親不孝な龍の話
「私の名前は幻。貴方の名前はなんて言うのかな?」
幻は隣に座る黄金の龍に話しかけていた。かなり醜悪な見た目をしているが、彼女は彼に惹かれたのだ。
「俺に…名前はない」
「そうなんだ。じゃあ私がつけてあげる」
「あぁ?」
「貴方の身体は穢れを知らないピカピカな黄金。だから、エルドラド。それが貴方の名前」
幻は柔らかい笑みをエルドラドに向けた。反射的なのか、エルドラドも笑っていた。
ずっと続くと思っていた。
今日はエルドラドと散歩をすることにした。
「ふー、今日は暑いなー。お天道様が頑張ってる証拠だね」
すると、自分に捧げられていた光が遮られる。エルドラドが翼を日傘代わりにしたのだ。
「貴方は大丈夫なの?」
「このくらいなら」
「だって、ずっと森の奥にいたんでしょ?お天道様の光で火傷したりしない?」
「そんな人の肌で火傷するアマガエルじゃないんだからよ」
「ふふっ」
「日焼けはお前の肌には似合わないからな、これも俺の仕事だ」
「私よく外に居るけど日焼けしたことないよ」
「騒霊は日焼けしないんかね、まぁ熱中症対策でもあるってことで」
「あれがお前の姉ちゃん達か」
「うん、叡智姉と寂滅姉」
「なんていうか…すごいな」
「叡智姉はシスコンなんだよ」
「へぇ……それに、下の姉ちゃんの方が大きい事例なんだな」
「おっぱいが?」
「ちげぇよ身長の話だよ」
「私もあれくらい大きくなるかなぁ」
「どっちの話?まぁ…どっちであろうと俺はお前が好きだぜ」
「エルドラドのえっちー♪」
「やっぱ胸の話だったかてめぇ!」
今日もまたエルドラドと一緒に散歩していた。初めて散歩した日からしばらく、その距離感はいつのまにか縮んでいた。
「ねぇエルドラド」
「ん、どうした幻」
「どうしてそんな近いの?」
「え、近いか?」
「うん、最初のころに比べたらぐんと近い」
「嫌か」
「ううん、嫌じゃないよ。少し気になっただけ。それに貴方身長高いよね、すんごい高い」
「龍はみんなそういうものだろ、それともお前らの言う成長期だったんだろう」
「ん?私がチビって言いたいのかな?」
「別にそうとは言ってないだろ」
「じゃあなんで私の背は伸びないの?」
「霊…だから?いや、成長期が終わった…?」
「ほら、馬鹿にしてる」
「違うっての。ていうかお前からかってるよな?」
「だって面白いんだもーん♪」
「んぶぐっ、苦っ」
茶を口にした瞬間、謎の味が幻の口の中に広がる。
「エルドラド、やるね。この私を悶えさせるとは…ぐふっ」
幻はテーブルに突っ伏す。
「…あー、やっぱこれは幻には苦いか…」
だけど………
今日もまた、日課の散歩にエルドラドと共に出る。さらに距離感は縮み、手を繋ぐほどの関係になっていた。
「時間っていうのは恐ろしいなぁ」
「そうかね」
「エルドラドってば最近私のことからかってるでしょ」
「だってお前をからかうと面白いんだもん」
「エルドラドのくせに生意気なっ!」
「生意気にさせたのはお前だろう?」
「むー!」
「んぶぐっ!エルドラド、お茶に何を…!」
「福寿草。お味は如何かな?」
「それはっ、毒草じゃない!私が毒で死なないのを利用したな!」
「だって、人間じゃないならこのぐらいの毒跳ね除けるだろ?」
「そんな信頼いらないから…」
始まりは終わりの始まり。
終わりは始まりの終わり。
どんな些細なことでも、いつか終止符がうたれる。
今日もまた、エルドラドと散歩に出る。
「どうしたのエルドラド、疲れたの?」
「ふん、俺はまだまだ元気だぜ」
「にしては距離が離れてるけど」
「それは気のせいだな」
「無理してるのバレバレだよ。何百年の付き添いじゃないか」
「ふっ、バレていたのか」
「いつでも私の膝の上でおねんねしてもいいんだよ?」
「それは俺のプライドが許さない」
「無駄に高いプライド持っても面倒なだけだと思うけどな」
「まぁ杞憂はいらねぇよ、なんてったって俺は『黄金郷の絶対者』だからな」
「お茶、美味しい」
