足りない傘
「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」というラジオ番組の企画「ゆいこのトライアングルレッスン THE MOVIE」に応募した作品を、小説に改稿したものです。
「あー……降ってきちゃったかあ」
放課後の補習を終えた、ある日のこと。私は、学校の玄関で途方に暮れていた。
「天気予報、ちゃんと見てくればよかったなあ」
誰に言うでもなくそう呟いた、その時。
私の腕をぽん、と軽く叩く感触がした。振り返ると、そこには見知った幼馴染の顔があった。
「よ!由以子も、今帰り?」
「巧!あれ、部活は?」
「天気が悪くなりそうだから中止だって。あー、やっぱり降ってきたなあ……お前、傘どうした?」
「……忘れた」
「ドジ」
「うるさい!」
私は、持っていた鞄ごと巧をバシバシと叩く。されている行為とは裏腹に、巧は何だか楽しそうだった。
「あははっ!仕方ねえなあ、俺の傘、入れてやるよ」
「えっ…」
巧の申し出に、私はドキッとした。
それって……相合い傘ってやつなんじゃ……?
「いっけね!」
暴れ出す心臓を抑えたくて、思わず胸に手をギュッと当てていた私の耳に、慌てたような巧の声が届いた。ふるふる、と首を振って、私は気を取り直した。
「ど、どうしたの?」
「傘、部室に忘れた」
「えー!?ドジはどっちよ!」
「うっせえなあ!今、取ってくるから待ってて」
「あ、ちょっと……!」
私が止める間もなく、巧はまるで風のように去っていった。さすが、陸上部のエースだ。
「由以子?」
振り返ると、そこには三人目の幼馴染が立っていた。博はその手に、折り畳み傘を持っている。
「帰りの時間が一緒になるなんて珍しいね」
「ほ、補習があって……博は、何してたの?」
「図書室で勉強してた。由以子、補習が必要なくらいなら、今度一緒に勉強する?」
「えー!学年一の秀才から勉強を教えてもらえるって、なんて贅沢な……」
「あはは」
真っ向から否定しないあたり、博には、自分が優秀な自覚があるのだろう。
「由以子、傘は?」
「えっ!?」
今しがた起きた出来事を思い出してしまい、私の声は動揺によって裏返ってしまう。
「えっと、忘れちゃったんだけど……」
「そうなの?じゃあ、これ使ったら?」
そう言って博は、私に折り畳み傘を差し出した。
「え、だって私がこれを借りちゃったら、博は……」
「そんなに降ってないし、走って帰るよ」
「でも……」
次の瞬間、博の口から飛び出したのは、思いもよらない言葉だった。
「それとも……一緒に入る?」
「えっ!?」
私の頭の中で、警報がこだまする。
無理無理無理無理!こんな展開、処理できない!
「あれ、博」
弾かれたように私は振り返る。ものすごいタイミングで、巧が戻ってきていた。手にはもちろん、傘を持っている。
私は、手に傘を持つ2人を、交互に何度も見つめてしまう。まるで、テニスの試合の観戦者のようだ。
「じゃ、じゃ、じゃあ!こうしよう!」
私は、二人から順番に傘を奪い、広げてからそれぞれに返した。
そして、巧と博、それぞれの傘を持っていない方の腕に、自分の腕を片腕ずつ絡め、二人の間に陣取った。
正面から見ると、巧、私、博の三人が並んで腕を組んでいるという、シュールな絵面になっていたと思う。
「これでよし!っと」
「ちょっ、この状態で帰るのかよ!?」
「そう!何か文句ある?」
「由衣子。これじゃ、傘から落ちてくる雨で、由衣子だけ濡れちゃうよ?」
口々に異を唱える巧と博。
怯むな、私。ここで引いたら、状況は最悪だ!
「良いの良いの!家に着いたらすぐにお風呂に入るから。それっ!」
私は、右腕で巧を、左腕で博を引っ張って、勢いよく走り出した。
結局、傘を差しているかなんてどうでも良くなって、最後には三人共ずぶ濡れになって、大笑いしながら帰ったのだった。
私たち三人は、生まれた時から一緒にいる、”幼馴染”。
私は……まだ、”三人”で、一緒にいたい。