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第三話

「いえ、彼は彼女の弟なんです。私も親しくさせてもらっていますが、彼女は私を気遣って公表は控えていたのです。近く発表予定でして──」

「それはそれはようございました」

 話の流れが思わぬ方へと流れたことに話半分に耳を傾けていたジュリエッタは視線を彼へと戻した。

「ジュリエッタには私の一方的な一目惚れで、私の無理を通し婚約まで漕ぎ着けたのです」

 いつの間にか繋いでいた手を顔の高さまであげ口付けられている。

「あらあらまあ」

 頬を赤く染めたのは領主夫人だった。

「彼女が部下に示しがつかないのではと関わりを減らしていたことがあらぬ誤解を招いたようで、我ながら情けない話ではあるのですが先日もそのことで少し揉めまして。おそらくそれが尾鰭背鰭が付いたのかと。ですが、これからはこうして彼女とも公務に出掛けられることがなによりも幸せです」

 よく嘘が次から次へと出るものだと内心感心していたほどだ。

「……もしや近く結婚のご予定が?」

「ええ」と答えた声にジュリエッタは目を見開いた。

「それはおめでたい! ぜひ海の女神様の祝福を受けて行ってくださいませ」

「……海の女神様?」

「この世の生命の源は母なる海であるとされ我が街の産業を担う漁船や貨物船には切っても切り離せないものです。今日のように船が行き交い無事に帰り着くことができるのも女神様のお導きあってこそですから」

 内陸にもいくつかの教会がある。

 以前、逃げ込んだのもそのひとつだった。

 その地に根付いた信仰はその土地によって変わっていくと読んだおぼえがある。

 貿易の盛んなこの地では海の女神なのかもしれない。

「海の女神様は信じるものを導いてくださいます」

 そうですか。と答えた声とは対照的に貼り付けた作り笑いは引き攣ってみえていた。

「あなたにも苦手なものがあるのね」

 エリザベスがいなくなったタイミングで声をかける。

「信仰というものにどうも懐疑的でな。神官によると私の人生はもう終わったはずだがこうして君と再会することができた」

「……それは一理あるわね」

 そこで彼の言葉に引っ掛かりを覚えた。

「ねえ、あなたも死んだのよね?」

「ああ」

「あなた、公爵でしょう?」

 私は死を選んだけれど、まずもって彼が殺されることなどないはずで私と同じ原理ならば彼も死んだことになるけれど、私のように死を選んだわけでもないのだから同じようにやり直すなんてことがあるのかしら。

 人生をやり直すこと自体おかしな話ではあるけれど。

「それにしてもまさかあなたとこうして出掛けるだなんて思わなかったわ」

「一度、君とここに来たかったんだ。ロニーにも紹介したかったからな」

「……そうだったの?」

「変か?」

「意外だわ。それにしてはやけに冷たかったじゃない」

「……どう接したらいいかわからなかったんだ」

「あなたにも苦手なことってあるのね」

「苦手ではない。君のことは大切に思っていた。だからこそどのようにしたらいいのかわからなかったんだ。それに以前は公務に追われていた。君との婚約を取り纏めるためだったが、その折に君の不義が持ち上がり……わかっている、君は誠実だった」

