黒の掃除屋編-Ⅵ
□林道都市アルジャノフ 酒場ハマグチ
麒麟型魔獣種【ヴォルテスカオルス】の討伐を終えた一行は出発地点であったアルジャノフの酒場に戻って来ていた。
「あーあ……結局、ほとんど魔獣討伐の分配を《ヴェンガンサ》に持ってかれちゃったじゃないッ」
「仕方ないな。現に【ヴォルテスカオルス】を倒したのはあの二人だ」
「アタシだってまだまだやれたわよ!でも今回は相性が悪かっただけなんだから!」
「……そうだな」
「ちょっ……!何よデ・サリオ!その目は!?」
「やれやれ……」
少し離れたテーブルで騒ぐギルド《ブレイブリー》のシャロンシャロンを余所にシルメリアとセツナが座るテーブル席は人集りになっていた。
「すげぇなお嬢ちゃん達!あの魔獣を倒しちまうなんてよ!」
「しかも二人だけ無傷で、だぜ?大したもんだよ!」
「やっぱり《ヴェンガンサ》ってのは強者揃いって噂は本当だったんだな」
大いに盛り上がるギャラリーを横目にシルメリアは注文した料理に齧り付く。程良く焦げたシニル鷄の手羽元が強烈に鼻腔を刺激する。口の中に拡がる香ばしさと溢れ出す肉汁。粗挽きのスパイスが決め手となり、より素材を引き立てていた。
当然、注文した物はこれだけでなく、次々と料理が運ばれてくる。とは言えどその多くは酒場飯。華やかさはないが、お酒に合う濃いめの味付けが施された物ばかりだ。
「シルメリアちゃん……本当に一人でそれを全部食べるつもりでいるの……?」
「む?当然だ。ひと仕事を終えたのだからお腹も空くよ。セツナは全然食べていないな?まだまだ沢山頼んだからいっぱいいっぱい食べるといいよ」
「まだまだ沢山頼んだんだ……」
少女の食欲にやや気圧されながらセツナは小さなグラスに注がれた醸造和酒を啜る。
酒場に戻って来た彼女らは現在、《アナストリア》一行を待っている状態。
ランディ以下のハンター達が【ヴォルテスカオルス】の残骸を輸送しているからだ。
魔獣種討伐は通常のギルド依頼とは異なり、討伐対象の亡骸を証拠としてハンター協会に提示しなければならない。魔獣の素材は貴重な資源として流通する為、引き換えに報酬を得る事が出来る。
更に付け加えるならば結局はこの後、フレデナントに戻らなければならない。
何故なら報酬金は個々に支払われるのでなく、ギルドに支払われる。ハンターはギルドを通して報酬を受け取るのが一般的であり、《アナストリア》《ヴェンガンサ》《ブレイブリー》もその例外ではない。
協会による魔獣の鑑定には多少の時間を要する為、フレデナントに帰還する前に戦いの疲れを癒すだけの時間があった。
「そういえばシルメリアちゃん」
グラスのお酒をひと啜りしたセツナが徐に話を始めた。
「シルメリアちゃんはどうしてそんなにお金が必要なのかしら?」
「……シバに支払う為だ。お金自体の価値は未だに理解出来ていないが、シバから得る情報の対価となり得るだけの価値がある事は学んだよ」
「シバってまさかあのシバ?だとしたらお金が幾ら在っても足りない気がするのだけれど……」
「それでも現在の私にはやはりお金が必要なんだ。ユウキにばかり頼る訳にもいかないし、自分で何とかするしか……」
「うーん……細かい事情はよく分からないのだけれど……これは推測ね、ガミキちゃんはきっと頼られたくないなんて思わないんじゃないかな?」
「でも……ユウキに迷惑をかける訳には……」
「迷惑かどうかなんてのは分からないと思うなぁ……まあそれでもシルメリアちゃんが決めた事ならお姉さんは応援するのだけれど」
言ってセツナはウインク一つ。釣られてシルメリアも微笑み返した。
同時に疑問が一つ。
『シエスタ』の店主から聞いていた話と目の前のセツナがどうも一致しない。勝手な想像ではあるものの、話を聞いた時は幾分彼女という人間はこちらに興味がないように感じた。
