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黒の掃除屋編-Ⅳ

□林道都市アルジャノフ郊外 ベルム湖畔


 アルジャノフのリヒト林道から少し外れた先にベルム湖畔は在る。

 かつて<ゼーレ海>の一部だった海跡湖として知られるベルム湖は面積こそ広くないが、湖水浴が可能な為、年間通して気温が安定しているこの地域ではリゾート目的で訪れる者も多い。また、釣り場としても多くに親しまれている。

 そんなベルム湖の畔の一帯、連なる岩山が太陽の光りを遮断し、生み出された湿原地帯。そこが今回の討伐対象の魔獣種麒麟型の住処と推察されている。

 湿原地帯に辿り着いた討伐隊一行は各々で魔獣種の探索を開始していた。


「う〜……何だかジメジメして嫌な所だな」

「そうね。早く仕事を終えて湯屋に行きたいところだわ」


 雑談混じりに探索を続けるシルメリアとセツナの足元は泥濘み、二人のブーツは既に泥だらけだ。それに加え、リゾート地とは思えない程に湿度が高くじんわりと汗が滲む。


「シルメリアちゃん、足元危ないから気を付けてね」

「うむ。心得た」


 魔獣種への警戒を怠らず、同様に気遣いを見せるセツナにシルメリアは疑問を抱いていた。

 アルジャノフの『シエスタ』店主から聞いた『私は一人で構わない』からどこか冷たそうな印象を抱いていたが、実際はどうだろう。初対面のシルメリアをまるで親戚の子供の様に大切に扱っている印象を受ける。


「何だかセツナは優しいんだな。まるで母様みたいだ」

「アハハ、母様はちょっと複雑ね。私こう見えてもまだ20代前半よ?お姉さんってところかな」

「うむ。セツナはお姉さんだな。面倒見が良さそうだ」

「そうね。故郷いなかにいた頃から妹や年下の子達のお守りをしてたからかしら?」

「成程な。《ヴェンガンサ》の立ち上げメンバーは皆同村の若者達と聞いた。皆このギルドに所属しているのか?」

「皆……って訳ではないのだけれどね。それでも上はシリュウさんから下はヘンリーまで、まさか9人で始めたギルドがここまで大きくなるなんてね、想像も付かなかったわ。と言っても規模的にはまだ中の下ってところなんだろうけれど」

「おかげで私はかなり助けられているよ《ヴェンガンサ》に。現にこうして依頼を回してもらっているしな」


 雑談に花を咲かせていると途端に辺りが薄暗くなった。


「嫌な雲ね……」

「確かに。ひと雨きそうだな」


 頭上に流れる雲は先程までの白と打って変わって澱む様な黒。元々太陽の陽射しは連なる岩山によって疎に遮られていた為、空が灰色を纏い、一面が覆われていく。

 仄かに宙を緑に発光する昆虫が舞っている。

 同時に耳鳴りを覚えそうな静寂が胸騒ぎにも似た警鐘を鳴らす。

 二人は静寂に身を沈め、神経を研ぎ澄ます。その時───。


 ───ごごごぉおおん……!!


 離れた西側の場所で突如閃光が瞬いた後、雷鳴の轟き。


「対象が現れた……!行くわよシルメリアちゃん!でも無理はしちゃダメ───って、えぇ……!?」

「そのままでいてくれ」


 討伐対象の出現に逸早く駆け出しながら後方のシルメリアを気に掛けたセツナであったが、魔族の少女は風の魔術を身に纏ったまま自分よりも背丈のある彼女を抱きかかえて高速移動する。

 自分よりも年下(正確には魔族のシルメリアの方が年上だが)に抱きかかえられ、驚きよりも若干の気恥ずかしさを覚えたのも束の間、対象に迫った二人の目の映ったのは……。


「やっぱり、【ヴォルテスカオルス】……」


 セツナが呟いた魔獣種の個体名───【ヴォルテスカオルス】はランディ=ビュウ率いる《アナストリア》の小隊と交戦していた。

 その姿は鹿の様な体躯に馬の蹄、黄土色に輝く瞳、全身を覆う紺碧の毛並み。そして額から天を差す一対の鋭角。


「魔術を放て!」


 ランディの指示に従って何名かが氷の魔術を形成するが、麒麟はいとも容易くそれを交わしていく。刹那、【ヴォルテスカオルス】の体躯がコバルトブルーに発光する。


 きいいいいぃぃぃぃん……!!


