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転入

最近書くのサボってました。

頑張りますので気が向いたらまた読んでくれると嬉しいです。

 しばらくして、中村先生が僕を迎えに来た。

 僕が指導室のソファから立ち上がると、ソファには僕が腰掛けていた痕がしっかり残っていた。

 座り心地の良いソファとはこういうものなのだろうか。少なくとも高橋家のソファは、立ち上がっても大した形跡は残っていなかった。

 真新しくて少し窮屈に感じる上履きが僕の足を包んでいるのを感じながら、中山先生の後ろを歩く。

 もうホームルームが始まるらしい。

 中山先生が先に教室に入り僕はその後ろから二歩分距離を空けて入室した。

 下は向かない。毅然として前を向き教室を観察する。

 僕らが入ってくる前はうるさかった教室も見る影もなく、ヒソヒソと小声で話す者とチラチラとこちらを伺うものの二極化した。

 この様子なら自己紹介は無難に済ませればいい、僕はそう判断した。


「こいつが先週くらいから言ってた転入生だ。自己紹介しろ」


「福岡から引っ越してきました佐藤星慈です。転校前はバレーボール部に所属してました。これからよろしくお願いします」


 僕はそう言って笑みを浮かべ軽く頭を下げた。

 教室はよろしくと言った声と軽い拍手で満ち、自己紹介の成功を知った。

 とりあえず僕にとって最も大切になる隣の人物長谷川比の反応を見るが、特段反抗的であったり不信感を抱いていたりはしなそうだ。

 気取られぬよう僕はそっと胸をなでおろした。


「じゃあ佐藤の席は長谷川の隣にするから。長谷川、こいつの案内とか世話とか頼んだ」


「りょーかいです」


 長谷川がそう答えた後、僕は自席に座った。

 隣を見ると、こちらを見ながら歯を光らせて笑っている。


「よろしく。星慈って呼んでもいい?」


「じゃあ俺も比って呼ぶわ」


 恐らく僕の見た目からして、一人称は『僕』ではなく『俺』のほうがトラブルが少ないだろう。

 そう思って自分のことを俺と呼称したが、随分しっくり来た。初対面の人間と会話する際、砕けた場であればこれからは『俺』と呼称しようと思った。


 ホームルームが終わり十分休みが訪れると同時に僕の周りには人が集まってきた。

 この調子なら今日中にクラスメイトと一通り会話が可能だろう。

 資料の通り、クラスでは髪を染めているものが大半だが決して荒れているという雰囲気もなく、不良というよりはノリの良い奴らなんだろうと実感した。

 僕は寄ってきた人たちと適当に話をしつつ、ラインを交換し、慌ただしく時間を過ごした。

 十分程度で全員と会話ができるわけもなく、授業開始のチャイムと同時に寄ってきたがまだ話せていなかった人や話したりなそうな人が残念そうに去っていった。

 最初の授業は数学で、数学の教師は小太りでメガネの中年男性だった。

 彼の声が聞き取りづらいものであったためか、クラスメイトの大半は睡眠やSNS巡回、スマホゲームに時間を当てていた。

 僕は目をつけられるわけにもいかないので、クラスの雰囲気を汲みつつ、無難に授業を受けることにした。

 僕は長谷川と席を近づけ、教科書を見せてもらった。

 彼も僕と同様に適当に授業を受け流すタイプの人間だったようで、僕が授業を真面目に聞いていないということが彼に見破られてから、僕らはノートの隅で筆談を始めることになった。


