病に倒れた姉の代わりに女装して出た卒業パーティーで、婚約破棄を言い渡されました。〜そもそもこの婚約はうちの家優位であることを馬鹿王子はご存知でして?〜
ああ、なんて馬鹿馬鹿しい。
パーティーに集まった群衆は、この惨状を自分を囲うようにして遠巻きに眺めている。
「あの、殿下?聞こえなかったので、もう一度お願いしますわ」
慣れない口調も、慣れないドレスも、慣れない髪飾りも重くてしょうがない。
「何度でも言ってやるリリィ•アンダーソン。貴様との婚約を破棄すると言ったのだ」
ああ、本当に馬鹿王子。これがいずれはこの国を治める王になるなんて世も末だ。
今宵はこの王立学園中等部の卒業パーティー。そんな晴れの場でリリィと呼ばれ、群衆の中で婚約破棄を言い渡されたが、生憎自分はリリィでない。リリィは俺の双子の姉だ。なんでこんなことになってしまったのか。時は数刻前に遡る。
「お願いよ、ノア!私は卒業パーティーに行かないといけないの。この日の為にいろいろと準備してきたんだから!」
ネグリジェに身を包んだままふらふらと立ち上がってくる姉の肩を、押さえつけるようにしてベッドに戻す。立っているのもやっとだった姉は、そんなに力を入れなくてもそのままベッドに倒れ込んだ。
「あきらめろ。そんな熱で行けるわけないだろ」
「でもだって、私が行かないとルーカス様が……婚約者として私は行かないといけないのに……」
舌打ちとため息が、ほぼ同時に出る。姉は、この国の次期国王であるルーカスの婚約者であった。姉には不思議な力があった。万物を癒し、魔を払う聖なる力。姉はその優れた力で幼い頃から聖女と呼ばれた。物心着く頃には王の耳にも入り、あれよあれよという間に、姉は王子の婚約者となったのだ。姉はそのことに使命感をもっている。国母となるからと厳しい花嫁修行もこなしてきた。今日のことも楽しみにしていて、鏡の前で念入りに肌の手入れをしていたことも、この日のために服を新調していたことも聞いている。
姉の体は切らした息で上下し、頬は紅潮している。緑の瞳は潤んで光を大きく反射していた。そんな美しい姉。心優しい姉。
だからこそ思う。この姉は、あの馬鹿王子には勿体無いと。
だからこそ思う。この姉が焦がれているであろう王子が心底妬ましいと。
不敬だろうか。いや、そんなことはない。
「じゃあ、もう俺行くから。大人しく寝てろよ」
ああ、やだやだ。姉と馬鹿王子のことを考えてると暗くなってくる。
モヤを振り払うようにベッドから離れようとすると、服の裾を思いっきりひっぱられ、そのままベッドの脇で尻餅をつく。
「なにするんだよ?!」
振り返ると、両の頬を思いっきり掴まれた。血走った目で姉が眼前で俺を見つめている。
「まだイけるわよね」
「は?」
「うん。あなた痩せてるし。イけるわ」
「なに?」
パチンっと、姉が指を鳴らすと、背後でドアが閉まる音がした。
振り返ると侍女が数人。ブラシやらコルセットやらを持って立っているのが見えた。
「なぁ、姉貴……何を?」
「昔よくやったじゃない。だから、今日も。ね?」
姉がにっこりと笑い、侍女に合図する。
悲鳴を上げる間も無く、俺は服を剥がされ、髪をとかされ、腰を締め上げられ、あっという間に姉そっくりに仕立て上げられた。
パートナーのいないパーティーは悲惨である。もっとも俺にもツレはいなかったわけだが、一国の王子にそれがいないとなると沽券に関わる。それを危惧した姉によって女装させられ、姉のふりを頼まれた俺だったが、
「馬鹿王子にそんな心配はなかったんだよ」
聞こえないように小さく悪態をついて、ルーカスに目をやる。その横には派手なドレスに身を包んだ、化粧のキツイ黒髪の女性が立っていた。女性はその装飾に反し、怯えた様子でこちらを眺めている。また、その指をルーカスの腕に執拗に絡めていた。
「失礼ですが、殿下。そちらの女性はどなたですの?」
笑顔を崩さないまま投げかける。聞かなくても本当は知っている。彼女はアリス•キャンベル。中等部から編入してきた女生徒だ。貧民街から独学で勉学を学び、編入試験でトップの成績を収めた才女だという噂を聞いたことがある。ルーカスはアリスを愛しそうに見つめる。アリスが現れて以来、心優しい姉のことを王子は邪険に扱っていた。