それが実際はどうだろう。必要以上に世話を焼いてくる。
シルメリアにとってそれが迷惑な訳ではない。むしろ、その逆。ユウキ、ヘンリーに次いでどこか心を許せてしまいそうな感覚になる。
「おや?お肉を頬張りながらそんなに私を見つめてどうしたのかしら」
「いや、何だかセツナがイメージしていた人物像と違ったからな。勝手な想像ではあるが……その、なんだ……」
「もっと冷たく素っ気ないと思った?」
「うん。正直な話、『シエスタ』で聞いた限りだとそんな風に感じたよ」
「ふふふっ、まあ強ち間違いでもないのだけれど」
「そんな事はない!実際セツナは優しくて想像と全然違ったよ」
「ふふっ、ありがとう。でも正直、ヘンリーから連絡を貰った時は一人で構わないと思ったわ。足手まといになってしまうと迷惑だったし、《ヴェンガンサ》にも所属していない見ず知らずの人を助ける義理も私にはないし、ね」
醸造和酒をひと啜りしながら紡ぐ言葉はまた少しだけイメージとは違う彼女。少なくともシルメリアにはそう映った。
「……ただ、シルメリアちゃんを見た時に考えが一瞬で変わったわ」
「え?」
「だって、ヘンリーからシルメリアちゃんみたいな女の子なんて聞かされてなかったから。私はてっきりガチガチの戦士系のおじさんを想像してたの。私がシルメリアちゃんを見て放って置けないのを分かっててヘンリーの奴……きっとわざとね」
少しだけ眉間を寄せたセツナとシルメリアは悪戯にはにかむヘンリーの姿を容易に想像してくすりと笑い出した。
「この際だからシルメリアちゃんも《ヴェンガンサ》に加入しちゃえば良いと思うのだけれど?」
「い、いや、私がギルドなんて……」
揶揄い気味にセツナがシルメリアに迫っていると二人の背後に気配が生まれる。
「ちょっと、アンタ達!」
声の主を今更分からない訳なかった。振り返った二人の目には腰に手を当て仁王立ちするシャロンシャロンの姿。
また揉め事を起こされては敵わないといった表情で慌ててデ・サリオが後を追って来ていた。
「あら、《ブレイブリー》のお嬢さん。何か用なのかしら?」
「ん、どうしたのだCC?」
「アンタ!またアタシを愛称で……まあ、いいわ!今回はアンタ達 《ヴェンガンサ》の活躍を認めてあげるわ!でも次はこうはいかないんだからね!以上よ!」
言い放ちシャロンシャロンは二人は背にしてずんずんと立ち去って行く。少し予想外だったのかデ・サリオはやれやれといった表情で再び彼女の後を追う。
「案外可愛いところがあるのね」
去り際のシャロンシャロンに聞こえるくらいの声で呟いたセツナがクスリと笑う。彼女の声が届いたかどうかは分からないが、少なくとも赤面するシャロンシャロンの表情を二人は背後からは窺い知る事は出来なかった。
「あ、そうだった……」
直後、シルメリアが思い出したかの様に呟き、
「そうだ、CC。あの時は励ましてくれてありがとう!」
去り行くシャロンシャロンの背中にお礼を告げる。
その言葉を聞いてバッと身を翻す赤髪。
「アタシがいつアンタを励ましたってのよッ!?」
「ん?魔獣を魔術の障壁で防いでいる時だよ。『ちょ……ちょっとアンタ何やってんのよ!?踏ん張りなさいよッ!』という声が聞こえたのだが」
「あ、あ、あれはそんなんじゃないだからッ……!!」
「どうあれ、私には励ましになったのだから、やはりありがとうだ」
言って無邪気にはにかむシルメリアの表情にワナワナと赤面しながら暫しの間硬直したシャロンシャロンは「か、勝手しなさいよ!」と言い残したまま逃げる様にしてこの場を去って行った。
その背を見送る様にシルメリアははにかんだ笑顔を浮かべている。
そんな二人の姿を肴にしてセツナは微笑みながら酒を啜った。