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黒の掃除屋編-エピローグ

□貿易都市フレデナント リタ武具店前


「……まったく、呼び出しておいて遅刻とはいい度胸じゃないかお嬢ちゃん」


 魔獣討伐の翌日、ヘンリーに指定した魔族の少女リタの店先でシルメリアを出迎えた金糸雀色の瞳を持つ情報屋シバは腕を組みながら僅かに笑みを宿し言った。


「あれぇ〜?やっぱシル姐さんじゃないですかぁー」


 少しだけ露出の高い格好をしたリタも店先に出ていた。


「呼び出してすまないシバ」

「まあこっちも他の仕事が入っていたんでこんな時間になってしまったからお互い様だよ」


 言った小柄な神族の霞色の髪を夕陽が焼いている。辺りは沈みゆく太陽の紅色に染まっていた。


「早速だが、情報を……」

「待て待てお嬢ちゃん。慌てるんじゃないよ。ひとまず場所を移そうか。気になる店を見つけてね」

「うむ、分かった」


 ◆


 刺繍の施された紫色のクロスが敷かれた高級そうな白テーブルの上を値が張りそうなスイーツ群が並べられる。

 情報屋はまずハーブティーをひとくち口に含んで口内を清涼感で満たす。


「おや?お嬢ちゃんは何も頼まなくて良いかい?」


 小さな果実が散りばめられたタルトをナイフとフォークで捌きながら目の前でメニューすらも見ようとしない魔族の少女に問い掛ける。

 どちらにせよ、仕事の話はデザートが済んでからだ。

 まずは甘美を堪能しようとシバがタルトを口に運んだタイミングで……、


「エミリオ=ローランの情報を買いたい!」


 真剣な眼差しで切り出したシルメリアを他所にシバはスイーツを頬張り高揚感に浸る。


「お金ならちゃんと用意したんだ。見てくれ、60万ゼルはある筈だ」


 テーブルの上に札と路銀が詰まった麻袋を置いてシルメリアは話を続ける。


「シバには呆れられるかもしれないが、何としてもエミリオの情報が欲しいんだ!頼む!」


 懇願する少女に横目もくれず、シバはハチミツ入りのカスタードが詰まったシュークリームを口に運ぶ。


「やはりユウキには迷惑は掛けられない……だから、私が……」


 少しだけ力なく俯いたシルメリアにシバは反応する。半分程食べたシューを皿に戻し、ナプキンで口の周りを拭き、ハーブティーを口に注ぐ。


「お嬢ちゃん。仕事の話は食事が済んでからだよ……と、言いたいところだけど、まあいいよ。とりあえずエミリオの話をする前に昼間あたしのところに来たバカな坊やの話をしてあげる」

「バカな……坊や……?」

「そう。そのバカな坊やはね、《アビリティ》の情報を買っていったよ」

「まさか、ユウキ……!」


 シルメリアであれど、シバが揶揄する相手が誰なのかすぐに分かった。

 でも何故ユウキが《アビリティ》の情報を……?

 シルメリアの表情で悟った神族の情報屋はやや呆れながら嘆息する。


「分からないのかい?そのバカな坊やはどこぞのお嬢ちゃんの願いを叶える為に情報を買ったのさ」

「な、何故……」


 シルメリアが溢した言葉を耳にして少しだけ苛立った口調でシバは言う。


「あんたもいい加減バカだね。お嬢ちゃんが坊やに迷惑掛けたくないと思っている感情───それこそが迷惑と言う事だよ」


 シバの叱責にシルメリアは言葉を紡ぎ出せずにいた。

 当のシバも柄にもなく少しだけ感情的になってしまった自分に呆れながら溜息を漏らす。それでも彼女は言わずにはいられなかった。


「いいかい、お嬢ちゃん?坊やはね、あんたの我儘を実行する為に今夜独りで《アビリティ》のアジトに向かったんだ。盗賊の根城に単身乗り込むって言うのが、どんなに危険な事か……」

「ユ、ユウキが……!!?」

「お嬢ちゃん、これはあんたの我儘エゴが招いた結果だ。現在いまに至るまでお嬢ちゃんの身に何があったかなんてのは関係ないし、そんなもの坊やは知らない。それでも他人ひとの為に我が身を焦がしてしまうのがあの坊やだ……とてもとても危うい坊やなんだよ……」


 シバの言葉にシルメリアの胸が痛む。張り裂けそうな痛みが拡がって自分を押し潰そうとする。

 何故彼は出逢ったばかりの自分の為にそこまでしてくれるのか……いや、そこまで出来てしまうのか……。


 ───私は……私の都合ばかりだ……。


 不意に訪れたやるせなさの正体を後悔と認識したシルメリアは拳を強く握り締め、自分の不甲斐なさに憤りを感じた。

 同時に抑え切れない衝動が彼女を襲う。

 ユウキに逢いたい。早く逢いたい。今すぐにでも逢いたい。逢いたくて仕方がない……!!


「───ハルバロ山だ。ネロの森を抜けた山の麓にある滝の周辺が《アビリティ》のアジトだよ。そこにエミリオ=ローランはいる」


 唐突にシバの口から紡がれた情報を聞いて短く頷いたシルメリアはすぐに立ち上がる。


「ありがとうシバ」


 御礼を告げると同時に急足で立ち去るシルメリアの背に掛けようとした言葉を呑み込んだシバは小さく手を振る。


「まったく、忙しないお嬢ちゃんだよ。それにいくら何でもここまでの金額は要求するつもりなかったんだけどね……」


 シルメリアの残した麻袋を見つめながらシバは嘆息した後、微かに一笑してティーカップを口に運んだ。


「…………坊やに何かあったら、恨むよ、お嬢ちゃん……」


 普段死んでも口に出さない言葉が溢れ落ちて、シバは再びハーブティーを喉に流し込んだ……。


 ◇


 世界は紺碧に包まれていく。やがて夜が訪れ、黒色のベールが世界を染めていくだろう。

白宝月ルミナス>が顔を覗かせ始めた天空にはうっすらとした星の輝きが散り散りに浮かぶ。

 空気を切り裂いて風の高速移動魔術を発動させたシルメリアはフレデナントの北西───ハルバロ山を目指す。

 予期していなかった事態に冷や汗が額に浮かぶ。

 嫌な予感が胸を過ぎる。シバの叱責が蘇る。自らの我儘が首を絞める。

 焦燥感が募る程に加速していく。


「ユウキ…….どうか無事でいてくれ……!」


 少女は祈り、願い、少年を想う。


 そして世界は夜の闇に包まれようとしていた……。

こちらの続きは本編【黒の姫君】編 第三十五話『瀕死の少年を優しく包む『少女』の温もり』です。

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