黒の掃除屋編-プロローグ
魔族の少女シルメリアは偶然に出逢い、自分を助けてくれたハンターギルド《ヴェンガンサ》の少年ユウキ=イシガミと貿易都市フレデナントに訪れていた。
そこで彼女は自分の我儘にユウキを巻き込みたくないと考え彼の前から忽然と姿を消した……。
これは彼女がユウキと別れてから《アビリティ》のアジトであるハルバロ山で再び出逢うまでを描く。
情報屋シバに多額の依頼料を支払う為、ユウキに内緒で《ヴェンガンサ》の仕事を請け負う彼女。
一時的なアルバイトがやがてフレデナント界隈では【黒の掃除屋】と噂される事となる少女の12日間の物語。
※黒の姫君編十九話から三十五話までのシルメリア視点の物語となります。
世界はこんなにも真っ赤に染まっているのに何故私も同じ様に焼け焦がれる事が出来ないのだろうか……。
エレナント州北部の貿易都市フレデナント。
その街を見下ろす丘に構える聖アーリア教会の屋根上で私は真っ赤に焼ける海を見つめていた。
茜色の空からゼーレ海を焼く夕陽は燃え盛る様に地平線へと沈んでいく。
やがて訪れる宵闇に想いを馳せる。
こうやって世界は今日という日を終えようとしている。そして明日も朝はやって来る。
同じ事の繰り返しなのにそれでもこの世界は歩みを止めようとはしない。
それに比べて自分はどうだ?踏み出す事を恐れて何一つ『前』に進めていないではないか。
他人に踏み込み過ぎない様、その一線を越えてしまわぬ様、寸前のところで『中途半端』にしてしまう。
大切なものが大切になり過ぎていつか壊れてしまう事を恐れる防衛本能。
それがその『先』へと踏み込ませない様に立ちはだかり諭す。
大切なものが大切なものになる前にどうにかしなくてはならないと。
私に誰かを大切に想う資格などないのだから。
ただ、私は自分でも気付いている……本当は誰よりも他人に触れたいのだと。
深層心理の奥底に潜らずとも解る自分自身の想い。
だからこそ、いずれこの手で大切なものを壊してしまうかもしれないという『未来』が恐い。
私はとても恐ろしい……、
築かれた繋がりが音を立てて崩れるのが。
私はとても恐ろしい……、
大切な人が死しても尚、消えずこの胸に残り続ける事が。
私はとても恐ろしい……、
その大切な人の笑顔を奪うのは血塗られたこの手だと考えてしまう事が。
私はとても恐ろしい……、
私はとてもとても恐ろしい───『化物』なのだから。
内に眠る魔力が今まで何人もの大切な人を苦しめたのだろうか……。
……私は他人と関わってはいけない存在なのだ。
……それなのに私はどうしてもユウキと離れる事が出来ない。いや、離れたくないと思ってしまう。
彼に振り返る不幸ですら、彼と共になら振り払えてしまう様な気がしてならない。
そんな絵空事の様な感傷に浸ってしまう。所詮はただの空想だ。私の自分勝手に彼を巻き込んでいるだけなのかもしれない。
今回の一件もそうだ。
世話になった宿場の女将の為を想い、盗賊稼業に手を染める息子の足を洗わせたい。そうすれば女将の喜ぶ顔が見れるに違いない……そんな安易な考えをユウキはエゴだと言った。
その理由が分からない訳じゃない。
ただ、私は彼女の為に何かしてあげたかっただけなんだ。
そんな風に思う事自体が傲慢以外の何物でもないのだが……。
強行すれば、優しい彼は嫌な顔一つせず私に付き合ってくれるだろう。
ただ、それは出来ない……いや、してはいけないんだ。
私自身の勝手な都合で彼を振り回してしまえば、気付いた時にはきっと戻れないところまで踏み込んでしまっているに違いない。
私は彼を失いたくない…………。
地平線の彼方へ沈みゆく夕陽を見つめながら儚げな想いは紺碧の空と共に宵闇に包まれた………。