姉というものがありながら、他の女にうつつを抜かす馬鹿王子が許せなかった。パートナーのいないパーティーは本来悲惨だ。ルーカスがそれを知らないはずはないのに、今日とて一度も彼が自分に声をかけてきたことはなかった。そしてその横にはずっとアリスを侍らせていた。そのうえ公衆の面前で婚約破棄?馬鹿を通り越して頭がおかしいとしか思えない。
「酷いです!リリィ様……私の名前すら覚えていなかったなんて……」
「ああ、可哀想なアリス……あっ……謝れ!謝れリリィ!!」
わざとらしく顔を覆うアリス。それをあわあわとしながら宥めるルーカス。これが茶番と言わなかったら、なんと言うのだろうか。
「えっと……婚約破棄ですよね?なんでまた」
ルーカスはアリスを抱きしめたまま、こちらをしっかりと見据えた。その青い瞳は怒りで染まっている。
「お前は、俺に愛されているアリスに嫉妬し、彼女に酷いいじめをしたそうじゃないか。そんな者。この国の国母にふさわしいわけないだろう。だから婚約破棄をするのだ!」
「私……リリィ様に叩かれたり、モノを壊されたり、嫌なことを何度も言われて……黙っていようと思ってたのですけど……」
堪えきれなくなったというように、アリスは涙を流す。膝から崩れそうになるアリスをルーカスは支えるようにして抱きしめた。
「かわいそうな、アリス。俺はお前を許さないからな!」
ああ、本当馬鹿みたい。誰よりも善良な姉が、そんなことするわけないじゃないか。俺の深いため息はこの茶番に静まり返った会場によく響いた。
「お、お前……なんだ、その態度。俺はお前と婚約破棄すると言ったんだぞ」
髪飾りが重い。結い上げられた髪が痒い。締め上げられた腰が痛い。馬鹿王子の態度が腹立たしい。身体の全てに不快感を感じる。目に映る全てが不愉快であった。
「いやもう。いいよ……。婚約破棄っていうけどさ。このこと王様知ってるの?」
一応今までは姉の口調を真似ていたものだから、急に変わった俺の声にルーカスは一瞬だじろぐ。
「……父上はまだ。だが、分かってくれるはずだ」
「分かるって何を?」
「俺は、お前との婚約を破棄してアリスと婚約する。アリスは国母となるんだ!お前声をかけることも許されない立派な俺の妃に……」
「あ、そう。よかったね。パパが認めてくれるといいね」
適当に返事をすると、ルーカスはわなわなと震える。
「警吏!あの不敬な奴を取り押さえろ!」
怒鳴り声をあげるルーカスだったが、命じられた警吏は身じろぎ一つしない。
「警吏。ルーカスを捕縛……」
手を上げ、指示を出すと数人の刑吏がルーカスとアリスを抑えた。地面に膝をつき、ルーカスは信じられないものを見るかようにあたりを見渡す。
「お前ら、不敬だぞ!俺はこの国の王子だぞ!首を刎ねられたいのか!」
「そ……そうよ!私は未来の国母よ!こんなことして許されると思ってるの……!」
喚きつづける二人の前にゆっくりと歩みを進める。
「王子はまるでこの国の成り立ちが分かっていない。貴方もだ。アリス•キャンベル。編入試験でトップだったというのは嘘だったのか?」
「何を……」
「では、何も知らないお二人に歴史のお勉強を。この国は500年に一度、悪魔によって滅亡の危機を迎えると言われています。まぁ、よくある神話ですね。ここまでは良いですか?」
「そんな伝説。幼子でも知っている。馬鹿にするな。それがどうしたというのだ」
「それが、どうかするんですよ。それがここ最近が500年目になるそうなんです。つまりこの国は滅びの時を迎えている。分かりますか?このままだと滅びるんですよこの国」
「貴様っ!!不敬だぞ!!」
暴れる王子を警吏たちが押さえつける。ああ、滑稽。すっごくおもしろい。いい気味だ。
「まぁ、そんなに怒らないでください殿下。言い伝えには続きがあります。同じく500年に一度、救世主が現れ、その危機を救う。その救世主たる人物と王から認められたのが聖女リリィ•アンダーソンです。分かりますか?私です」
