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黒の掃除屋編-Ⅲ

 魔獣種───それは『人』に仇なす存在。

 その歴史を紐解いていくと遥か彼方へと遡る事二千年前、紀元前に誕生した現在の『人』の始祖とされる<古代人アクル>の歴史は魔獣種の始祖とされる<異形種>との戦いの歴史であった。

悪魔王デモンキングアンゴルモア】が産み堕とす<異形種>が現在の魔獣種の原点となる。

 かつては圧倒的な戦力ちからを奮っていたとされる<異形種>も時代の流れにより、人類が生み出した高度な科学力によって退けられ、衰退していったという。

 悪魔王の化身こそ<異形種>であり、その残滓こそが魔獣種。

『人』と悪魔王の戦いは尽きる事なく繰り返す……。



■□林道都市アルジャノフ

【■■□■■】シルメリア=ビリーゼ


 貿易都市フレデナントから西南西に位置するアルジャノフはエレナント州と隣州であるトライノを繋ぐ中継都市だ。

 リヒト林道を横断する冒険者や商人によって築かれた歴史を持つ為、現在でも行商が盛んに行われている。

 ドラグー王国有数の貿易都市であるフレデナントと比較してしまえば規模は10分の1に満たないが、林道の他に近くの湖畔にも隣接している事もあって、街は存外活気付いていた。

 ギルドが保有する荷馬車によってアルジャノフへとやって来たシルメリアはまずヘンリーから承った指示を忠実に熟そうとしていた。


『アルジャノフに着いたら真っ先に宿に向かってほしいっす』


 まるでひとがすぐ迷子になる前提の様な口調だったのが少しばかり引っ掛かるところだが、初めて訪れる地である事は間違いない。ここは素直に彼の言う事を聞いておこうとシルメリアは猫耳フード付きの白ケープ姿で軽快に大通りを闊歩する。

 アルジャノフの道は大方舗装などは施されていない。それはこの大通りも例外ではなく、時折吹き抜ける風によって一帯に砂が舞い上がる。

 アルジャノフはこの吹き抜けの良い全長300メートル程の大通りを挟んで家屋が建ち並び、多くの露店が連なり、街を形成する。更にそうした街を取り囲む様にして密林に抱かれている。

 林道都市たる所以に感心しながらシルメリアは黒のブーツを鳴らして歩く。

 林道に行き交う荷馬車を眺めては指定された宿場を探す。

 探して、探して、探しては、見付からない……。


「むむ……ヘンリーの言っていた宿は何処にあるのだろうか。些かお腹が空いてきてしまった……」


 徐ろに空を見上げると澄み渡る青にゆったりと白雲が流れていく。太陽はちょうどシルメリアの真上に在った。


「昼食の時間になってしまった……ヘンリーとの約束を破る訳にもいかないし、困ったな……」


 あまり食欲を抑えられる自信がない彼女であったが、通行人に道を尋ねて宿の場所を教えてもらうという選択肢になかなか辿り着けないでいた。

 フレデナントでこそフードを被らずに容姿を晒している彼女だが、根底には魔族という負い目が少なからず存在する。

 現在でこそ人間族の土地に他種族が生活している事は不思議ではないのだが、哀しいかな差別はある。

 中でも金の瞳を持つ神族と赤の瞳を持つ魔族は特にだ。

 人間至上主義を掲げていたドラグーの前身ベリテン連邦時代から悪き名残りでもあった。

 現に先刻からちらほらと視線を感じる。悪意こそないであろうが、興味を惹かれた好奇心による目線だ。

 流石に瞳の色までは隠せない。

 シルメリアは今一度ケープのフードを深く被り直し、散策を再開する。



「あ……あった……」


 シルメリアがその宿場を見つけ出したのはそれから約30分後だった。

 決して広い街とは言い難いアルジャノフ……まして直線上に伸びる大通り以外に商店はない。それは宿場も例外ではなく、ある一定の箇所に宿場らしき建物が何軒も連なっていた。

 その中に『シエスタ』の看板を見つけたシルメリアは宿の扉を叩く。《ヴェンガンサ》御用達の宿場『シエスタ』アルジャノフ店はフレデナントの本店と違い、1階に酒場、2階3階が宿泊部屋となっていた。建物規模からして、部屋は数部屋と言ったところだろう。


