第5話 『初めての町』
それから僕たちは、その日のうちに荷物をまとめて家を出た。
もう太陽は真上を通り過ぎ、あと少ししたら空は紅くなってくるだろう。
それでも僕たちの心の高鳴りはやまず、足は止まらない。
最初の目的地、大陸の中心で世界で最も巨大な樹の麓。「世界樹の都」である王都を目指して。
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しばらく歩き続てるうちに、あたりはもうすっかり暗くなってしまった。2つの月の光も、森の木々に遮られて、僕たちには届かない。それでも歩き続けていると、奥のほうの森が開けた平野になってきた。
さらに向こうには、町の明かりのようなものも見える。なんだか少しホッとする。
その町は周りを塀で囲っており、門の前には二人の兵士が見張っていた。
二人の兵は歩いてくるこちらに気が付くと、携えた武器に手をかけ、警戒心をあらわにした。
「おい、こんな時間に何をしている。何者だ。」
「落ち着いてくれ、怪しいものじゃない。町に入りたいだけだ。」
そういって、彼女はバッグの中から1枚のカードを取り出し、門番にひょいっと投げ渡した。
うおっ と慌てて受けとった門番はそのカードを見た瞬間、背筋をピンと伸ばし、態度を改めて、こちらに頭を下げだした。
「も、申し訳ございません。まさか、Aランク冒険者様とは知らず…。」
「いやいや、構わないよ。こんな時間に歩いてくるなんて、怪しまれたってしょうがない。」
「そ、そちらのお連れの方は…」
「あぁ、彼は私のパートナーなんだが、ギルドカードを持ってなくてね。」
「それでしたら、保証金として銀貨3枚いただくことになりますが。」
構わないよと彼女は袋から銀貨を渡し、僕の手を引いて門をくぐった。
敬礼をした門番たちに見送られながら、僕は今のやり取りが理解できずにいた。
「あ、あの…。今、なにが起こったんですか?」
「あぁ、メア君は知らないのか。このカードはね、ギルドカードといって、冒険者ギルドや商人ギルドに登録していることを証明するカードなんだよ。」
なんでも、彼女によると、この世界には冒険者という職業があるらしく、彼らは冒険者ギルドを通して民間の依頼を受ける代わりに報酬金をもらっているようだ。さらに、冒険者の中でもランク分けがあり、ⅮランクからSランクの5段階。上のランクに行くほど、強い魔物の討伐だったり、危険地域への調査だったりと、依頼の難易度と報酬金が上がっていくらしい。
「旅行するなら、あったほうが便利だよ。観光地に行くたびに、お金を払ってたんじゃ、なかなか痛い出費になるからね。明日、メア君も登録しに行こう。」
「え、魔力のない僕でも登録できるんですか?」
「全く魔力がないってわけじゃないんだろう?しかも、人間だって登録してる奴はいるんだ。別に技能試験なんかもないから、安心してくれ。」
そのことをきいて安心する。技能試験なんてものがあったら、受かるはずがない。
そんなことを話しているとまだ明かりがついている宿屋を見つけた。
――カランカラン
中に入ると、犬の獣人族であろう女将さんが受付に座って、本を読んでいた。
「いらっしゃい。お二人さんかい?えらい別嬪さんと美少年だねぇ。二人部屋なら銀貨5枚だよ」
こちらに気付いた女将さんは、笑顔でこちらに説明する。その笑顔から、陽気な性格が見て取れる。
ケイトさんはカウンターに銀貨を置いて、カギを受け取る。
ベッドが2つと机と椅子があるだけの簡素な部屋だったが、別に気にしない。
かたいベッドに腰掛けると、ギシッときしむ音がする。しかし、昼から歩き続けた僕の足はただ座れるだけでも満足だった。
疲れた体では、一度座ってしまうともう立ち上がることはできないものだ。
もう寝ようとベッドに入り、目をつむるも、背中のほうがモゾモゾと動く。言わずとも、ケイトさんだ。後ろから手を回され、足を絡められ、ケイトさんの匂いを濃く感じて、少し体がこわばる。
「そう緊張しないでくれ。別に寝ている間に、血を吸おうなんて思ってないよ。ただ、好きな人と一緒に寝たいだけ。」
これでは、二人部屋を借りた意味がなかったんじゃないか?
そう思ったが、後ろから抱き着かれる心地よさと暖かさに包まれて、僕はいつの間にか眠ってしまっていた。
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次に日の朝、目を覚ますと彼女はまだ背中で眠っていた。
やっぱり、吸血鬼だから朝には弱いんだろうか。改めて見ても、銀色の髪は朝日を反射し、白い肌に目が吸い込まれる。作り物のようなあまりにもきれいな寝顔に、思わず見とれてしまう。
そっと彼女の頬をなでると、彼女は心地よさそうにほほ笑む。
彼女を起こさないように、そっと起き上がり、受付に向かう。
「あら、おはようさん。こんな朝早くにどうしたんだい?」
「おはようございます。水の入った桶を借りたくて。」
「あぁ、水浴びかい?魔族なのに珍しいねぇ。そこの裏手のドアから出れば、裏庭につながってるから。桶も井戸もそこにあるよ。この時間は、人間のお客さんも起きてこないから安心しておくれ。」
「ありがとうございます。
裏庭で、服を脱いで水を頭からかぶる。魔法が使える人は体をきれいにする魔法が使えるらしいけど、僕には無理な話だ。この井戸だって、本来は人間のお客さん用だろう。好き好んで、水をかぶる奴なんていないはずだ。
だが、村を出てから、ろくに体を洗えてなくて気持ち悪かったのだ。水をかぶるのも致し方ない。
頭を振って水気を飛ばし、さっぱりして服を着る。
部屋に戻ると、彼女はもう目を覚ましていた。
「あぁ、メア君。どこに行ったのかと思ったよ。」
「ちょっと水浴びをしたくて、井戸を借りてました。」
「水浴び?清掃を使えばいいじゃない…そうか、使えないんだったな。」
「はい…」
「次からは私がかけてあげるよ。ほら、こっちに来て。まだ髪が濡れてるじゃないか。」
そういって、彼女は手を広げて、ハグを待つような体制をとった。いや、待つようなというよりも、ハグを待っているのだろう。少し恥ずかしい気もするが、彼女の胸の中に入る。
彼女に抱き着かれた瞬間、僕らの周りに風が吹き、風が僕らを包み込んだ。
いつの間にか髪は乾いていて、魔法というものの便利さを肌で感じる。
「さて、今日は冒険者ギルドに行こうか。」
そういった彼女と荷物を持って、宿屋を後にした。
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