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コンと狐と  作者: 千曲春生
幕間
198/222

甘えんぼの話 前編

 鳥取県八頭郡(やずぐん)若桜町(わかさちょう)

 町の中のある一軒の大きな古民家。

 その家の台所は建てられた当時のものではなく、リフォームして、そこそこ近代的になっている。

 その台所に、一人の少女が立っていた。

 少女は割烹着を着ていて、頬に大きな火傷の痕がある。彼女の名前はコン、といった。

 コンはみそ汁にみそを溶いていく。

「おはよう、コン」

 背中から声がして、コンはゆっくりと振り返る。

 そこにいたのは、中学一年生の女の子、サナである。

 着ているパジャマはだらしなくはだけているし、頭からは三角の耳が生えていて、眠たそうに目を擦っている。

「うん……おはよう、サナちゃん」

 コンがゆっくりと返事をすると、サナは一気に目が覚めたような表情になった。

「コン、大丈夫か?」

「何が? サナちゃん」

「なんか、今朝のコン、調子が悪そうだけど」

「へ、そんなこと……」

 コンが口を開きかけたその瞬間、景色がグルグルと回りはじめる。

 立っていられなくなり、倒れ込んだ。持っていたお玉が床に落ちる。

「コン! コンっ!」

 焦ったように叫ぶサナの声。すぐ近くで叫んでいるのに、コンにはどこか遠くの声に聞こえた。


 コンが私室として使っている和室。私物はほとんど置かれていない。

 部屋の真ん中に布団が敷かれて、コンはそこに横たわっていた。

 枕元には心配そうな表情のサナと、サナの母親ノノ。

「ん~。幽霊風邪かな」

 ノノはそう言いながら分厚い本を閉じた。

「幽霊風邪なんて……あるんですか?」

 コンは横たわったまま、頭だけを動かしてノノを見る。

「うん。そうみたい……。風邪ひいたときみたいな感じなのよね」

 ノノの問いにコンは力なくうなずく。

「ごめんね。幽霊のことって、キツネの私達でもわからないことが多くて」

 申し訳なさそうなノノに対して、コンは首を横に振る。

「ううん。大丈夫です。死ぬことはないはずですから」

 コンは冗談のつもりだったようだが、ノノからも、その横にいるサナからも笑顔は見えない。

 少し間を置いて、コンはサナに視線をむける。

「サナちゃん、私は大丈夫やから、学校行っておいで」

 サナは立ち上がるが、すぐに出て行かず、コンを見る。

「コン、ごめんな。私がユリから取り寄せた御札のせいかもしれない」

 先週のことである。

 術の研究の為、サナは化けダヌキのユリから古文書や御札を取り寄せた。知らずにそれにふれたコンは、術の影響で一時的に眠りについたのだった。

 コンは少し無理して笑顔を浮かべる。

「あれ、先週のことやから関係ないと思う。私は大丈夫やから、気にせんと学校行っておいで」

 サナは暗い表情のままだが、それでも一度うなずいて、部屋を出て行った。

 (ふすま)が閉まると、ノノは優しい口調で話し掛ける。

「まあ、今日はゆっくり休んでて。私もいるし、サクも今日は仕事休みらしいから。何かあったらすぐに言って」

「迷惑かけて、ごめん……なさい」

 ノノはコンの掛け布団を整え直す。

「いいの、いいの。子供たちみんな、何回でも体調崩して、その度にこうして世話してきたんだし。慣れたもんよ。後でゼリーか何か、食べやすいもの買ってくるね」

 ノノはそう言って部屋を出て行った。

 (ふすま)がピタリと閉まると、コンはぼんやりと天井を見上げる。

 木製の天井は木目と長年の染みが入り混じって複雑な模様になっている。

「生きてた頃は、体調崩すこと多かったな」

 コンはポツリとつぶやき、目を閉じた。


 むかし、むかし。

 具体的には五年くらい前の話。

 当時、小学四年生だったコンは、休み時間、机に伏せていた。

「コンちゃん」

 そんなコンに、声をかける少女がいた。

 同級生のタマキである。

 当時、タマキはコンと違うクラスだった。

 だけどこうして、休み時間の度にコンの元を訪れていた。

「タマちゃん」

 コンは気だるそうにタマキを見る。すると、タマキはすぐに気付いた。

「コンちゃん、今日は体調悪いやろ」

 タマキはコンの前髪をかき上げ、顔を覗き込む。

「……大丈夫」

「大丈夫ちゃうやろ。熱っぽい? 一緒に保健室行く? それとも担任の先生呼んでこよか?」

 タマキが尋ねると、コンは力なく返事をする。

「大丈夫。今日の授業、あと算数だけやし」

 タマキはため息をつくと、コンの前髪をかき上げて顔を覗き込む。

「コンちゃんってさ――」


 コンは目を覚ました。

 木製の天井。サナの家だ。

 今朝より気分が悪い。

 ゆっくりと(ふすま)が開き、ノノがやってきた。

「あ、コンちゃん、起きた。気分どう?」

「大丈夫……です」

 コンは弱々しく返事をした。

「大丈夫じゃなさそうよ」

 ノノは笑いながら布団の横に座ると、枕元にスポーツドリンクを置いた。

「お昼だけど、どう? お腹空いたなら、お粥つくるけど」

 コンは横たわったまま首を横に振った。

「ごめんなさい……。食欲ないです」

「謝らないでいいのよ。コンちゃん。お腹空いたらいつでも言ってね」

「お店……どうなりました?」

「サクとサナが見てくれてるから大丈夫」

「迷惑……かけてしもた」

 ノノは少し考えてから、ゆっくりと言った。

「コンちゃんってさ、甘えるの、下手だよね」

 責めているのではない。優しい口調。


「コンちゃんってさ、甘えんの下手やんな」


 あの日、タマキが笑いながら言ったのと同じ言葉。

「前にも、同じこと言われました。でも、正直よくわかんないです」

 ノノはゆっくり立ち上がる。

「サナを見てごらん。『お腹空いたぞー。おやつないか―』とか『髪乾かしてくれー』とかドンドン言ってくるでしょ? コンちゃんも同じことしてもいいよってこと。ま、とりあえず今日はゆっくり寝てて」

 ノノは部屋を出ていく。

「やっぱり、わからへん……」

 コンはつぶやくと、ゆっくりと目を閉じた。

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