新月の二人(前編)
「もうこれ以上いくのはやめようぜ…」
一人の若者が怯えるようにそういった。しかし、もう一人は首を縦には振らず、
「こんなのでビビっているのかよ。俺はまだまだいけるぜ。」
と答えたが、明らかにいつもより声が震えているのだか、二人とも平常心ではないのでその事に気がつかない。歩みを強引に進めるもう一人に対して、慌ててもう一人が付いていった。暗くゆらりと続く病院には、カタン、カタン、と二人の足跡がこだました。今日は新月で全く光の差し込まない廊下では、三歩先は見ることができず、より混沌なものとなっていた。
そんなとき後ろの一人は怖さからか急激に尿意に襲われた。車でファンタを飲みすぎたかなと脳をよぎると同時に、左手にトイレのマークを見つけることができた。鉄の看板は寂れ、青色のマークも一部は消えていた。急いで前の者に声をかけると少し駆け足で踵を返して戻ってきた。どうかしたか、聞かれたので、
「少し、トイレにいってもいい?」
「ああ、俺もそろそろいきたいと思っていた。」
たしかに廃屋のトイレは水が流れないだろう。おそらくその辺でトイレをしてもそんなに大差はないだろう。少しの背徳感も捨てがたかったが、やはり室内でトイレをすることには抵抗感が勝った。怖さも同居したが、二人ならとりあえず問題はないだろう。そう思ってドアを開けた瞬間であった。明らかに今までと空気が降りかかってきた。さらにそこに足を踏み入れるとそれが確信へと変わった。今まで生ぬるい部屋にいた感覚であったが、この部屋だけひんやりと冷たいのである。急激に背筋に悪寒が走った。
「おい、今までとどこか空気が違わないか?」
一人が怯えて口にすると、それを聞いて驚いたように
「お前もそう思うか。ひんやりと寒いような気がする。」
二人は顔を合わせた。なにかいる。そんな気がしてならなかった。既にトイレに行きたかったことなど頭の片隅から消えてしまった。お互いに顔を見合わせて次の一言を探りあった。一人は震えてしまい何も言えないことをもう一人が悟ったので、急に自分が友を救ってあげなければいけないと気持ちのスイッチが入った。
「俺が今から個室をひとつずつ見ていくからそれでいいだろ。」
自分にも言い聞かせるようにそう呟いた。もう一人はうつむきかけていた顔をあげて賛成とも反対ともとれるような表情をみせ、心の底からそれらの個室から何も見つからないことを願っているようだった。もう一人の回答を待つことなく、決心を固めてひとつ目の個室に手を伸ばした。