王子が驚いたようにこちらを見つめる。会場もざわざわと声をあげ、好奇の視線が集まってくるのを感じた。あ、やばい。これ言っちゃいけないんだっけ。
「分かりませんか?この婚約はそもそも、王家がわざわざアンダーソン家に申し込んできたものなのです。それを一介の王子が破談にしようなんて……とっても失礼だと思いますの。ああ、貴方のお父上に、陛下に報告したらなんというか。私の機嫌一つで廃嫡なんかになっちゃったりして?」
しゃがみ込み、指先でルーカスの顎を持ち上げる。怯えたような震えた瞳に、くっきりと姉そっくりの顔が映っていた。
「あんたも、折角才能あって、ここに入学できたんだから。王子なんて高望みしないで……その辺の適当な貴族にしとけばよかったのに」
嗜めるように言うと、アリスは俯いたまま震える。善良な姉を悪役令嬢に仕立てようとした時点でこの女も終わっていたのだ。別れの挨拶代わりにぽんっと頭を叩き、そのまま立ち上がる。
「皆様!今宵は私の婚約者が失礼いたしました。さあ、パーティーの続きを!」
「………です」
ぽつりと、アリスは呟く。
「リリィ様にいじめられていたことは本当なんです!」
響き渡った声に会場が静まり返る。
「何を言って……」
これ以上姉を悪く言うようであるなら、流石に怒鳴りつけようかと考えていると、「あの」という消え入りそうな声が一つ響いた。
その声を発した女生徒に皆の視線が集まる。女生徒はおずおずと視線を逸らしながら続けた。
「私、リリィ様が……。アリスさんを叩いている所を見たことがあります。校舎の裏でアリス様の背中を叩いていました。何度も……。私、誰にも言えなくて……」
「は?何言って……」
そしてそれを皮切りに、手がどんどん上がっていく。
「俺も見た!キャンベルさんが王子に用意したケーキを取り上げて捨てていた!」
「「出てけ」って凄んでるところ見たかも……」
「水をかけてるところを見たことある」
知らない姿の姉に、戸惑う。あの善良な姉が本当に?王子の寵愛を受けるアリスに嫉妬して?嘘だ。姉がそんなことするわけがない。
不意に、後ろで警吏に両手を掴まれた。
「何を……離してください!私を誰だと思って……」
「形成逆転だな」
拘束の外れたルーカスとアリスが目の前まで歩みよる。ルーカスは人差し指で俺の顎を持ち上げる。先程の仕返しというわけだろうが、ぞわりと背筋が粟だった。そして王子は警吏から短刀を受け取ると、俺のウエストに刃先を当て、そのまま上へ引き裂いた。ドレスだけが裂け、平らな胸元が顕になる。
「やはり、お前ノアだな。面白い。もともと似ているとは思っていたが。化粧でここまで似るのだな……」
しまった。先ほど近づき過ぎてしまったのだ。さすがの馬鹿王子でも、目と鼻の先にいれば違和感を感じたようであった。
「リリィの国での立場が俺より上だったということは理解した。だが、同じアンダーソンでも、お前は違うだろ?なんの力も持たない。聖女の残りカスのお前なんか俺にとってはゴミだ」
聖女の残りカス。優秀な姉に対して、不出来の弟。周りが俺を呼ぶ蔑称だった。
クスリと、ルーカスの横でアリスが勝ち誇ったように笑う。こいつがきっとみんなを買収したのだ。そうは見えない。でも、そうに決まってる。そうでなければいけない。姉が、馬鹿王子への嫉妬如きでこんなことをするわけがない。
「なぁ、アリス。この姉弟にどんな罰を与えようか……鞭打ちしたうえに窓のない部屋に閉じ込めようか……」
「そうですわ。ルーカス様。裸にして市中引き回しというのは?」
「それはいい!そうしよう」
まるでティータイムのお茶請けでも決めるかように二人は楽しげに話した。
「姉貴が……姉貴がそんなことするわけない!」
「事実を認められないようだな。とにかくだ。きな臭い伝説なんて俺は信じない。信心深い父上も聖女が実は悪女だったことを知れば、この婚約破棄を受け入れてくれるだろう。そして俺と、俺の妃になるアリスを馬鹿にしたお前ら姉弟を俺は許さない。アンダーソン家は取り壊しだ!」