「おや……お嬢ちゃんもしかしてシルメリアさんかい?」


 宿の中に入る度、目の前のカウンター越しに煙管パイプを蒸す小太りの初老男が声を掛けてきた。


「如何にも。シルメリア=ビリーゼだ」

「やっぱりそうかい。ひと目見て分かったよ」


 煙管を蒸しながら言った台詞に少しだけ表情かおを強ばらせたシルメリア。

 ───ひと目見て分かったよ、とはこの緋色の瞳を指すとすぐに察したから。


「おっと。勘違いしないでくれよお嬢ちゃん。別に悪気はないんだ」

「いや、私は何も気にしてなど……」

「いやな、お宅のギルドから連絡を受けた時に魔導通信機越しに『めちゃくちゃ可愛い女の子が行くっす!おじさんももうメロメロになっちゃうっすよ!てな訳でよろしくっす』なんて言われたもんだから、ついな」


 ポカンと呆気に取られたシルメリアだったが、その連絡を寄越した相手の顔を思い浮かべ、思わず口許を弛ませた。


「早速だが、ギルドから頼まれた先客と引き合わせてやってくれとの話だが───」

「いや、早速だが、それは後回しで構わない」

「んん?どうした?」


 男が頭に疑問符を浮かべていると少し間を空けて彼女は切実な表情で答えた。


「───一刻も早く私は昼食を取りたいのだが……!」


 ◆


 1階の酒場区画で軽めの昼食を済ませたシルメリアは宿場を後にする。

 本当ならばお腹一杯に満たされる程のランチにしたかったのは山々だが、所詮は小さな宿場ではそこまで期待するのも筋違いだろう。

 空腹よりは些かマシではあるが、明らかな物足りなさを感じつつも彼女は宿場の親父店主の言葉を思い起こす。


 ───おまえさんとこのギルドの先客には後からおまえさんが来る事を告げたが、『私は一人で構わない』とか言ってさっさと出掛けちまってよ。

 まあ、一応行き先は聞いておいたぜ。この街で一番大きな酒場『ハマグチ』って所だ。

 何でも今日は腕利き共が集まって魔獣の討伐に出発するとか何とか……。


 店主の言葉通りならヘンリーが言っていた事と合致する。魔獣種討伐は特例として複数ギルドでの依頼遂行が可能だ。報酬も参加ギルド分支払われる。当然報酬額は決められているので参加者には分配される。則ち、人数が多ければ多い程、取り分は少なくなる訳だ。

 乗り遅れたら大変だ。流石のシルメリアも状況を理解し、すぐさま酒場『ハマグチ』へと向かった。

 店主から酒場までの道を紙に描いてもらったので、今回は迷う事なく、彼女は酒場へと辿り着き、颯爽と身の丈程の木彫りのスイング扉を開く。

 勢い良く店内に入ってみれば外とは空気感が違うのは一目瞭然だった。

 酒と煙草の臭いが漂う薄暗い店内の広い空間に集まった人々の視線がシルメリアに向けられる。

 それも束の間、広間のステージに上がっている男が途切れた話を再開させた。


「───湖畔に潜む魔獣種の形態は麒麟型との目撃情報が寄せられています。出現方法は依然不明ですが、馬の有に倍程の体躯に俊敏性を兼ね備えていると見られます。特出すべき点は広域による雷属性の範囲魔術だと推測されます」


 どこかのギルドに所属していると思われる緑髪の男はその場に居合わせる集団に向かって討伐対象の詳細を告げる。

 男の説明に耳を傾ける者達は誰も素人ではないとシルメリアの目にも明らかだった。

 彼らもまたどこかのギルドに所属している者達或いは流れ者の賞金稼ぎの類であろう。


「では、今回の魔獣種討伐に参加する人達の所属と氏名を募りたいと思います。僭越ながら《アナストリア》のランディ=ビュウがその役目を承ります」


 ステージ上に立つ男───ギルド《アナストリア》所属のランディは近くの机に羽根の付いたペンと羊皮紙を広げると周囲にサインを促す。

 それに釣られて何名か席に着いていた者が立ち上がり、順番にペンを取る。

 遅れてはならぬとシルメリアも皆の後に続こうと順番に並んだ刹那、背後から声を掛けられた。


「ちょっとアンタッ。冗談でしょ?まさか討伐に参加する気じゃないでしょうね?」

「む?」


 振り返るとそこに赤髪の少女が立っていた。カーキ色のブレザーに赤チェックのスカートにブーツ。少しばかりこの場に似つかわしくないカジュアルな格好の少女。ただ、腰に下げる剣と金色の二本蔓が絡まった紋様入りの左目の眼帯が目を引いた。


