Ep2.姫は土砂降りの雨に佇む
今の季節は秋。夏休みから二週間が過ぎ、そろそろ生活の変化に慣れてきた時期だ。
まだまだ外は光の強い太陽が輝き、快晴ならばタオルと水分は欠かせないだろう。
そう、快晴ならな。
学校帰りの放課後。土砂降りの雨がアスファルトを叩き、かなりの騒音を奏でている。
そんな中で、俺こと江波戸蓮は眉を顰めながら帰路に就いていた。
少々遅めの台風が襲来し、この有様だ。
風もかなり強く、手に持っている傘を真っ直ぐ立てるのに必死になってしまう。
しかし、暴風警報は出ていない。
ウチの進学校は暴風警報が出ない限り登校日なので、今日は休みでは無いのだ。
いや、ふざけんなよ。
「──ん?」
心の中でそう悪態をつきながら、足早に住んでいるマンションを目指している時だった。
雨のお陰ですっかりと悪くなった視界の中、道路の端にある一つの人影を俺は認識する。
目を細めて見てみれば、そいつは目立つ色の髪を長く伸ばした女性だった。
遠目で辛うじて分かるの容姿は、あと肌に張り付く長袖の白い服の上にベージュのベストを着て、黒いスカートを履いていること。
それだけなら特に気にすることも無かったのだが、そいつは傘をささずに突っ立っている。
そう、突っ立っている。前述の通り、服が肌に張り付く程びしょ濡れになっているのに、何をすることもなく。
少し訝しく感じながら近づくと、そいつの容姿がハッキリと分かるようになってきた。
それで分かったのは、こっちから勝手に見知っていた同級生であること。
[学園の「姫」]白河 小夜。
友達がいないこんな俺でさえも知っている、学校でかなり有名なやつである。
こいつの事は一言で表せられない。短くても三つの四字熟語、計12文字は必要だろう。
「容姿端麗」。
白河小夜はまず見た目に恵まれていた。
まず一番に目が行くのは、日本人じゃ有り得ないその髪。
美しい金色である。ハーフらしい彼女のそれは地毛のようで、実際に全く傷んでいない。
前髪は綺麗に切り揃え、横髪は耳たぶ辺りまで多く下ろしてるそれは俗に言う姫カットだ。
キューティクルが良いらしく、元々かなり明るい色なのに光沢がとても目立つ。
なのに水分は吸収しにくい質らしく、湿気の多い現環境で特に癖が出ていない。
ちょっと待てまだ髪しか言ってないぞ?
……と、とりあえずそんな彼女は顔も良い。
恐らく顔だけでは無いだろうが、そこに伝う水滴越しに透明感が際立つ白い肌。
シミはどこにも無く、滑らかな曲線で表面を覆い、とても柔らかそうだ。
雨で冷えたのか血色が悪くなっているが、普段ならばとても健康的な色をしている。
そして、奇跡と言われても納得出来るような、日本人に近めなその整った顔。
通っている鼻筋、小ぶりな鼻、薄い色の瑞々しい唇、優しげな曲線を描く目や黄色い眉。
それらパーツが、それぞれ意志を持っているかと疑うレベルで絶妙な位置に鎮座している。
そして、特に目立つのはその眼だ。
ハーフとは言ったが、そのためか彼女は目の色も日本人とは思えない色をしていた。
碧い。長い睫毛が生えた二重瞼に覆われるそれは、サファイアのように碧く輝いている。
パッチリとしていて大きいため、特にそれが目立っているように思う。
名前を考えると、月の光を諸に受けた明るい夜にも思えて、なんだか吸い込まれそうだ。
と、こんな感じである。
因みにだが、日本人に近いとは言っても彼女はとても大人びた印象を受けるように思う。
……まあ、そのグラマラスな体型もそれに影響しているのかもしれないが。
彼女は身長が高く、目測で160cmは余裕を持って超えているように思える。
それでいてストッキングに包まれた御御足も長く、ベスト越しに見るウエストも細い。
ただ、女性らしい部分の強調も強い。
そんな漫画とかのキャラ程ではないが、少なくとも高一にしては平均より大きい。
……分かっているから言わないでくれ。変態じみているのは自分でも分かっているから。
でもこれでもオブラートに包んでいる方だ。それにジロジロ見てる訳じゃないからな!
ま、まあ。見た目はこのくらいにして。
「文武両道」。
白河小夜は成績、そして運動神経においても恵まれていた。
もう半年程前の入試も首席合格で、定期テストも二回行われたが両方共に一位だ。
流石に全満点、ということは無いが、それでも十分に凄い成績を誇っている。
そして実際に見たことは一度も無いが、体育の時間はとてもすごかったらしい。
どうやら授業で部活のエース並みの活躍を残したらしく、女子生徒が感嘆の声を漏らしていた覚えがある。
運動の方に関しては事実を知る由は無いが、しかし普通に信じられてしまう。
「品行方正」。
実際に話したことは無いらしいが、どうやら彼女は性格も良いらしい。
立ち振る舞いは凛としていてお淑やか、自身の能力を驕ることはなく、とても大人しい性格をしている、とのこと。
容姿だけで長くなってしまったため短く纏めたが、大まかにはこんな感じだ。
「容姿端麗」、「文武両道」、「品行方正」。
短く表現するならこの三拍子。それが白河小夜という人間である。
ちなみに[学園の「姫」]というあだ名の所以はというと、一番大きいのは彼女の一つの特徴があるらしい。
それは、異性に対しては寄せ付けない微笑みを振りまいているということ。
同性に対しても、少しばかり距離を置いた振る舞い方をしているようだ。
不純異性交友といった噂も、全くない。
そういった、誰にも手の届くことのない、孤高で、高嶺の花のような存在。
だから「姫」と、勿論本人非公式でそう呼ばれるようになったらしい。
……誰が考えたかは知らないが、きっとそいつは厨二病で間違いはなさそうだな。
で、話を戻すが、そんな白河小夜がこんな所で、何故傘もささずに突っ立っているのか。
表情はどことなく暗く、俯いており、手は今にも持っている鞄を落としそうだ。
異質な光景である。
道路の反対側……つまり右側から少し様子を見ていたが、特に動く気配も無かった。
……まあ、いいか。
少し異質なだけで、俺にとっては特に興味が沸いてくるわけでもないからな。
ここで、下心を持ったやつなら接点を持てるチャンスと踏み、彼女に声をかけるだろう。
しかし、俺はそんなことはしない。[ほぼ存在しない]から。接点なんて持てない。
……それに、そういったものも嫌いだ。
視線を外し、俺は再び足を踏み出した。
しかし、直ぐに止める。視線を白河小夜の方へ戻す。彼女はその場から動く様子はない。
「……っち」
後のことを考えると目覚めに悪い。
何もせずに通り過ぎ、彼女がその後風邪をひいた時のことを考えると、非常に。
……俺は黒い傘をさしているが、天気予報が大雨だったので幸い今は雨具も着用している。
だから、この傘が無くとも……少しくらいは雨を凌げるはずだろう。
俺は開いたままの傘を、弱々しく鞄を持つ手の片方を掴み、無理矢理握らせた。
白河小夜は勝手に動いたと見えたであろう手に驚いた顔をしたが、構わない。
そして俺は、マンションまで走った。
……余計なことをしてしまったが、どうせ俺の存在なんて気づかれちゃいない。
あの傘は不思議に思うかもしれないが、今後あいつと関わることは……一生無いだろう。
──そう思ってたんだけどな、その時は。