帰ることができる場所
今週はちゃんと書けました。
僕はエレベーターを待つ時間すら惜しむように階段を駆け上がって自分の家へ帰ってきた。
そのままの勢いで家の玄関扉を開けようとしたため、勢いよく扉が動いた。
「ただいま」
僕がそうつぶやくとお姉さんの部屋からおかえりという声が微かに聞こえた。
僕はなんだか安心して、今度はゆっくりと戸を閉じた。
今日は色々なことがあった。
衝撃が多かったというよりも疲れが溜まったという感じだ。
僕の人生の上で一番の衝撃はお姉さんに攫ってもらったときで、きっとそれを上回る出来事は起きないだろう。
僕は自分の部屋に入った後学校の制服をさっさと脱ぎ、部屋着に着替えた。
制服はハンガーに吊るしシワがつかないように気をつける。
紙袋に詰め込むなんてことはしなかった。
交換したラインからはいくつかのメッセージとグループラインへのお誘いが来ていた。
クラスラインに加入し、よろしく的なスタンプを送ると数人から同じようなスタンプが帰ってきた。
クラスラインの人数がクラスメイトの人数より少ないなんて悲しいことは無いようで、少し距離を置かれていそうな坂本愛梨という人物がクラスラインにいることについて、僕は少し不思議に思った。
個人間での連絡も来ていたため返信しようと思ったが、それぞれの名前が特徴的すぎて誰が誰だかわからない。
一気に交換したから誰と交換したかは分かっていてもどれが誰だかわからなくなっているのだ。
アカウント名が本名と同じもしくはかなり似ている人にはリストを元に返答し、よくわからない名前の人に対しては当たり障りのない返事をしておいた。
彼らは常にスマホを見ているのだろうか。そう疑問に思ってしまうほど早く返信が来るので僕はしばらくスマホを付きっきりで世話してやらなくてはならなかった。
家に帰ったとしても僕は『俺』と呼称する佐藤星慈から開放されることはないとわかり、少しげんなりとした。
だがこれを続けることで、学校に通うだけでいるよりも僕が俺に馴染むのが速くなるというのは明白だし、一瞬の苦痛であるはずだから受け入れるしかないのだ。
とはいったものの、ずっと続けるのはつかれるので適度なところで会話を切り上げリビングに向かった。
お姉さんがリビングに居るかどうかは分からなかったが、今の僕は無性に星慈君としての僕になりたがっていた。
リビングに行くと、テレビの前のソファでのんびりしているお姉さんが目に入った。
「学校どうだった?」
彼女はテレビから目を離さずに僕に質問した。
「上手くやっていけそうでしたよ。でも、正直疲れました」
「そりゃそうだよ。しばらく授業なんて聞いてなかったから体が退屈がってるんだよ」
僕が疲れたのは授業のせいではないし、お姉さんもその事に気がついているようだった。
お姉さんが特段鋭いからというわけではない。僕の顔を見ればきっとよほど鈍い人でなければ誰だって気がつけるだろう。
だがお姉さんはあえて気がついていないふりをしてくれた。きっとそれは彼女なりの気遣いだろうと思った。
弱音を聞かなかったことにしてくれたのだ。
そのまま受け取ってしまったら、僕が新たな人生に不満を持っているように捉えられてしまうが、僕はそういう意味で言ったわけではない。
彼女もそれが分かっていたから冗談にしてくれたのだ。
僕は彼女に感謝し、また弱音を吐かないように話題を変えてしまうことにした。
「そうですね、退屈な授業でした。そういえばお姉さんは平日なのに仕事とか学校とかないんですか?」
常々疑問に思っていたことをこのタイミングで聞いてみる。
お姉さんの年齢を知らない僕にとっては、お姉さんは大学生にも新卒の社会人にも見える。
正直自分より年上の人物の年齢など、見た目ではわからない。
一度年齢を聞いたことがあったが、女性に年を聞いちゃいけないんだよ、と冗談めかして言われてしまっていた。
学校に通い始めるまでの間にも勿論平日はあったが彼女が外に出ることはあまりなく、買い物の時くらいのものだったので彼女が何者なのかは僕をしばらく悩ませていたのだった。
「仕事してたよ。私はリモートだから今までも働いてたよ」
「なんの仕事してるんですか?」
「会社だよ会社。ありふれた、前一緒に行った会社に似てるところ」
つまり戸籍を作り出せてしまうあの秘密組織みたいな会社に勤めているということのようだった。
あの会社は何をしているのか気になったがやはり聞かないほうが良さそうだった。
聞いてもきっと答えは帰ってこない、そんな気がした。
それでも諦めきれずせめてもの抵抗とばかりに彼女を見ていると彼女は苦笑した。
「彼には聞かなかったのに私からは聞こうとするの? まあでも、大人になったら分かるよ」
なんだかはぐらかされているような気がして僕は幼い子供のように確認した。
「……ぜったい?」
彼女は僕があまりにも子供っぽかったからか一瞬ぽかんとした後に、今度は爆笑した。
しばらく笑い続けていた彼女は目尻の涙を拭った。僕はその間恥ずかしさのあまり赤くなっていた。
「ぜったいだよぜったい」
彼女は子供をあしらうような台詞を口にしたがそれは思いの外真剣な口調だった。
「大人になるまでわからないなら子供にしかできないことをして過ごしたいものです」
「それがいいよ。でも子供にはしなくちゃいけないこともいくつかあるよ。例えば宿題とかね」
僕はお姉さんの言葉に大げさに頭を抱えこんでしゃがみ聞こえないふりをしてみせた。
お姉さんは再び笑い始めたが、今度は僕も一緒に笑うことができた。
この家がある限り、僕は僕を保つことができる。
『俺』が僕に馴染み、違和感をなくした時が来てしまったとしても、この家があれば僕は自分を忘れないでいられるだろう。
この時間、この場所を大切にしていきたい。僕は笑いながら、子供が考えるにしては少し生意気なことを考えていた。
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