プロローグ
俺には前世がある。
とはいっても、特別何かが特別な人生だったわけではない。
一般的な家庭に生まれ。
小中高大と私立学校に通わせてもらった。
一般家庭よりは少し裕福だったとは思うが、特別贅沢ができるほどではなかった。
友達は多かったが、特別に仲のいい友達はいなかった。
そして、恋を知らずに青春は終わったのだった。
一般企業に就職して普通の人生を進んだ。
何年も社会の歯車として働いた。
大好きだったゲームを楽しみ、たまに会社の友人や先輩と酒を飲みながらそこそこ充実した生活を送っていた。
ささやかではあるが、貯蓄もしていた。
人生問題なく進んでいたと思う。
童貞という名の魔法使いにいつの間にかなっていた。
気づくと何十年という時間が俺を置いて過ぎ去っていた。
親や友が先に行ってしまった。
特に健康な体ではなかったのに無駄に長く生きてしまった自覚はある。
でも、生きてしまった。
色々な出来事に心は疲弊し、もう死を待つだけだった。
そういえば昔、身体は子供、中身は大人な名探偵がいたな。
俺は体は爺さん、中身は子供になってしまった。
ささやかな年金と昔から貯めていた貯蓄を切り崩して細々と生きていた。
最近は現実世界にいる時間の方が少なくなっていた。
というのも、昔とは違い今はフルダイブ式のゲームがあるのだ。
生きてはいるが、残念ながら健康ではなく。
数か月前から歩行ができなくなり、今は起き上がるのもままならない。
そんな俺は相対的に体力や筋力は落ち、起きている時間の方が少ない。
ゲームの世界に逃げるのも仕方ない事だった。
だが、運命の日は突然来た。
ゲームの中の自分の体の動きが悪くなったのだ。
何かの故障かと思ったが、少しずつ気が遠くなっていった。
「そうか、迎えが来たのか」
俺はゲームをログアウトする。
そこは暗い世界だった。
身体が寒い。
息が苦しい。
でも、どこか心地よかった。
「だ、だれか。いるか?」
何も聞こえない。
ああ、そうだったな。
皆逝ってしまった。
孫はおろか、子供、妻すらいない。
ここは介護施設の一室だ。
たまに職員が安否確認に来るくらいだ。
「寂しいな」
死んだら、父や母に会えるだろうか?
友たちや知り合いと酒を酌み交わせるだろうか?
その瞬間見送った友たちが家族に囲まれて亡くなったのを思い出す。
もし、来世があるなら。
沢山の家族を作ろう。
そうだ、どこかのファンタジー小説のようにハーレムなんかもいいな。
前世の俺はそんなことを考えながら、気づいたら。
「転生していたのだった」
「それで、それで!?」
俺の弟、リベルトが楽しそうに俺の話を聞いているのだった。
今の俺はローデリック・アルファサーフという名前だ。
アルファサーフ家は昔から王族に仕える歴史しかないなんちゃって伯爵家だ。
その三番目の息子として生まれたのだが、その育ちはすこし裕福な商家と何ら変わりはない。
勉学は十歳になり、幼小学校に入学するまで何もない。
これは十分な能力がある家庭教師を雇う金がないのだ。
能力が不十分な者から教えられて、間違った知識が付いてしまってもそれはそれで困るしな。
だが、今のアルファサーフ伯爵こと、俺の今の親父は完全な能力主義者で雇う執事や騎士はもちろん、一般家政婦も最低でも識字能力がある者を雇っている。
なので、俺の乳母や世話係に聞けば本を読む程度には成長できるのだ。
「だから、ディック兄さまは本を読めるのですね!?」
「リベルトも読み書きくらいはできるようにしておけ。学校ではバカは侮られる。本来俺たち伯爵家くらいまでは家庭教師を雇ってある程度入学前の予習くらいはしている」
長兄にはなんとかして家庭教師を付けたが、次兄には家庭教師を付けれなかったのだ。
まあ、怠け者だった次兄には無用の長物ではあっただろうが。
だが、入学してすぐに次兄は学力差に絶望した。
学校では家格と学力で四つのクラスに分けられている。
家格としては上の方である伯爵家だが次男という後継ぎとしては微妙なポジションだ。
なのに馬鹿。
学校での扱いが火を見るよりも明らかだ。
そんな荒波にもまれた次兄は数か月で自身で勉強するほどになっていた。
「他人の振り見て、我が振りなおせ。次兄のように怠けていれば痛い目を見る。しかも、三男、四男なんてもっと微妙なポジションだ。分かるな?」
「はい! 努力して当たり前。結果を残せって事ですよね!」
「そうだ」
俺がリベルトにずっと言い聞かせていた言葉だ。
何をなすにも力が必要だが、その力も認知されていなければいけない。
能ある鷹は爪を隠すようだが、翼や嘴まで隠していては意味がない。
認められる何かを固辞し続けなければならないのだ。
「その為にも結果が必要なのだ」
「弟になんてこと教えているの」
そう言って寂しそうな眼をする俺の母さん アンカーナだった。
だがこれは必要なことなのだ。
弟に?