ダーン!!という大きな音を立てて、会場の扉が開いた。敷居の真ん中にネグリジェのままの姉がいる。呆気に取られる皆を置き去りに、姉はこちらに向かって小走りでやってきたと思うと、勢いよく跳んでそのままアリス目掛けて飛び込んだ。
「痛い!」
姉は声を上げるアリスに馬乗りると、彼女の喉に小瓶を突っこみ、首だけをルーカスに向ける。
「間に合いましたわ!ルーカス様!」
そしてそのまま、両の手を組み、天高く上げたかとアリスの腹に向かって振り下ろした。
アリスの体が衝撃でくの字に曲がり、ぐほっという声が漏れる。
「貴様何してるんだ!」
あまりに短い間に起こった顛末に、皆ぽかんと口を開けて動けないでいた。ルーカスの言葉でやっと警吏によって姉はアリスから引き剥がされる。ルーカスはアリスに駆け寄るとぐったりとした彼女の体を抱き上げた。彼女の口から泡が飛びて、白目をむいている。
「何って……まぁ、ノア?どうしたの!」
取り押さえられたまま俺はというと目の前で行われた姉による暴行の数々を目にしてに情けなくポロポロと涙を流していた。姉が、姉が、嫉妬に駆られていじめをしていた。善良だと思ってた人が酷いことをしていた。
「おっ、お姉ちゃん……なんでアリスをいじめたの?やっぱり馬鹿王子が好きだからなの……?」
泣きながら言うも、姉は首を傾げたまま困ったように笑っていた。
「え?ルーカス様?全然好きじゃないですよ?」
会場は引き続き、ぽかんとした空気に包まれる。
「それにいじめって……人聞き悪いなぁ。私は浄化を……」
「うわああああああ!」
ルーカスの悲鳴が響き渡る。見ると、彼が手放したであろうアリスの口から黒い霧状のものがあとからあとから吹き出し、天井に溜まって異形の化け物を形成していた。モヤによりシャンデリアが落ち、ガラスを撒き散らす。あまりのことに呆けていた人々も、我を取り戻し、阿鼻叫喚で逃げていく。警吏でさえも俺たちを手放して一目散に姉が開け放したままの扉から出ていった。
「おっ……おい!誰か!俺のことも……俺のことも連れて行ってくれ!!」
ルーカスは腰を抜かして動けないでいた。失禁したのか、ズボンは、どんどん濡れていく。
「よくも!よくも!あとちょっとでこの国を手に入れられたのに!!」
黒霧の化け物は低いような高いような声で姉に恨み言を叫ぶ。
「あなたに負けないために、時間をかけて準備してきたのよ。聖水を体に塗ったり、対魔の服繕ったり大変だったんだから。こんなに手こずらされたのは初めてよ。だからもう消えなさい」
姉が指をパチンと弾くと黒霧は悲鳴をあげて霧散していった。姉は床に寝たままのアリスを抱き上げると、その腹に手を翳した。
「ごめんなさいね。痛かったでしょう。いやー、やっと出ていってくれたわ!アリスさんについてた悪魔さん!!いや、動くなら今日だと思ってたのよ。生半可な聖水じゃ効かなかったものだから。最強聖水作りにこん詰めすぎちゃってさぁ。おかげでこっちが熱出ちゃったー。ノアが時間稼いでくれてよかったわ。おかげで回復できた」
歯を見せて笑う美しい姉は、とても令嬢には見えない。アリスの表情が和らぐと、姉は俺に介助を頼んだ。腕で抱えるとアリスはずっしりと重かった。
「あ、そうそう。ルーカス様」
「ひゃいっ!」
名前を呼ばれて、変な声をあげるルーカスに姉はにっこりと笑ってから、ネグリジェの裾をもつと、優雅に頭を下げた。
「この度の婚約破棄お受けします」
「え……なっ?なんで?」
戸惑いを見せるルーカスに、姉は顔を上げて小さくため息をついた。
「王命にて、500年に一度の厄災を取り除くべく尽力し、本日アリス•キャンベルを介して貴方とこの国を害そうとした悪魔を滅しました。私が貴方と婚約してる道理はすでにございません。どう転ぼうか、これから先の貴方の治世は安泰でしょう。どうぞアリス嬢とお幸せに」
「お幸せにって……アリスはだって悪魔で」
寝息を立てているアリスをルーカスは見つめる。その寝顔は憑き物が落ち、すっきりとした少女のあどけないものになっている。