 じっとりと視線を向けると慌てたように弁解を述べた。

「そうよ、私はあなたを裏切ったことなんてないの。でも、まあ。誤解が解けてよかったかもしれないわね」

 案内を受けた部屋のポーチからは街や海が一望できジュリエッタは感嘆のため息をもらした。

「綺麗……」

 時間の流れが穏やかで身を委ねたくなるようなあたたかさがあった。

 潮風が胸を満たし訪れたことに胸の高鳴りを感じていた。

「気に入ったか?」

「ええ、とても素敵なところね」

 一通り室内を見てまわるとジュリエッタは運び込んだトランクケースの中を整理していく。

「なにをしているんだ」

 訝しげな声にジュリエッタは持っていた枕をソファーに置いて「眠る場所を確保しているのよ」と答えた。

「ベッドがあるだろう」

「私とあなたがどうして同じベッドで眠る必要があるというの?」

「君と私にあらぬ疑いが向いてもいいのか?」

「けれど私たちはまだ婚約しているだけでっ」

「私は君と結婚するつもりだ。どこに不都合があるというんだ」

「はい? 聞き間違いかしら? 誰と誰が結婚するって?」

「君と私だ」

「アルバート。二度目の人生なのよ? わさわざ結婚する必要なんてないでしょ」

 私は貴族院での評判が良くないのだから自身の置かれた状況を考えるならば他を探すのが賢明な流れであってこのまま結婚するなど立場が悪くなるだけだ。

 彼は一体なにを考えているのかしら。

「あなた、まさか最初から地盤を固めるつもりで私を連れて……あなた、図ったわね?」

「私は君と離れたくはない。ただそれだけだ」

「あなたはまた私に死ねと言うの?」

 詰め寄るように身を寄せると差した指ごと抱き寄せられていた。

「死なせるつもりはない。黒幕を炙り出す。そのためには君の協力が必要不可欠だ」

「それは前の話でしょう」

「いや、あの時と同じだ。現に君の不実を理由に私と君は婚約破棄をするところだった。これは私と君だけの問題にとどまらず公爵家にとっても痛手だ。婚約者である君にはその一端を担う責任があるはずだ」

「あなたのことだもの、おおよその検討はついているんじゃないかしら」

「確証がなくてな。君にはこれからも危険が伴うかもしれない。それならば前回をおぼえている私といた方が都合が良いのではないか?」

「それなら、この件が終わればあなたとの婚約も破棄してもいいわよね?」

「私は君と生涯を共にしたいと思っている」

「あなたわかっているのこれからずっと一緒にいるのよ?」

「ああ」

「場合によっては世継ぎを設けなくてはならないの」

「君は嫌なのか?」

「い、嫌だとは言ってないわよ」

 生きることにいっぱいいっぱいだった。

 それよりも片付けなくてはならないことが山積みで、結婚なんていつ結ばれたかさえ知らなかった。

 子供も考えたことがないと言えば嘘になるけれど。

「そう、か」

 妙に歯切れが悪く顔を逸らした彼に、こちらも言葉を失っていく。

 それだけのために生涯を棒に振るだなんて。

 そもそも彼はどうして結婚にこだわるのか。

 罪悪感でも感じているのかしら? 

 まさかね。

 彼は私の最期など知らないのだから適当に言いくるめておけばいい。

「あのね、アルバート。なにか勘違いをしているようだから伝えておくけれど、あなたと別れたあと私は幸せに人生を終えたわ。あちこちを歩いて回り食したことのないものや人々の考えに触れることができたの」

 ある意味においては嘘を言ってはいないはずだ。

「あなたが前回はどういった人生を歩んだかは知らないけれど、私たちはたまたま縁がなかったのよ」

「……それは真実か?」

 首に触れる指先に肩が揺れた。

 唇を寄せられ、髪が頬から顎にかけて吐息がかかり「ちょ、ちょっと!?」ジュリエッタは戸惑っていた。

「君に刃を向けるものは誰であっても許すことはできない。例えそれが君自身であってもな」

 研ぎ澄まされた言葉を紡いだ彼の唇が触れた先には白く歪な傷跡が滑らかになっていた。

 傷があった。

 それは前回の終わりに剣先を突き刺した場所だ。

 その傷が明確に以前とのちがいをあきらかにしていた。

 そこに痺れるような痛みが走り、続けて生暖かいなにかが肌の表面を舐め上げたところで状況を理解し距離を取るように掌を突き出し彼を押し退ける。

「わ、私たちはまだ婚約中の身のはずです。そもそも別れるのですからこういったことは、無意味であって」

「私にとってはそうではない」

 力で敵うはずもなく抵抗虚しく指を絡め取られていた。

「以前も、私は君とともに生涯を過ごしたいと思っていた」

「それならどうして婚約破棄に応じたのよ」

「君の幸せを願っていたからだ」

 彼は、あれが幸せだったというの? 体よく縁を切れたからあなたはよかったんでしょうけれど、私がどうなったか彼は知らないから言えるのよ。

「君に想い人がいるならと私は身を引いた」

「私、そのような人はいなかったけれど」

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