第1話 『経歴』
――パチっ
目を覚ますと見知らぬ木の天井が目に入る。どうやらベッドで寝ているようだった。
ガバっと起き上がって、周りを見渡す。
(どこだ…ここ…)
全く記憶にない部屋の中には僕が寝ているベッドと机、椅子、びっしりと本で埋まった本棚のみ。
窓の外には、先ほど僕がいたであろう森が広がっていた。
僕が困惑していると目の前のドアが音を立てて開き、向こうから白髪の、いや、銀髪のお姉さんが片手にトレーを持って現れた。
「おや、起きたんだね。よかった。」
そういって,ほほ笑んだ彼女はとても美しかった。
見とれていると、彼女は椅子に座って、僕にトレーを差し出した。
「体は大丈夫?おなか減ってると思って、ご飯持ってきたよ。」
「え、あ、はいっ。だ、大丈夫です。」
グ~
ご飯という単語と美味しそうな香りによって、今まで忘れていた空腹感を思い出す。
目の前に差し出されたトレーには、パンと暖かそうなスープが乗っていた。
一口、また一口とかみしめるように味わう。
(あぁ、体が温まる。)
泣きそうになりながら、完食した僕を見て彼女は口を開く。
「ところで、君はなんであんな森の中で倒れていたの?周りには魔物も居なかったから、襲われたというわけではないだろう?」
「はい。じ、実は…
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「おぎゃー。おぎゃー。」
とある村で生まれた僕は、その瞬間から周りの人々を驚かせた。
僕の母親はサキュバスという種族で、基本はメスしか生まれず、異種同士で子供をなせる数少ない種族だ。そんな母親が生んだのは、オスであるインキュバスだった。
最初の頃は、女手一つで大切に育てられてきたが、成長するにつれて、ある一つの懸念点が浮かんできた。
「ほら、こうやって体に魔力を巡らせるのよ。」
「うー、、、、、、、ぷはっ。だめだ。できないよ。」
そう、僕は魔法がほぼ使えなかったのだ。
この世界は、魔素という物質が空気中に含まれていて、僕たちは呼吸によって魔素を体内に取り込み、魔官という内臓器官によって、魔力へと変える。
魔官を持つ生物は、他種族と意思疎通ができる「魔族」と、同種としか意思疎通できない「魔物」に分けられる。そして、この世でただ一種、魔官を持たない種族が「人間種」である。
結局、使える魔法は魅了だけ。
この魔法「かけた相手を思い通りにできる」という一見するとすごい魔法なのだが、人間のような魔法抵抗の少ない種族は効きやすく、魔族などの魔法抵抗の高い種族ほど効きづらいのだ。
さらに、魔力がほとんどない僕の魅了なんて、掛かるのはまず人間くらいだろう。
「まだ、魔法使えないの? ほかの子は、もう使えてるのに…。」
「ごめんなさい…。」
最初は魔官の発達が遅いだけだと考えていた母も、一向に魔法を使える気配のない僕を見て、不安に思っていた。魔族の中にも、まれに魔力をほとんど使えない者は生まれてくる。しかし、魔法を使えない魔族など、穀潰しもいいところである。母はきっと僕をどうしようか悩んでいたと思う。
さらに、僕には普通2本生えるはずの角が1本しか生えなかったのだ。
僕たち淫魔の間では、片方の角しか持たない者は「隻角」と呼ばれ、厄災の象徴とされているらしい。
ということを、本で読んでしまった僕は、髪で自分の角を隠すようになった。もともとそんなに立派な角ではなかったので、これで隻角だとばれないだろうと思っていた。
「ねぇ、そろそろ髪切ったらどう?」
「髪長いほうが、落ち着くから。」
しかし、頑なに髪を切るのを嫌がる僕を怪しんだ母は、魅了で僕の体を動けないようにして角を確認したのだ。
その時の母親の表情はきっと死ぬまで忘れられないだろう。
その日から母は、あからさまに僕を避けはじた。しかし、家族という手前、全く関わらないということはできるはずもなく、我慢できなくなった母は村の人を集めて、僕を追い出したのだ。
魔力の使えない僕が、抵抗できるはずもなく、僕は言われるがままに村を出た。
しかし、偶然にも母が村の人たちとその計画を話しているのを盗み聞きしていた僕は食べ物や水などを準備しており、追い払われるときにこっそりと持ち出したのだ。
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「、、、という、わけなんです。」
すごく端的に話したが、大体はこんな感じだ。
本当は、自分の過去など隠したかったが、命の恩人に嘘をつくのは気が引ける。
(何か、迷惑をかけてしまう前に、ここから出よう)
「あの、助けていただいてありがとうございました。」
そういって、立ち上がろうとすると彼女に慌てて止められる。
「いやいや、ちょっと待って!そんなぼろぼろの体で、どこに行くの。話を聞く限り、行く当てだってないんだろう?」
「うっ…」
図星をさされて、返答に詰まる。確かに彼女の言う通り、まだ体は本調子とは程遠いし、行く当てだってもちろんない。
「もう少し、うちでゆっくりしていくといい。私もしばらくは予定がない。」
「そんな…。悪いですよ…。」
「まぁまぁ、遠慮しない。この部屋も余ってるから、とりあえず今日はここで休みなね。」
そういうと、彼女は椅子から立ち上がる。
「私はケイト・アマランサス。ケイトとでも呼んでくれ。君の名前は?」
「め、メアです。ナイトメアのメア。」
「そうか、じゃあまた明日。メア君。おやすみなさい」
「お、おやすみなさい…。」
僕は、部屋から出ていく彼女を見ていることしかできなかった。
(これからどうしよう)
どっと疲れが押し寄せて、僕はいつの間にか眠ってしまった。
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