向いた。
「準備? なんかあったっけ?」
「それはメイクしたり着替えたりとかあるんじゃ――」
そう答えようとしているうちに僕は気がついてしまった。
お姉さんを家で見るときも外で見るときも違いはない。お姉さんは常に完璧なまでにお姉さんだったのだ。
きっとメイクもほとんどしていないのだろう。洗面台に長くこもっているのを僕は一度も見たことがない。
僕より早く起きてメイクしてるなら話は別だがそんな素振りもなかった。
服を見てみても彼女はそのまま外に出ても何も問題ない格好をしていた。
きっと彼女にとって部屋着というような概念はないんだろう。
外にいつでも出られる私服がそのまま部屋着なのだ。よそ行きと区別されていない。
ならばなんの準備もなく出発できるのは当然のことと言えた。
「そういえばお姉さんは家の中でも部屋着とか着てませんでしたね」
「もしかしてそういう緩い感じの服着てほしいの? モコモコのパジャマとか着て欲しいタイプ?」
どうやら僕は女性に対して夢を抱きすぎていたのかもしれない。
そう感じるほどにはお姉さんに隙はなかった。
僕は自分が夢見がちなただの男子高校生だと悟られぬよう平静を装い、
「まさか。そんな人はフィクションの世界にしかいませんよ」
と言ってはみるものの、お姉さんはニヤニヤと笑っていた。
男子高校生の、手をつなぐことへの恥じらいは理解してくれないのにこういうことだけは理解が早い人だ。
これ以上いじられるのは勘弁してほしいので、繋がれ引かれるだけだった手を今度は僕が引っ張り、一緒に家を出た。
僕らは例の車に乗った。僕はいつも通り後ろの席だ。助手席の荷物はいつまで経っても置いてある。
これは何なのかを質問しても何も問題はないはずなのに僕は質問を控えていた。
無神経に質問しても傷つけるだけな気がした。
お姉さんはこの荷物をいつも愛おしそうに、でも少し寂しそうにみつめていたから。
だから僕は夕飯の話題を出した。
「今日は何を食べに行くんですか?」
「お祝いだしお寿司でいいんじゃない?」
お祝いと言ったら寿司。日本人的には理解しやすいことだろう。
お祝いということだし回らないタイプの寿司の可能性もあるのだろうか。
でもわざわざ質問するのは野暮な気もする。
回らない寿司を食べてみたいと常々思っていた僕は少しソワソワした。
迂遠に、間接的に、失礼の無いよう、チェーン店かどうかの確認をしたい。
そう思って口を開け言葉を発しようとした瞬間、
「勿論回るタイプだよ」
とお姉さんが言ったため、僕の開いた口はゆっくりと閉ざされた。
バックミラーで僕の様子を見たお姉さんはくすくす笑った。
勿論多少の残念さはあるものの寿司を食べるという事実は揺るがない。
むしろ飛び上がるほど高い寿司を食べるとなっても気が引けるし、味の違いに気が付かなかったら申し訳がない。
だから回転寿司で良かったのだと自分を無理やり納得させることにした。
到着したのは駅周辺の回転寿司屋だった。
駐車場は大体埋まっていたもののなんとか空いている場所を見つけられたためそこに駐車する。
特別上手というわけでもない彼女の運転だが、駐車スキルは人一倍のようだった。
きれいに駐車された車から降りた僕たちは店に入り、受付をして席が空くのを待った。
七時三十分に限りなく近づいた時間であったため多少待つのも仕方がないだろう。
そう思って長椅子に座ろうとしたその時だった。
僕が座ろうと思った場所の隣に先に座っていた一人の男が僕の方をじっと見ていた。
男の顔はどこかで見たことのある顔だった。
誰だったかは思い出すことができない。
だが、誰であろうともあまりに不躾にジロジロと見られるのも気分が悪い。
牽制も兼ねて僕は声をかけた。
「俺の顔になにかついてますか?」
僕がそう声をかけると彼はまるで幽霊でも見るような目で僕を見上げた。
彼はしばらく口をパクパクしていたがなんとか言葉を絞り出した。
「お前は陽慈なのか?」
僕とお姉さんは大きな衝撃を共有した。
だが、僕は自分でも驚くほど冷静に、かつ相手に何も悟らせることなく対応できた。
「陽慈? 俺は星慈といいますが……。その人は俺に似ているんですかね?」
髪をバッサリ切った。髪を染めた。ピアスを空けた。
バッチリイメチェンした。勿論服装だって今までとは、陽慈とは趣が異なる。
だから何故僕を陽慈と思ったのか、それが不思議だった。
僕があまりにもきれいに、不思議そうにする顔を貼り付けられたからか男は緊張を解いた。
「すみません人違いだったっぽいです。いや、昔の親友にあまりにも似てたものでして……」
彼はそう僕に告げるともう僕の方を見向きもしなくなった。
それで僕は男のことを思い出した。彼は小学校時代の親友だった。
名は山本茂。だが、卒業してしばらくしてから次第に連絡を取らなくなった相手だった。
彼も家族と来ていたようで、もう僕のことは忘れて彼の隣りに座っている年上の男性(おそらくは父親)と関係のない話題を繰り広げている。
立ち続けるのも不自然なので僕とお姉さんは彼の隣に座った。
彼の隣にはお姉さんに座ってもらった。
お姉さんは僕にいくつかの話題を振ってくれていたが僕は上の空でしか会話ができず、この店に来たときの楽しい気持ちはすっかり失われてしまっていた。
昔の街と今の街は遠いようで意外と近い。
調べれば気づけたはずの簡単なことに今まで気が付かず、心の準備もできていなかった僕はしっかり動揺し続けた。
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