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黒の掃除屋編-Ⅱ

■□貿易都市フレデナント ギルド《ヴェンガンサ》フレデナント支部

【■■□■■】シルメリア=ビリーゼ


「いやぁ、シルメリアさん!お手柄だったみたいっすねぇ」


 ギルドの応接間で妙に上機嫌で甲高い声の主は対面に座ったシルメリアに賛辞を送る。

 ウェーブの掛かったブラウンの髪の少年───《ヴェンガンサ》フレデナント支部長代行ヘンリー=ストライフはヘラヘラとした面持ちでドサクサに紛れて少女の両手を握る。


「魔物を一体倒しただけで本当にお金が貰えるのか?」


 何事もなかったかの様にヘンリーの手を払い除ける少女は疑問だった。

 自分は生まれてこの方、お金を稼いだ事がない。

 それが少しばかり恥ずかしい事であるとは認識している。

 それでもお金に困った事はあれど、生活に困った事はなく現在いまに至ってしまったからである。


「勿論っすよ。仕事は仕事。依頼には報奨金。港の漁師達は大喜びだったっすよ」

「そう……なのか?」

「と言うか……何でそんなにお金が必要なんすか?ガミキさんと一緒ならそこまでお金に困る事なんて……」


 そこまで言ってヘンリーは言葉を止めた。

 ───ガミキ、そのワードが出て、分かりやすい程目の前の少女が俯いて表情を曇らせたからである。


「……まっ、何だか訳アリみたいっすね」

「ユウキには言っていないんだ。むしろ、黙って出て来てしまったから……」

「何だか事情はよく分からないっすけど、喧嘩でもしたんすか?ガミキさんの奴、こんな美人を悲しませるなんて、とてつもなく憎い───いや、悪い奴っすね!」


 鼻息荒く冗談半分で憤ってはみたものの魔族の少女の表情は冴えない。些かのスベり具合と空気を和ませようと(効果はゼロに等しいが)した中途半端な気遣いを若干反省しながらヘンリーは苦笑いで頭を掻いた。


「どんな事情であれ、ガミキさんは《ヴェンガンサ》の仲間っす。付き合いはまだそんなに長くはないっすけど、あの人はこのギルドの恩人っす。シルメリアさんがガミキさんの仲間なら俺は放っては置けないっすよ」


 ウインクを投げかけて白い歯を見せたヘンリーが親指を立てた。

 一瞬だけかもしれないがその姿がユウキと被り、シルメリアから自然と笑みが溢れる。


「ここの人間はそのポーズが好きみたいだな」

「何かガミキさんがやってたの感染っちゃったっす。古参は割とみんな感染ってるっすよ、ハハッ」




「───んで、シルメリアさん」


 今一度ヘンリーがシルメリアに向き直り本題へと話を戻す。

 彼は知らない。恩人と目の前の魔族の少女の関係を。恋仲だったら何か複雑だな、という嫉妬心を少しばかり抑えながら。


「お金が必要なのは分かったっす。今回の【ヌシザザミ】の一件で実力も証明されたし、他の仕事を回すのは問題ないっす」

「ありがとうヘンリー。助かるよ」

「ただしっす!ガミキさんとの事情がどうであれ、まとまったお金を稼ぐにはそれ相応の依頼を熟さないとっす。勿論、それには危険リスクを伴うし、まして独りでだなんて以ての外っすよ」


