不確かな足跡
先週の土日に上げられませんでしたごめんなさい(毎週わざわざ待ってくれる人がいるかは知りませんが)
帰宅して自分の部屋に入った僕は自室の真ん中に座り、目の前にあるとある袋を見つめていた。
それは昨日お姉さんに買ってもらった服が入っていた袋だ。
この世から陽慈という存在は、ここから遠い街の人の一部だけが持つ記憶の中でしか確認できない虚構となり、僕と陽慈を結びつける要素はほぼ全て無くなったと言ってもいいだろう。
しかし、結びつけることのできる唯一の客観的証拠はこの袋の中に入っている。
それは、昨日僕がお姉さんと出会ったときに着ていた服、即ち学校の制服である。
僕はこれを処理しなければならない。だが、たったの一日でもやもやしたものがなくなることはなく、これはまだ捨てることができていないのだった。
あの街から離れて今は別の場所にいるというのに、この制服が部屋にあると認識するたび、僕の足に何か紐のようなものが巻き付いてきて僕を引きずり戻そうとしているように錯覚させられる。
だが、いつまでもこれを放置しておく訳にもいかない。
死への羨望を抱いた原因を探る必要もあるのだ。急がずに気長に考えたとしても誰も文句を言わないだろうが、焦らなくていいと分かっていても、一人になって誰とも会話をしない時間ができるとソワソワしてしまう。
一度考え始めたら同じところをぐるぐると回りだす。僕の悪い癖だ。
僕は頭を空っぽにするために、お姉さんに買ってもらったスマホを取り出し、SNS巡回をすることにした。
スマホは人の時間と思考を際限なく奪っていくためそこを問題視する声が上がるが、何も考えたくないときには都合のいい便利な道具だ。
脳みそを空っぽにしてネットに繋がり、情報を頭に詰め込むのにも飽きた頃、僕の部屋の扉がコンコンと軽やかにお姉さんの来訪を知らせた。
「星慈君、ちょっといいかな」
「どうぞ」
断る理由もない僕はスマホを閉じて机に裏返して置き、返事をした。
お姉さんは扉を開けて顔を隙間から覗かせるだけで入ってこようとしない。
僕は袋を部屋の端、邪魔にならない所へ移動させた後、扉の方へ向かった。
彼女は僕にスマホを向けてきた。どうやら画面を見ろということらしい。
画面を覗き込むとそこには陽慈をどこそこで見たというような投稿で溢れていた。
あのニュースの後が多少社会に影響を与えたらしい。
さっきまでSNSを適当に眺めてはいたが知らなかった。
基本的にトレンドは見ないで自分の調べたいことだけ調べるタイプなのだ。
投稿の中には、年上の女性と服を買っているのを見たという書き込みもあるが写真がないから問題ないだろう。
しかしその情報たちの中で一際目立つ一枚の写真が大変まずいものだった。
それは僕が車に乗っている写真だった。
幸い撮影者側から見ると僕とお姉さんが重なっているためお姉さんの顔は写っていない。
しかし僕はカメラの方を向いていた。
これは僕が友人に別れを告げたあとの写真だ。きっとあいつが撮ったものだ。
なぜ撮ったのかは分からないがこの写真はまずい。ナンバープレートまできれいに写ってしまっている。
僕はお姉さんに視線を向けた。
写真もそうだがもう一つ確認する必要がある。
今まで考えていなかったが僕が陽慈だということを最も簡単に気付くことができる外部の人間がいる。
「美容院の人が僕のことを気がついたら不味くないですか?」
今までの情報では僕が星慈になる前の情報しか出ておらず、それだけでは僕が連れ戻されることはないだろう。
だが美容院の人が気づいてしまったらそうはいかない。
変わる前と変わった後を両方知っている人間がいる。そいつ次第で僕はまた地獄へ帰らなければならなくなる。
切羽詰まった僕の表情とは対象的に、お姉さんは至極落ち着いているようだ。
「大丈夫。彼もおじいさんと繋がってるから」
どうやら救われた人たちというのは色々なところにいるらしい。
第二の人生を維持し続けるためには、色々な人の力が必要で、そのうちの一人に僕もなっていくのだろう。
なにはともあれ僕はすぐに連れ戻されるということはなさそうだと分かり安堵しかけたが、問題は何も解決していない事に気がついた。
