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コンと狐と  作者: 千曲春生
コンと狐と迷子の迷子のウサギさん
193/222

戻ってきた平穏な日常の話

【登場人物】

・キョウコ 京都で暮らす中学一年生の女の子。ヘビにとり憑かれていた。

・ラク   キョウコの同級生。神に仕える化けギツネ

・サナ   鳥取で暮らす化けギツネ。キョウコ、ラクの友人

・オトウフ キョウコが出会った化けウサギ。記憶喪失


【前回までのあらすじ】

キョウコにとり憑いていたヘビはイチキシマヒメによって取り除かれた。

ハクトシンに教えてもらったオトウフの正体は何らかの神。いずれ記憶は戻り、神の国からお迎えが来るという。

二つの問題を解決したキョウコ達は、やっと平和な夏休みを享受するのだった。

 開け放した雨戸。縁側から夏の暑さとセミの声が入ってくる。

 ブオォーンと音をたてて空気をかき混ぜる扇風機。

 朝と昼の中間くらいの時間、キョウコ、サナ、ラクの三人は和室に机を出して夏休みの宿題をやっつけていた。

「ラク~。私の数学、代わりにやってくれ~」

 サナは自分のノートをラクの前に置く。

「宿題なんやから、自分でやらんと意味ないやろ」

 ラクはノートを突き返す。

「サナちゃん、一緒にがんばろ」

 キョウコは苦笑いを浮かべ、その様子を見ている。

 そのとき、玄関からサナの母であるノノの声が聞こえた。

「サナー、ちょっと買い物行ってくるから、お留守番しててー」

 サナは「はーい」と大声で返事した。


 それから十分ほど。

「ごめんくださーい」

 玄関の方から声がした。女性の声だ。

「はーい」

 サナは立ち上がろうとして、

「コャン!」

 その場に倒れ込んだ。

「サナちゃん、どうしたの?」

 キョウコが心配そうに尋ねる。

「ずっと……正座してて……足が」

「まったく、情けない。私が行くわ」

 ラクは呆れたようにため息をつき、立ち上がろうとして、

「コャン!」

 その場に倒れ込んだ。

「ごめんくださーい」

 もう一度、玄関から声がする。

「わ、私が行ってくるな」

 キョウコも正座していたが、スッと立ち上がり玄関へむかった。


 玄関にいたのは色白の若い女性だった。白い着物を着ていて、パンパンに中身の詰まった紙袋を抱えている。

「こんにちは。私、イチキシマヒメ様の遣いの者です。キョウコさんですね」

 キョウコは戸惑いながらもうなずく。

「この度は私の同族がご迷惑をおかけしました。こちら、お詫びに差し上げます」

 女性は抱えていた紙袋をキョウコに差し出す。

「そ、そんな。私は助けてもらっただけで……」

 キョウコがブンブンと首を横に振ると、女性も首をブンブンと降る。

「いえいえいえ。同族がご迷惑おかけしたのは事実ですし、イチキシマヒメ様も丁重にお詫びしてくるようにと言われていますので」

「でもでもでも」

「いやいやいや」

「いやいやいや……」

「でもでもでも……」

 二人はしばらくわちゃわちゃしたやりとりをして……。


 キョウコは和室に戻ってきた。パンパンの紙袋を抱えて。

「なんか、結局もらってしもた」

 サナとラクは共に足を崩して座り、太ももを揉んでいた。

「何か入ってるけど、これなんやろ?」

 キョウコは紙袋をテーブルの真ん中に置いた。サナが這うよう上半身をテーブルの上に乗せて中身を確認する。

「これは」

 サナは中身を取り出した。

 手のひらより二回りほど小さく、鈍いオレンジ色。

「干し柿だな」

 サナは持っていた干し柿をパクリと一口で食べた。

「へー、干し柿ってはじめて見た」

花御所柿(はなごしょがき)だな。日本一甘いと言われてる柿だぞ。ほら」

 キョウコが言うと、サナは袋からもう一個干し柿を取り出すと、キョウコの口に突っ込む。

 サナの説明を聞きながら、キョウコはモゴモゴと口を動かし飲み込む。

「ホンマや、すっごい甘い」

「じゃあ私も!」

 ラクも干し柿を食べた。


 干し柿をモグモグとやりながらサナ達は宿題を続ける。

「サナ~、私の代わりにポスター描いて」

 ラクがポスター用の画用紙をサナの前に置く。

「宿題なんやから、自分でやらんと意味ないやだ」