 ヘンリーの言い分が理解出来ない訳ではなかった。

 お金を稼ぐという事はそれに伴う危険リスクが存在する。その対価としての報酬だ。

 金額は下から上まで数えればキリがないであろう。ただ、シルメリアが求めるものはその中でも限りなく上位のものだ。


「こっちだって理由も分からずガミキさんの仲間に高額報酬の仕事なんて回せないっす。『もしも』の事になってしまったら俺はガミキさんに顔向け出来ないっすからね」

「私なら心配要らな───」

「要るっす!要りまくりっす!何だったらこの際、極論シルメリアさんは関係ないっす。こっちの都合っす!」


 少女の言葉を遮ってヘンリーは捲し立てた。引くつもりはない。嘘偽りなくシルメリアを案じてだが、それ以上に仲間であるユウキの悲しむ姿は見たくない。

 シルメリアもこの短期間で察していた。目の前の少年は陽気におちゃらけりもするが、なかなかの頑固者であると。きっと相手は容易に引く事はしないのだと。

 同時にヘンリーがユウキを想い慕っているのだという事も伝わってくる。

 まだ出逢って僅かばかりの時間しか重ねていないユウキに自然と心を許してしまう様に、彼女はそんな彼の仲間である目の前の少年を少しだけ信じてみようと思えた。


「……まとまったお金が手に入ったら、シバから情報を買おうと思っているんだ」


 不意にシルメリアは俯いたまま話を始めた。先程までの曇った表情とは少し色の違う、不安と決意が半分ずつくらいの表情だ。

 彼女自身も自分の行動に確かさを見出せていないのかもしれない。

 突然不意を突いて飛び出した情報屋の名にヘンリーは少しばかり訝しがる。

 シバは悪名高い情報屋だ。それはこの界隈ではあまりに有名な話。情報の質に関しては右に出る者いないが、対価があまりにも法外なのだ。

 そしてもう一つ気になるのはつい先日ユウキからお願いを受けてシバと取引をしているはずなのだ。当然シルメリアがその場に同席している事も知っている。

 なのに何故?が、素直な疑問だった。

 シルメリアの素性は未だ知れぬままだ。ユウキはともかく、ギルドの人間───ヘンリーは彼女が旧友の連れという情報しか持たない。

 疑う事はしないが、立場上『万が一』を考えてしまうのが彼の癖であり、彼の仕事だ。

 金次第で善にでも悪にでもなり、それを可能にしてしまうだけの『能力ちから』が情報屋シバには在る。


「この間会った時に聞きそびれた事でもあったんすか?」


 先日は久々の再会という事もあり、情報料はギルドが負担した。とても安いとは言い難い金額ではあったが、事前に依頼内容は窺っていたし、《ヴェンガンサ》はシバと繋がる伝手を持っているのをユウキは知っていたから。

 内容はここ最近世間を騒がせている盗賊団に所属する青年に関する情報。二人がお世話になったという宿場の女将の息子───盗賊団の幹部に成り上がったエミリオとかいう男の話だ。

 ヘンリーはつい数日前にユウキから聞かされた話を思い起こしていた。

 二人は盗賊団───《アビリティ》に身を置くエミリオを盗賊家業から足を洗わせ、女将を安心させてやりたいだとか何だとか、そんなどこかお節介な話だった。


「ミミリアの子───エミリオに関する情報を私は聞き出したい」

「ちょっと待って欲しいっす。その話はついこの間シバから聞いたはずじゃ……」

「エミリオと直接会って話がしたい」

「なッ───!!?」


 流石のヘンリーも想定していなかった少女の答えに意表を突かれ、すぐに何となく察しが付いて嘆息する。


「シルメリアさん、まさかとは思うっすけど、直接会って説得、なんて考えてやしないっすか……?」

「……ヘンリーは頭が冴えるんだな。少し話しただけでそこまで分かるとは……」

「いやいやいや!流石に分かるっすよ、誰でも!」

「そ、そうなのか……?」

「そうっす。安易っす。モロ分かりっす。だからこそ敢えて言うっす。危険っす!」


 先日の情報は共有している。ユウキではなく、シバから。

 最初こそシバは依頼主であるユウキにしか情報は教えないと渋っていたが、元はと言えば、情報料はこちらが負担している訳であって正確な依頼主はヘンリーになる。

 そこのところを悪徳情報屋にキチンと理解させてエミリオという男の情報を得ている。

 『キリカのとこの坊やが一丁前に言う様になったもんだね』と揶揄されたが、ヘンリーもギルドの支部を預かる身(代理だが)だ。まして、《アビリティ》はこのエレナント州に蔓延っている盗賊団。情報一つに無駄などという事はなかった。

 だからこそ、《アビリティ》の幹部であるエミリオ=ローランと直接邂逅しようと試みているシルメリアを素直に受け流す訳にはいかなかった。


「頼む、ヘンリー。今の私には君しか頼れる者がいないんだ……!」


 少しだけ潤んだ緋色の瞳に見つめられヘンリーは逡巡する。

 シルメリアの気持ちが分からない訳ではない。けれど、友人の連れを危険な目に合わす訳にはいかない。けれどけれども、仔犬の様な眼差しに勝てる気はしない。いや、もうほぼ負けている。