車だ。あの車はきっともう使えないだろう。
僕はここに来てから迷惑をかけるばかりだ。
「まさか写真を撮られてるとは思いませんでした。……すいません、こんなにきれいに撮られちゃって……車を使えなくして…」
「そうね。ナンバープレートも変えなきゃね」
本当に救われた人たちはなんでもありのようだ。
じゃあ何故この写真や投稿を見せたのだろう。確かにいくつか僕の足取りを追えそうな投稿はあるが、全てが全て正しいわけじゃない。
見当違いの投稿もいくつかあるから、この街に辿り着くのは相当難しいだろう。
仮に辿り着けたとしても僕が陽慈だと一体誰が気づけるのだろう。
他には大した情報もない。とはいえ少しは気をつけるべきだろうか。
見た目、戸籍共に変貌を遂げているが見た目に関して言えば髪型だけだ。
整形をしたわけでもないから見る人が見れば僕だとバレてしまうのかもしれない。
しかしそれよりも先に問題視すべきは声だろう。
声帯に傷をつけたわけでもないから声は完全に一致する。
常にとは言わずともしばらくは気を張っておこうと思った。
「なんか不機嫌そうだね」
「へ?」
お姉さんが唐突に僕にそういった。
そんなことないですよと言おうと思ったがお姉さんが僕の顔に手を伸ばしてくるので何も言えなかった。
「ほらこんなに硬い表情しちゃってさ」
うりうりとお姉さんの思うがままに弄くり回されながら原因を考えた。
するとわりかしすぐにピンときた。
折角生まれ変わったはずなのに陽慈が星慈の足を引っ張っていて新しい人生に水をさされたからだ。
しかも下手をすれば僕はこの場所にいられなくなるし、お姉さんが社会的に危険な目に合うかもしれない。
おじいさんや会社の彼だってそうだ。
自分が苦しむだけでなく人にまで迷惑がかかりそうになっている。
そこまで考えた時お姉さんはふと顔から手を話して僕の頭に手をおいた。
「大丈夫だよ。君がバレちゃってもなんとかなるさ。そのために私達大人がいるんだ」
僕はこの歳になって頭を撫でられるという状況を恥ずかしく思い、お姉さんから目を逸らした。
恥ずかしいと思いつつも安心してしまっている自分が酷く幼稚な気がして更に恥ずかしくなったが、僕はお姉さんの手を頭から無理やりどけようとは思えなかった。
僕は恥ずかしさを追いやるために話題を変えることにした。
「結局なんでこんな物を見せたんですか?」
お姉さんは僕の頭から手をどけた。なんだかそれが残念な気もしたがそれだけは口に出してはいけない気がした。
お姉さんは少しだけ残念そうな目をして言った。
「陽慈は色々な人に愛されてたってことだよ」
僕の中に雷が落ち、それが血管に乗ってぐるぐると回るような衝撃を受けた。
僕が愛されていた? なら死のうとする必要もなかったのかだろうとでもいいたいのか?
それにそんなの今更だ。もっと僕に言うべきタイミングもあったはずだ。
僕は衝撃が怒りに変わり、爆発しそうになっているのを感じたがなんとか抑え込む。
きっと僕にそれを家族や友人たちが伝えていたとしても、僕の行動は変わっていなかった。
変わるとしたらお姉さんについていくことなく目の前で飛ぶかもしれないということだけだ。
「そんなの……もう今更何だって感じですよ。伝えるなら何年も前にすべきだっただろうに。でも僕はそうならなくてよかったと思ってます。じゃないと星慈はいませんから」
お姉さんは目を見開いた。次には穏やかな表情に変わった。
お姉さんの事情は詳しく知らない。だが生まれ変わる前のお姉さんには愛されるという事実がきっと欲しくてたまらないものだったのだろう。
僕の問題を解決するための一石になるかもしれないと思ったのかもしれない。
だからお姉さんは僕にこれを見せたのだと僕は理解できた。
けして帰る選択肢もあるのだと伝えようとしたわけではないだろう。
僕の心を染めた真っ赤な怒りは、それを理解するとともに穏やかな青色へと変わっていた。
今週末は諸事情で上げられないので今週の木曜か、週明けの月火で上げます。
気になる点、感想等があればお気軽にご記入ください。