「取り憑かれていただけですわ。もう大丈夫です。強い悪魔でした。普通は背中叩けば出ていくのに……私も力不足で浄化にこんなに時間をかけてしまいました。申し訳なかったです」
「そうではなくて……分からなくて……」
「ああ、ルーカス様もアリス様に盛られた薬が効いていますから、今は正常な判断はできないと思いますが。……そのように小水などで抜けていくと思いますのでご安心ください」
自身の股間を指さされ、ルーカスは顔を真っ赤にしてその場で正座してそれを隠すように手をやった。
「ご安心なさい。悪魔がたまたまアリス様を選んだだけで、彼女の才覚や魅力は本物です。つまり、あなたが惚れ込んだ彼女であることには変わりません。それともルーカス様はアリス様ではなく、悪魔に恋焦がれていたとでも?」
姉は俺に目配せする。ため息をついてからルーカスにそっとアリスを渡した。ルーカスは戸惑いながらもそれを受け取った。俺と目が合うと、申し訳なさそうに俯くその姿に先程の毒気は見当たらなかった。
「……ちが、いや……分からない。ただお前は、俺のことが好きだったんじゃないのか?お前はいいのか?俺と婚約破棄なんて……」
どの口が言っているのだ。食ってかかろうとした俺を、姉は片手で制した。
「最初から好きではなかったですよ。私。弟に意地悪する人は嫌いなので」
呆けたままのルーカスを置いて、姉は颯爽と扉へと歩み出る。
「さぁ、ノア。帰るわよ」
大きく開け放された扉から、青白い月明かりが広間に差し込む。夜の光に照らされて、やっぱり姉は美しかった。
それからの話を少ししよう。
王立学園の高等部に進学した姉を待っていたのは馬鹿王子とアリスの猛烈アタックだった。
「僕は今まで、悪魔に魅了されていただけなんだ。本当に愛しているのは君だって気がついた!俺の妻になってくれ!婿入りでもいい!君のためなら王座も捨てていい!」
ルーカスと姉は無事婚約を解消した。しかし解消を続行したのは姉の方で、ルーカスは再び姉と婚約してもらうために勉学、スポーツ、交友関係いろんなことを磨いている。俺にとっては違うのだが、彼が馬鹿王子と呼ばれることはもうない。立派な次期王と期待されている。
「はぁ?引っ込んでいてくださいルーカス様!お姉様!お姉様!困っていることはありませんか?お姉様の安寧のためならルーカス様だって暗殺して差し上げます!どうかどうか、アリスを使ってください!」
本来の自分を取り戻したアリスは、自分を助けてくれた姉を「お姉様」と慕い、追い回している。勉学に勤しみ、その成績は努力をしているルーカスを凌ぐほどであるが、その心酔ぶりから学園では残念才女と呼ばれてしまっている。
あの卒業パーティー以来、二人は姉の美しさに心酔してしまった。子犬のようにまとわりついてくる二人に、俺は一つため息をついた。
「あの、二人とも……俺、ノアです」
姉の顔で、姉ではない声を出す俺に、二人はあからさまにがっかりする。
二人の処理が面倒になると、姉は俺に制服を交換させて逃げていく。ああ、最後に自分のブレザーに袖を通したのはいつだろうか。
「ああ義弟よ!一体リリィはどこにいるんだ?!未来の兄さんに言ってごらん。ほら、いつも言ってるだろ?兄さんの胸に飛び込んでおいで。なんでも聞くぞ。主にリリィのことを」
「ルーカス様。義弟って呼ばないでください……」
「は?ノア様なの?!いつも言ってますよね?この学園でお姉様の妹は私だけでいいんだから。貴方は性別だけでお姉様ファンクラブから黙認されてるんだから。いい加減その紛らわしい女装はやめてくださいよ!」
「アリス、何そのファンクラブいつの間にできたの?」
姉は嫌がる俺に度々女装させて、二人の猛追からのらりくらりと逃れている。本当にもういい加減にしてほしい。おかげで俺はいつも、この二人を引き連れて、姉の格好で練り歩くことになってしまう。あげくのあてには変態三人衆なんて呼ばれてしまっている。
姉は、とんだ人たらし。もしかしたら善良な聖女でもなんでもなく、稀代の悪女なのかもしれない。これからの三年間を思うと、なんだか頭が痛くなってくるようだった。
おわり




