転入生の下準備
あれから特筆すべき出来事もなく新たな制服が僕のもとに届いた。
戸籍を偽るのだから一年遅れて入学するほうが知り合いにバレるリスクも少ないのだが、あまり長く世話をしてもらうのも申し訳ないので歳を偽らず転入という体で通うことにした。
そして今日、十一月三日が記念すべき初登校である。
学ランだった前の学校とは違い、新しい学校はブレザーのようだ。
真新しい制服に身を包むとまだ着慣れていない新入生のような堅苦しさが僕から溢れ出ていた。
未だ結び慣れないネクタイをゆっくりと結び準備を整えていく。
おじいさんのコネで通うことになる私立時得高等学校は、築六十年で地域に根づいた学校だ。
私立だが僕はおじいさんのコネでかなり安く通わせてもらえることになっている。
電車での通学も可能だが、一駅しか離れていないので歩いて通学することにした。
僕のような人が通う高校ではあるが、勿論普通に入学してくる生徒もいるらしい。
各学年百八十人ほどで、三十人程の教室が計六つある。
男女比も驚くような差はなく、若干女が多い程度のものらしい。
僕はそんな高校の一年三組に転入することになったのだった。
経歴的な設定として、僕は九州の方から引っ越してきた高校生ということになっている。
両親は海外出張に行っており、海外についていくのではなく、既に自立していた姉のもとに住ませてもらって高校に通っているという体だ。
緊張が僕を包み込んでいるのを感じていた。
「ネクタイ結べてますかね」
鏡の前では問題なさそうだったが一応確認しておく。
お姉さんは頷いた。
「ネクタイはいいけどさぁ」
お姉さんはそういって言葉を濁した。
なにか問題があるのだろうか。真意を確かめようとお姉さんの瞳を覗き込むとお姉さんは視線をそらして肩を震わせた。
プルプル震える左手人差し指で僕の方あたりを指し示すとお姉さんはこらえきれないと言った様子で吹き出した。
「襟が立ってるよ」
僕は恥ずかしさのあまり顔が赤くなるという現象を超え真顔になった。
さりげなく襟を直して僕はさっさと出発する。これ以上家にいてはいじられ続けそうだ。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
お姉さんは笑いながら僕を送り出した。
SNSでの投稿の後、僕の周りで陽慈を探す顔見知りが現れるのかと危惧していたがそんなこともなく、車から僕らの居場所がばれることもなく、僕は新たな人生を謳歌していた。
初登校、自己紹介、友達作り。
僕の新しい人生はここである程度進展するか変化なしかが決定する。
陽慈の頃は人と関わるのがすごく得意というわけでもなくとはいえ苦手というわけでもなく、無難にこなしてきた。
だが、見た目を変え短髪、髪染め、ピアス付きとなった今、無難になど過ごせまい。
不良グループに属すという訳では無いが、明るいキャラというポジションを確立できるかどうかが今日の問題となってくる。
高橋陽慈は死に、佐藤星慈なった今、僕は一つ試されている気がした。
口だけではなく、流されただけでもなく、自分自身の意志で変われるのか。
すれ違う人が皆僕にそう囁いてくる気がする。
以前の僕ならばそれに恐れをなして下を向いただろう。
だが今の僕には十一月の寒さを消し飛ばすように照りつける太陽と、バケツいっぱいに入れた絵の具みたいな空を眺める余裕があった。
流石に初日から遅刻するわけにもいかず、ホームルーム開始三十分前に職員室に到着した。
漫画でおなじみの食パン+曲がり角のコンボに出くわすことはなかったということだ。
僕は職員室に入り担任となる先生に声をかけた。
「失礼します、佐藤星慈です。中山先生はいらっしゃいますか」
声を出すと同時に職員室を見渡す。
僕が髪を染めていることやピアスを空けていることに文句を言う先生はいない。
変身が必要な生徒が一定数通う学校である都合上、条件付きだが認められているのだ。
中山先生は窓際の机向かってに座っていた。
彼は立ち上がりこちらへ寄って来た後、僕に移動を促した。
彼に背中を押され職員室から退出し、隣りにある生徒指導室に移動する。
生徒指導室は机が一脚、対面するように横長のソファが二つ並んでいた。
僕はドア側のソファに腰掛け、彼は僕と対面する形で座った。
しかしなかなかこんなテンプレ教師のような格好をした人は最早いないのではないだろうか。
白シャツは第一ボタンを外し、その上からこれ着ときゃいいだろという風に白衣を着ている。
ネクタイは勿論締めていない。
どこにだっていそうで、でもなかなかいないタイプの先生のように感じた。
少なくとも生まれてから一度もこんなテンプレ教師に出会ったことはない。
「なかなか早く来たね」
「初日から遅刻するわけにもいきませんしね」
彼も僕同様、おじいさんに救われた者の一人らしい。
この学校には彼以外にも数人同じ境遇の者がいるという。
勿論教師としても生徒としてもという意味である。
生まれ変わっているのだから担任が誰であれ問題はないのだが、仮に問題が発生した時に担任が事情を知っているというのは楽だ。
僕が嘘をついているという可能性から僕の意見が蔑ろにされたとしても担任の意見ならばある程度聞いてくれるだろう。
そういう判断から僕の担任が彼になったのだろうと推測できた。
「しかしなかなかイカした格好だね。イメチェンした気分はどう?」
「最初は慣れませんでしたね。誰だこいつみたいな感じだし、髪短いから落ち着かないし。でも慣れてくるとどうもこうもなくなりました」
だが自分が少し明るくなったような気がするのも事実だ。
僕は彼にそう伝えると彼もそうだろうと言わんばかりに頷いた。
「クラスメイトの情報はある程度読んだ?」
彼は僕が転校する前にデータとしてクラスメイトの情報をある程度渡してくれていた。
クラスの同胞がまとめてくれたものだという。
犯罪めいたことは特に書いておらず、こういったものが好きとかそういった話の話題になることやそれに類することが顔写真、名前とともに乗っているだけのものだ。
クラスの立ち位置とか友人関係とか外部から見て分かるようなことしか書いていないが、これを読み込むことで多少上手く立ち回れるだろう。
「ええ、ゆっくり読ませてもらいました」
「それで星慈君はどこの席が良いんだい?」
このデータの主な活用法はこれだ。先に読み込んでおくことで会話が成立しやすそうな人物をある程度見繕い、最初に座る席を調整する。
これによって効率よくクラスに溶け込むことができる。
信頼は大事な財産だ。早めに作れるならば作っておいた方がいい。
だが誰の隣になれるわけでもない。
現在席が空いているのは三箇所。
そのうちの何処かしか得ることはできない。
僕は主人公席と呼ばれることもある、窓際最後列に座る長谷川比という生徒に目をつけていた。
彼から攻略するのが楽そうだし、溶け込みやすそうだ。
だから僕は彼の隣を指さした。
「ここがいいです」
「はい了解。じゃあホームルーム始まったら自己紹介してもらうから考えとけよ」
そう行って彼は立ち上がり部屋を出ていった。
僕はここに残って彼が呼びに来るのを待たねばならない。
大して時間もかからなかったしもう少し遅く家を出ても良かったかもなどと考えながら、リュックから英単語帳を取り出して暇を潰し始めた。
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