「……はぁ〜……」


 諦めと共に溜息が溢れだす。参ったな、という感じで頭を掻きながらも心は完全に目の前の少女の瞳に負けていた。


「分かったっすよ、シルメリアさん。出来るだけ高額な依頼報酬の仕事回すっす」

「本当かヘンリー!?ありがとう!」


 途端に緋色をキラキラと輝かせる魔族の少女を見て、ヘンリーはもう一度だけ嘆息。


「んで、まさかシルメリアさん、一人でとかじゃないっすよね?」

「え……」

「え……って、当然ガミキさんも……」

「ユウキには……迷惑掛けられないんだ。いや、掛けちゃいけないんだ……」

「……え?」

「ヘンリー、これは私の我儘エゴだ。だからユウキを巻き込みたくない。これは私の意志だ。頼む、ユウキには黙っていてほしい」


 状況がいまいち飲み込めないヘンリーは一瞬呆気に捕られてしまったが、理解は出来た。彼女の強い意志は真っ直ぐな瞳を見ればこそ。

 ただ生憎同時にそれが原因でホテルに引き籠り、塞ぎ込んでいる友人の姿が脳裏に過ぎった。

 ユウキには可哀想だが、シルメリアの願いも無碍にする訳にはいかない。


「うーん…………まっ、何とかなるか」


 少しだけ頭を抱えたヘンリーであったが、現在いまは一旦過ぎったユウキの姿をそのまま過ぎらせておく事にした。後から会いにでも行って軽く励ましてこようと自分の内で折り合いを付けて。


「ガミキさんとシルメリアさんの間に何があったのかはこの際聞かないっすけど、ギルドの仕事を回す以上、シルメリアさんは俺の言う事は聞いてもらうっす」

「うん。分かったよヘンリー」

「じゃあ、現在ギルドにきている依頼の中で報酬額が高いのは……」


 言ってヘンリーは何処からともなく取り出した書類の束に目を通していく。

 その書類一枚一枚に依頼内容と詳細がびっしりと記されている。


「あ、これ……」


 そんな書類の中の一枚に手を止めると内容をまじまじと確認する。

 少しだけ難しい表情かおをしたのも束の間───、


「───次はこの仕事に決まりっす」

「どういった内容だ?」

「……魔獣っす。魔物じゃなく、魔獣っすからね」

「……魔獣」


 魔獣が意味するものは二つ。

 危難と厄災。

 突然変異の魔物種とは根本が違う。

 魔獣種は世界に於ける諸悪の根源たる原生種にして、万物の霊長たる人が触れてはならぬ禁忌たる存在【悪魔王デモンキングアルゴルモア】が生み出したとされる<異形種>の眷族。

 その特性は『人』を滅ぼす為に存在する、という点。


「現在、このフレデナント支部にきている一番ヤバくて報酬の高い依頼っす」


 真剣な面持ちのヘンリーを見て、シルメリアは少しだけ疑問抱く。

 先程まではあれだけ危険を顧みない自分を静止していた男が魔獣種討伐の依頼を紹介した。

 それはエミリオとの邂逅など遥かに凌ぐ危険性を秘めている事ぐらい世間知らずの彼女にも理解は出来た。

 だが、その答えはシルメリアが尋ねるよりも先に彼の口から告げられた。


「……まっ、普通に考えたら無理な依頼なんすけどね。ただ、今回は特例っす」

「特例?」

「そうっす。そもそも魔獣種の討伐は特例措置が施されていて、一ギルド単体で行って良い代物じゃないんすね。つまり、この依頼は《ヴェンガンサ》にだけではなく、他のギルドにもいっているという訳っす。つまりは早い者勝ちか、山分けかになるっす。それに情報によれば魔獣種と言ってもだいぶ下位の奴みたいなんで、もしかしたら先日シルメリアさんの倒した【ヌシザザミ】の方がよっぽどヤバかったかもしれないっすね」

「そうなのか?あの蟹は大した事なかったぞ。それにとっても美味しかったぞ」

「美味しかったはさて置いてっすけど、言っても魔獣種は魔獣種っす。危険を伴う事に変わりはないっすからね」

「うん。心していくよ」

「……とまあ、俺が素直にこんな危険度の高い依頼を紹介したのには訳もあるっす。シルメリアさんには共同戦線を取ってもらいたいっす」

「きょうどうせんせん?」

「そうっす。一足先にウチのハンターが現場に向かってるんですぐに後を追ってほしいっす。向こうにも伝令を出しとくっすから。名前はセツナ=ミナヅキっす」

「女……?凄腕のハンターなのか?」

「ええ、セツ姉……あ、いや、セツナさんの腕は確かっす。《ヴェンガンサ》のA級ハンターっすから。元々本部所属のハンターなんすけど、俺がフレデナント支部に異動する際に無理矢理引っ張ってきちゃったっす」

「そうか。会うのが楽しみだな」

「てな訳で宜しくっす。くれぐれも……」

「無理はしない……だな?」

「そうっす」


 親指を突き立てたヘンリーにシルメリアは微笑みで返した。

人物紹介


ヘンリー=ストライフ age16

ハンターギルド《ヴェンガンサ》フレデナント支部長代行を務める少年。

ギルドの立ち上げメンバーの一人。お調子者。

ウェーブのかかった茶髪、榛色の瞳。

仕事をシルメリアに斡旋する。

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