いや、俺にだ。
だって、そうでもして現実逃避しないと吐いてしまいそうなほど緊張しているからだ。
「次の方お入りください」
そう言って、全身白い服を着た者たちが女の子を怪しげな建物の中に「いって!」
「教会を怪しげな建物なんて言わないの。それと、あの方たちは教会の神父さんとシスターさんです!」
いけない、いけない。
思っていたことを口にしてしまったようだ。
母さんに拳骨をもらってしまった。
「教会に何しに行くの?」
「リベルトは知らなかったか。今日は俺の祝福の儀に来たんだ。リベルトも来年十歳になるから受けに来るんだぞ」
「そうなんだ」
この祝福の儀とは子供が十歳になったことを喜ぶ儀式なのだ。
これは昔は子供が死にやすかった事が関連している。
今でこそ医療が充実しているが、子供が病気や事故で簡単に死んでしまいやすかったのだ。
その為、身体が成熟する十歳になると少しの病気やケガでは死ににくくなるため、皆で十歳になったことを喜ぶ、それが祝福の儀なのだ。
だが、それとは別にもう一つの重大な慣例がその後に付くことになった。
「これからよろしくね」
そう言って先ほど教会に入った女の子が犬を連れて出てきた。
だが、その犬は全身が赤く、その首まわりと頭のてっぺんににはオレンジ色のふさふさした毛が生えていた。
これは前世で言う品種改良や実験で生まれた動物というわけではない。
召喚されたポーレルと呼ばれる契約獣なのだ。
ポーレルは魔物に似ているが、それとはまったく違う生態をしている。
ポーレルも魔物も魔力を持つ動物なのだが、大きな違いはその食形態である。
魔物は肉や植物、水など一般的な動物に似ている食形態なのだが、ポーレルは契約者の魔力の供給がないと生きていけないのだ。
足りない魔力を食べ物で補う事もできるが、全く無しでは生きていけない。
それを十歳になると教会で召喚して貰い、契約するのだった。
「だが、この契約できるポーレルで人生が変わると言って過言ではないのだ」
「そうなの!?」
「過言よ!」
母さんはそう言うが、そんなことは無い。
ポーレルは契約者から魔力を貰えるメリットがあるが、契約者にもそれ相応のメリットがあるのだ。
それがスキルだ。
ポーレルが使える、または使えるようになるスキルを一つ貰えるのだ。
そのスキルの有用性次第では働ける仕事に差が出てくるのだ。
特に騎士や兵士になるには戦闘系のスキルか、力自慢のポーレルと契約をしている必要があるのだ。
「じゃあ、ディック兄さまは騎士になるの!?」
おっと、また口に出していたか。
「いや、騎士にはなるつもりはない。訓練も実戦も大変だし、命がけな仕事だし、なるなら役人とかかな」
「なら、それこそポーレルは何でもいいじゃない。貴族のポーレルなんて一種のステータスのようなものよ。良いポーレルに出会えるのは嬉しいことだけど、騎士や軍の家系でない限りあまり重要視されないわ」
そうかもしれない。
そうかもしれないが。
「俺はモテたい!」
「え?」
「かっこいいポーレルがいた方がモテるだろ!?」
前世では小学生までは足が早い奴、中学高校では勉強ができる奴、大学では顔やスタイルがいい奴、社会に出ると金を持っている奴がモテていた。
だが、この世界では幼小学校では見た目が良いポーレルと契約した奴、一般学校では有用なのと契約できた奴、社会に出ると金を持っている奴がモテる。
その中に更に家格による縛りはあるし、どの世界も最終的には金がものを言うのだが、スタートダッシュが良いと悪いでは大きな差がある。
今回の人生の目標は結婚し家庭を持つことだ。
なのによりにもよって微妙に結婚しずらい立ち位置に生まれてしまうなんて。
長兄なら跡取りで子供が必要なので婚約者がいる。
次兄も長兄に何かがあった時の為に婚約者がいる。
三男の俺となると上に二人いるから跡取りになる可能性は限りなく低いので婚約者はいない。
でも、長兄、次兄に何かあった時の為のスペアとして勝手に恋人や婚約者を作ることは許されない。
なので、少なくとも長兄か次兄が家督を継いで、子供ができるまでは何もできないのだ。
長兄は今十三歳だ。
十五で結婚して、子供ができるまでとなると。
「俺が表立って恋ができるようになるまで早くても三年は先だ。それまでに多くの人に好印象を与えるようにしたい」
「なんで子供らしくない子供に育ってしまったの?」
現実のせいです。
「あの、順番なのですが」
おっと、順番が着てしまった。
うっ。
緊張してきて吐き気が。
「失礼のないようにね」
「はい」
祝福の儀は保護者同伴はできない、ここからは俺一人だ。
俺は教会の中に入るとシスターに連れられて神父の前に連れてこられる。
「それでは祈りなさい」
その言葉に膝をつき目をつむりながら手を握り、祈る。
俺の中から何かが抜けていく。
だが、嫌な気分じゃない。
ッポン
小気味のいい音に目を開ける。
そこには。
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