「主も討伐に参加するのか?私はシルメリアだ。仲良くやろう」

「ぬ、ぬし……?」


 険しい剣幕の少女のペースを崩す様にシルメリアはすかさず笑みで返す。

 刹那の戸惑いを経て赤髪の少女は再び眉間に皺を寄せる。


「ここは子供が来る場所じゃないって言ってんの!遊びじゃないんだから今すぐ帰りなさい!」

「私も遊びで来ている訳では……」

「遊びで来ている訳じゃなかったら何な訳?どんだけ魔獣種が危険が分かってんの?分からないから来ちゃってる訳よね?それが子供だって言ってんの!」

「主も充分子供ではないのか?」


 激しく詰め寄る少女にあっけらかんとシルメリアは返す。

 まさかの反撃に遭い、少女はワナワナと口を震わせ、こめかみに青筋を立てていく。

 クスッ……。

 その二人のやりとりを見て少し離れた席の薄桜色した髪の女性が小さく笑みを溢した。

 それに気付き、赤髪の少女は髪色に迫る勢いで顔を赤らめていく。


「アタシは子供じゃないわよ!!こう見えてもギルド《ブレイブリー》所属のハンターなんだから!それに年齢だって18よ!歴とした大人よ!」

「なんだ、やっぱり子供ではないか」


 今度は少しだけ勝ち誇ったかの様な呆れ表情でシルメリアは言う。魔族の彼女からしてみれば所詮生まれて18年の子供という認識で間違いないのだ。

 ただ、シルメリアが言葉を返す度、少女の顔色は険しくなっていく。もはや、悔しさに赤面と涙目を浮かべている状態だ。


「もう完全にアタマきた!!こうなったらその喧嘩買ってやろうじゃないの……って、うわあぁ!?」

「もうその辺にしておけCC。目的は喧嘩か?討伐か?」


 背後から少女の首根っこを掴んで大柄な男が叱責を飛ばす。


「ちょっと離しなさいよデ・サリオ!アタシはまだコイツに……」

「済まなかったなお嬢さん。ウチのじゃじゃ馬が世話を焼いた」


 銀の短髪にこの王国では珍しい赤褐色の肌を持つ男は暴れる少女を片手で担ぎ上げたまま、軽くシルメリアに頭を下げる。


「なに、気にしてなどいないよ」

「そう言ってもらえるとこちらも助かる」

「アタシは気にしてるのよ!それもすんごく!」

「やれやれ……」


 依然、腕の中で暴れもがく少女を抑えつけたまま、デ・サリオと呼ばれた大柄の男は深く嘆息する。


「シルメリアとか言ったアンタ!覚えてなさいよ!」

「あのー、出来れば先にこちらにサインをー」


 捨て台詞を吐いているCCという愛称で呼ばれた少女と呆れた表情のランディの呟きが重なった。

 今より魔獣種討伐に向かうにしてはあまりに緊張感のなくなった空間で、シルメリアは「やれやれ……」と小さく呟いたのだった。


「───貴女がヘンリーの言っていたシルメリアちゃん?」


 不意にランディのもとへ向かおうとしていたシルメリアは再び背後から呼び止められる事となる。

 振り返ると先程まで少し離れた席に座り、こちらの茶番を傍観していた女性。年の頃は20代半ばかそれよりも若いかどうかというところ。背中まで伸びた艶のある薄桜色の髪に片目は前髪で隠れているが、透き通る様な碧眼が大人びた印象を引き立て、実年齢が推測し難い。

 東方特有の刺繍が施された衣類の上からでもスタイルの良さが窺える。

 そして腰にはそんな美女には似つかわしくない一振りの刀。


「ヘンリーを知っているという事はまさか主が……」

「セツナ=ミナヅキよ。初めましてシルメリアちゃん」

人物紹介


ランディ=ビュウ age25

ハンターギルド《アナストリア》の男性。

青髪一つ縛り、黒の瞳。まとめ役を任される事が多い。

盾を用いて前線で体を張るタンク職。


シャロン・シャロン=ロレンツォ age18

ハンターギルド《ブレイブリー》の少女。

赤髪ロング、翡翠色の瞳、片目に眼帯。

通常CC。魔法剣士。勝気な性格。


アンドレア=デ・サリオ age36

ハンターギルド《ブレイブリー》の男性。

銀色の短髪、琥珀色の瞳、赤褐色の肌。

戦斧使い。CCの世話係的。


セツナ=ミナヅキ age21

ハンターギルド《ヴェンガンサ》の女性。

ギルドの創設メンバーの一人。お姉ちゃん気質。

薄桜色髪ロング、碧の瞳、スタイル良し。

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