第三章 第10話 誕生日の話
夏休みを翌日にむかえた日の朝。
イマとミキが教室に入ったその瞬間、
「お誕生日おめでとう、イマちゃん」
カコはいきなりそういった。
「へ、今日だったの。なんにも用意してない」
カノンが驚きの声を上げる。
「はい、これプレゼント」
カコは紙袋を差し出す。
「ありがとう。見ていい?」
カコがうなずくのを見て、イマは袋を開けた。
中に入っていたのは、水色のカチューシャだった。小さなリボンがついている。
「ありがとう、カコちゃん」
イマがカチューシャを頭につけると、カノンが手鏡を出して見せてくれた。
「かわいい」
鏡にうつった、カチューシャをつけたイマ。その姿をかわいいと思えた。
「うん。似合ってる」
「かわいいよ」
カコとカノンは口々にそういった。
「ありがと。大事にするね」
イマは笑顔を浮かべた。
「わ、私も明日にはなにか用意するね」
カノンが慌てた様子でいった。
この日、体育の授業があった。
イマは着ていた長袖のTシャツ、長ズボンを脱ぐと、同じく長袖、長ズボンのジャージに着替えた。体操服の代わりだ。
「イマ、そのカチューシャ似合ってるな」
そういったのは、着替えの為に六年生の教室に来ていたサナだった。
サナは五年生で、人間として暮らしているがその正体は神の使いのキツネ。イマは以前一度助けてもらったことがあった。
今日の体育は五年生と合同だそうだ。男子は五年生の教室で、女子は六年生の教室で着替えるように、と先生から指示があった。
「ありがと。サナちゃん。でも、落として壊すと嫌だから、体育の時間は外しとく」
イマは脱いだ服はたたんで、机の上に置いた。その更に上にカチューシャを置いた。
暑い日差しが校庭に差し込む。
今日の授業はドッジボールだった。
男子、女子、五年生チームと六年生チームの対抗試合だ。
体育の授業といいつつ、結局は時間が余ったからレクリエーションをしようというわけだ。
「ねえ、イマちゃん」
ボールを避けながら、セリカが声をかけてきた。
「どう? ミキさんと上手くやってる?」
ボールを避けながら、イマは返事をする。
「うん。セリカちゃん、先輩のこと知ってるんですか?」
「なんか、廊下でよく蹴られてるの見るから、仲良しさんだなって思って」
「先輩、なぜか私にだけは触れられるみたいで、それがうれしいようなんです。セリカちゃんも、サナちゃんと仲良しだよね」
「うん。昔から一緒にいて、いろいろ助けてもらってるから」
そのときだ。
飛んできたボールが、セリカの肩に当たった。
「やりぃ」
ガッツポーズを決めるサナが見えた。
ミキは離れた場所からその様子を見ていた。
チャイムが鳴り、体育の授業は終わりを迎えた。
イマが視線をむけると、ミキはサナとなにかを話し込んでいる。
「授業の片付けはやっとくから、イマちゃん、先に教室に帰って、鍵開けといてよ」
クラスメイトの女の子がイマに教室の鍵を渡した。
「うん、わかった」
「あ、私もいく」
カコもついてきた。
こうして、イマはカコと共に一足先に教室に戻ってきた。
鍵を差し込み、回す。
イマは、扉を開けた。引戸は、ガラガラと音をたてて開いた。
二人が教室に入ると、カコは扉を閉めて鍵をかけた。
閉じ込められた。そう思った途端、イマの心拍数が徐々に早くなる。
脳裏に蘇る記憶。
今はあの時じゃない。
ここはあそこじゃない。
必死にいい聞かせる。
「どうしたの? カコちゃん。鍵かけたらみんなが入れないよ」
イマは尋ねる。
本当は「今すぐ開けて」と叫びたかった。
「イマ。私……俺、真剣なんだ」
カコ教室の中を歩きながらいった。
「俺?」
イマは首をかしげた。
「イマちゃん。俺、ずっとさ、自分のこと男だと思ってたんだ。前にお父さんやお母さんにそういったら、『バカなこというな』って、すごく怒られて、自分でも他のヒトと違う自分になりたいから、そう演じてるだけかな、なんて思ったんだけど、やっぱり俺、自分のこと女だと思えないよ」
カコは言葉を選びながら、慎重にいった。
「学校で習ったから、知ってる。カコちゃん、そうなんだね」
イマも、ゆっくりといった。
「それで、俺さ、イマのこと、好きみたいなんだ。友達としてじゃなくて、その、恋愛として」
カコはそういうと、イマから目をそらした。
「それで、私はどうしたらいいの? どうしてほしいの?」
イマは胸に手を当て、カコから目をそらしながらいった。
「俺も、わかんないよ。これからどうなっていきないのかわからない。でも、イマには俺のこと知っておいてほしくて……」
そのとき、教室の前がざわめきはじめる。
他のクラスメイト達が戻ってきたのだ。
「ごめん。変なこといって。でも、イマには本当のことを知っておいてほしかった。気持ち悪いよな。体は女なのに、心は男なんて。でも、それが俺なんだ」
そういってから、カコはわざとらしく笑った。
「さっさと鍵開けないと、みんなに怒られる」
カコはそういいながら扉にむかって足早に歩く。
そのときだ。雑に床に落ちていた誰かのTシャツ。それを踏んだカコは、よろけて、イマにぶつかる。
体格でいえばイマの方が大きいが、突然のことに踏ん張りが効かず、イマは後ろに倒れた。その上に、カコの体が重なる。
「ご、ごめん。イマ。ケガしてない?」
カコは慌てた様子でそういった。
しかし、その声はイマには届いていなかった。
イマの中で、グルグルと思考が巡る。
カコは自分のことを男の子だといった。
そのカコが、上にのっている。
男に触れられた。
上に乗られた。
あのときと同じように。
あのときの繰り返しのように。
イマは体を強張らせ、虚ろな目で天井を見つめていた。
脳裏にあの景色がよみがえる。
「猫を探してくれませんか?」
すべてはその一言から始まった。
いいことをしたつもりだった。
ヒト助けをしたつもりだった。
「イマ、大丈夫?」
カコはイマの体をゆする。
「イヤ……イヤっ」
イマは全身を痙攣させ、涙を流しながら、うわごとのように繰り返していた。