「美味いかどうかわかるようになったからな」
「貴方と出会ってどれだけ経ったんだろう、時の流れは早いものだね」
「お前は昔と全然変わらないな、俺の身体はもう錆びてるっていうのに」
「貴方の方が年上だもんね」
「俺がジジイだって言いたいのか?」
「……ふぅ、美味しかった。ありがと、エルドラド。それじゃ私は寝るね」
それはいつも通りの別れ。幻は自室のベッドで睡眠をとり、翌朝エルドラドが迎えにいく。
いつもと変わらないはずだった。
「ああ、おやすみまほ…ろ……」
そこでエルドラドの声は途切れた。その場で彼は倒れたのだ。すぐさま幻は彼の巨大な身体をその小さな身体で懸命に支え、彼の名前を呼ぶ。
「………エルドラド?」
返ってきたのは、静寂。騒霊が一番嫌いとする静寂だった。
エルドラドが倒れた理由、それは寿命だ。命あるものなら、どうあがいても訪れるその終焉。だが、幻はエルドラドなら大丈夫だと信じていた。しかし、目の前でぐったりとエルドラドが木にもたれているのは紛れもない、命の灯火が消えかかっているという証拠。
それを幻は許せなかった。
だから考えた、ひたすらその頭脳を使ってなんとかできないか、と。だが、過ぎていくのは時間だけだった。結果なんぞ得られなかった。みんな口を揃えて言うのだ
命あるものが死ぬのは当然の運命、それを覆してはいけない。
幻はエルドラドを看病していた。
「そろそろだな」
突然彼がそう言った。幻は顔を俯せてお得意のトランプを意味もなくシャッフルしている。
「寂しいな、貴方が居なくなるなんて」
「そうだな、お前と離れ離れになるのか……」
「ふふふ、ほんとは私という束縛から解放されて嬉しいんじゃない?」
「まさか、お前が嫌だったら俺はお前の傍には居ないよ」
「貴方は、いつも笑っていた。死ぬ直前である、今も…」
なんとか話すことはできたが、ついにその涙腺が崩壊した。大事なトランプが濡れそうになる。
「おいおい泣くなよ、大事なトランプが濡れちまうぜ?」
「…泣いてないもん」
「…………本当に?」
「泣いてない!泣いてないったら!!」
思わず、幻は彼の傍から走り去る。
「…幻、どうしてここに居るの」
そこに居たのは彼女の姉達だった。
「どうして、彼の傍に居てあげないの」
当然の疑問に幻は叫ぶように答える。
「無理だよっ!エルドラドの近くに居たら泣いちゃうもん!そしたら、エルドラドきっと心配する……彼が安心して眠れない……」
「ふざけるな!」
叡智が幻を叱責する。
「たしかに、お前の言いたいこともわかる。最後まで迷惑かけたくないっていうことも。だが、そうじゃないだろ!エルドラドにはお前が必要なんだ!それはお前が一番知っているだろう!?」
「それは……」
寂滅がやんわりとした口調で
「わかっているなら、早くその顔を見せてあげなよ。エルドラドは貴方を待ってるよ」
会いたい。
一日が終わるたび、幻はそう思っていた。早く時間が経たないか、と。時間が経てば朝がくる、朝がくれば彼が来る。
でも今は違う。
時間が経ってほしくない、時間を進ませたくない。時間が経てば、もう彼に会えなくなるだろうから。
「会いたい…!」
幻はただ、ひたすら走った。
「エルドラド!!」
幻がそう叫んだ、その声に気がついたエルドラドはゆっくり彼女の方を向いて、笑った。
……幻、俺は……お前と出会えて……とても……幸せ…だったぜ……
「……は?エルドラド……どうして目を閉じてるのさ!返事してよ、ねぇ!!貴方昔言ったよね!?ずっと一緒に居るってさ!!あれは嘘だったの!?嘘ついたってこと!?ねぇ、起き上がってよ!!また一緒にお散歩しようよっ!!ほら、新しいシャッフルの仕方覚えたんだよ?見てよ、お願いだから!!お願い…だから…………」
「あれからどれだけ経ったかな、お茶も飲んだし今日もトランプで遊ぼうっと。……そういえば、ほんとに苦いお茶とか飲んだっけ。あれはぶっちゃけないわー。まぁ……」
しょっぱいお茶の方が、嫌だけど。