『星慈はうちの高校でもバレーボール続けんの?』


『どうかな? 特に執着してるわけでもないからやらないかも』


『実はオレもバレーやってんだよね。よかったら一緒にやろうぜ』


『いいけど厳しいのは勘弁な笑』


『安心しろ。同好会レベルのゆる~い部活だよ』


 といった話題から始まった筆談は、大樹の枝のように話題が広く分岐し収拾がつかなくなった。

 だがそのうち彼の忠告だけは僕の意識にしっかりと残ることになった。


『そういえば坂本愛梨あいりには気をつけろよ』


 という一言だ。坂本愛梨とは窓際から三列目、前から二番目に座る一人の女のことだ。

 彼女はこのクラスの雰囲気に似合わず真面目に授業を聞いているしあまりノリもよくなさそうだ。

 だが僕には分かる。おそらくはあいつが同胞だろう。

 だから僕はこの忠告をあまり真面目に聞かなかった。ただの噂に過ぎないと思って聞き流した。


 今日一日は転校初日としては大成功と言えるだろう。

 昼食も一人で取ることはなかったし、会話した人物たちは僕に好感を抱いてくれたようだ。

 まだまだクラスメイトの名前は覚えていない。

 データは持っているのだから覚えようと思えば覚えられたのだが止めておいた。

 僕は生まれ変わるために学校に通っているのだ。潜入調査の真似事をするためではない。

 比にはあの後部活を見に来ないかと言われたけれど、今日は体育着を持っていないからと断らせてもらった。

 帰り道は一つのグループに混ぜてもらって一緒に帰った。

 今日はずっとこんな感じだ。これからも一つのグループに囚われる気はない。

 理想は各グループに、グループメンバーと同様に扱われるようになることである。

 遊びに行く時に当たり前に誘ってもらえたりする関係だ。

 女子という立場であったならばそれはきっと難しいことだろうが、男子という立場ならばそうでもない。

 友人関係に執着しないのが男子のコミュニティのいいところである。

 帰り道も特に有益な会話をせず、今日の学校のこととかクラスメイトの恋愛事情とかそういったことを教えてもらった。

 もらったデータには恋愛事情等の、人に深く関わることは書いていなかった。

 誰についてもである。

 恐らくこれを作成した人物はクラスの情報に詳しく精通していない。

 これを作った人物はやはり坂本愛梨で決定だろう。


 僕は帰り道をクラスメイトと合わせるために駅の方を通って遠回りすることにした。

 彼らは基本電車通学なのだ。学校の徒歩圏内に住んでいる生徒は僕くらいのものだろう。

 彼らと別れ僕一人になると、どっと疲れが押し寄せるのを感じた。

 初登校だから仕方ないかもしれないがどうも原因はそれだけではない気がする。

 僕という人間を俺という別人で覆わなければならない。

 そのことを僕は苦痛に感じているようだった。

 これは陽慈から脱却できていないということだろうかとしばらく悩んだ後、どうもそうではないぞという気がしてきた。

 僕には人格というか、振る舞うべき姿がざっくり三つあるのだ。

 一つ目は昔の街で振る舞っていた、高橋陽慈としての自分。

 勿論陽慈のときも友人の前と親の前とで違いはあったものの基本はすべて自然体だった自分。

 二つ目はお姉さんの前だけで振る舞う、星慈君としての自分。

 これは陽慈としての人格と地続きであり、陽慈の隠していたことも全て知られた上で振る舞う自分。

 三つ目は高校で振る舞うべく生まれた、佐藤星慈としての自分。

 外見からふさわしい振る舞いをしなければならず、それは二つ目ではないと気がついたから生まれた、飛び地の自分。

 最も楽でいられるのは星慈君としての自分だ。だって僕は何も気を使わなくていい。

 僕が僕であるために何の障害もない。

 佐藤星慈はある種のペルソナだと僕はやっと理解した。だがその仮面はどうやら僕の顔のサイズとは少々異なっているらしい。

 つけ続ければいつかは馴染むだろう、それまでの辛抱だと思いつつも、僕は星慈君でいられる自分の家になるべく早く辿り着こうと足早に歩き始めた。


座席イメージです。

□が机、その上に書いてある名前がその机の主です。

名前付きだと少し机がズレて見にくいですが許してください。

       前

  □ □ □ □ □ □ 

窓 □ □ あいり □ □ □ 廊

  □ □ □ □ □ □ 

  □ □ □ □ □ □

側 □ □ □ □ □ □ 下

  たすく せいじ □ □ □ □

       後


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