「雷の魔術がくるぞッ……!」


 麒麟の咆哮とほぼ同時にランディの掛け声で《アナストリア》小隊はその場から散る。


 ごごごぉおおん……!!


【ヴォルテスカオルス】の一角が眩く光ると同時に辺りを閃光が瞬いて雷電が帯状に拡がる。ランディが兼ねてから懸念していた広範囲による雷属性の魔術。

 《アナストリア》の面々は事前に準備していた耐雷装備を身に付けているとは言え、被弾を回避する事は難しい。

 現に不規則な電撃を受け、負傷している者もいる。


「チッ……思ったよりも厄介な攻撃だな……!」


 麒麟の雷電を雷耐性の盾で退けたランディが舌を鳴らして奥歯を噛み締める。


「───他のギルドは下がってなさい!アタシが倒してやるだから!!」


 ランディの背後から聞こえた声はそのまま彼を飛び越えていく。ギルド《ブレイブリー》の赤髪の少女シャロンシャロンを抱えたデ・サリオが力強く彼女を魔獣に向けて投げ付ける。

 その勢いそのままに彼女は【ヴォルテスカオルス】を目指す。その両手には炎を激らせた魔力剣。


「ずりゃゃゃあああッ!!」


 空中で振り上げた炎魔剣を彼女は一閃する。

 一撃は麒麟型の胴元を捉えた。

 だが、炎撃が浅いのは彼女自身が一番理解していた。


「まだよッ!」


 シャロンシャロンは赤髪を振り乱し、立て続けに連撃する。

 太刀は入っているがどれも致命傷には至らない。それ程までに魔獣の皮膚は堅く厚い。

 そして、いつまでも素直に太刀を浴びている訳もなく【ヴォルテスカオルス】は後方に飛び退きシャロンシャロンとの間合いを取る。


「逃すかッ!」


 直ぐに駆け出し間合いを詰め直す彼女だが、刹那、麒麟の身体が発光する。


「ヤバっ……!?」


 攻撃モーションに入りかけたシャロンシャロンは炎激らす剣を振り上げる動作を急停止させる。無理矢理な体勢の反動で勢いよく転倒してしまったシャロンシャロンが見上げた先にはそんな彼女を嘲笑うかの様な表情を浮かべた【ヴォルテスカオルス】と瞬きを放つ一対の角。

 次の瞬間、彼女の頭上から一条の雷が降り注ぐ。


「ちょ……!?」


 魔獣種特有の無詠唱での魔術発動は人が想像しているよりも遥かに速い。成す術なく咄嗟に剣でガードの体勢を取るシャロンシャロンに容赦もなく雷は降り落ちる……筈であった。

 生み落とされた雷撃は彼女を隔てて生じた魔力の障壁によって被弾を免れた。

 瞬時に状況が理解出来ず目を見開いているシャロンシャロンに向けられて───、


「間一髪だったな。いや、実際、雷が範囲系だったら危なかったかもしれんよ」


 少しだけ得意げな表情を浮かべた魔族の少女の台詞に事の顛末を理解したシャロンシャロンは口をパクパクさせる。


「何を魚の様に口をパクパクさせて呆けているのだCC?早く体勢を立て直した方が……」

「誰がアンタなんかに助けてって言ったのよ!?それにさり気なくアタシの事愛称で呼んでるんじゃないわよッ!?」

「……やれやれ」


 魔獣から逃げる様に後退しながら叱責を飛ばす赤髪の少女の姿に軽い疲労感を覚えながらシルメリアは嘆息する。


「さて、中距離からの魔術では躱されかねないなら接近戦に持ち込むしかないか。なら……」

「おっと。シルメリアちゃんは私のサポートに回ってくれる?近接戦は私の本業なのだからね」


 掌に魔力鎌を生み出しかけたシルメリアの肩にそっと手を乗せたセツナが微笑みかける。


「うむ。援護しよう」

「ふふっ、ありがとう。お姉さんに任せておいて」


 もう一度微笑んでセツナは腰の刀に手を伸ばす。

 白い紋様が施された鞘を顔の前で構え、ゆっくりと抜き放つ。


「アカツ神明一刀流をとくと御覧なさい……!」

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