 サナはノートをサナに突き返す。

「ラクちゃん、一緒にがんばろ」

 キョウコは苦笑いを浮かべ、その様子を見ている。

 そのときだ。

 突然サナはビクンと体を跳ねさせる。

「どうしたの? サナちゃん」

 サナは緊張した様子で開け放たれた雨戸の方を見る。

「アイツが……来た」

 そうつぶやくなり、サナはキツネの姿になると、縁側から庭に飛び出し、すぐさま方向転換すると全力疾走で家の床下に入っていった。

「ちょ、ちょっと、どうしたん?」

「サナちゃん?」

 ラクとキョウコは縁側から身を乗り出し床下を覗き込む。

「ラク、キョウコ、いいか、私はいない。いないからな!」

 床下でサナは何かを警戒するように身を強張らせている。

 そのきだ。

「サナー、いるー?」

「お邪魔しまーす」

 玄関の方から二人の少女と、

「バウッ、バウッ!」

 犬の声がした。

 ほどなくして庭から声の主が現れる。

 少女はサナのクラスメイト、アカリとリンコだった。

 そして犬はアカリの愛犬、ツナヨシ。

 リンコが軽く手を振りながら挨拶する。

「あ、ラクちゃんにキョウコちゃん。こっちに来てるって聞いてたけど、ホントだったんだ。久しぶり。サナちゃんは?」

 リンコの横でアカリはツナヨシのリードを縁側の柱にくくり付けた。ツナヨシは何かに気付いた様に床下にむかって一声吠える。

 その途端、キツネの姿のサナが飛び出してきた。

 サナはツナヨシにむかって大きく口を開け、耳をペタンと寝かせ「ウヤァー!」と威嚇する。

「もしかして、これサナ?」

 アカリが何度も「ウヤァー! ウヤァー!」とやっているサナを指差しながら冷静な口調で尋ねると、キョウコとラクは同時にうなずいた。


 靴脱ぎ石の横に並べられた靴。

 リードを柱に繋がれ、庭に座っているツナヨシ。

「わ、悪かったよ」

 さっきまで宿題をしていた和室で、アカリはあぐらをかいて畳の上に座り、気まずそうに自分の後頭部を撫でる。

「気にせんでええよ。おかしいのはサナやから」

 ラクが言う。

 ちなみにサナまだキツネの姿のままで、リンコに抱きかかえられて、泥だらけになった肉球をキョウコに雑巾で拭いてもらっている。

「サナちゃん、相変わらずワンちゃん苦手なんやね」

 キョウコは口元に笑みを浮かべながら言った。

「アカリ! なんで家にそいつを連れてくるんだ!」

 サナが叫ぶ。

「いやー。ツナヨシ散歩してたらリンコに会って、サナの家に行くっていうから、付いて来たんだ。ツナヨシは庭に繋いどきゃ大丈夫かなって」

 そこで、ラクが口を開いた。

「じゃあ、リンコは何の用?」

 リンコは抱きかかえていたサナを床に置くと、ポケットから何かのチケットをとりだした。

 それは、県内にある温泉施設の優待券だった。

「じゃーん。知り合いにもらったの。ちょうど五枚あるから、みんなで行こうよ。ここプールもあるから、みんなで行こうよ」

「温泉ってえらいシブいな」

 ラクが言うと、リンコはニコリと笑う。

「ここ、水着で入る温泉で、プールもあるんだよ。みんなで行こうよ」

「プール! いいな!」

 突然サナは明るい口調で言った。

「ずいぶん食いつくな」

 ラクが言うと、サナはうなずく。

「ああ。だって去年は腕の骨折ってプール行けなかったからな。いいな、みんなで行かないか?」

 すると、キョウコとラクが顔を見合わせた後、ラクが言う。

「私達、水着持ってきてない」

「じゃあ、買いに行こう。お母さんにおこずかいもらえないか訊いてみるから」

「まあ、それなら。キョウコもいい?」

「うん。私も行きたい」

 リンコが胸の前でパチンと手を合わせる。

「じゃあ、決まりだね」


 その日の夜。

 電気を消して真っ暗な部屋。

 布団の上でキョウコはうつ伏せになり、枕元のオトウフに話しかける。

「プール、楽しみやな。水着、可愛いのあるとええな」

 オトウフは既に微かな寝息を立てている。

 キョウコは優しい手つきでオトウフを撫でながら、緩やかに眠りに落ちていった。

 気が付くとキョウコは真っ白な場所にいた。視界の全てが真っ白で、油断すると上も下も分からなくなりそうだ。

「ここは……」

 ふと、足元に何かが落ちているのに気付いた。

 拾い上げて見ると、それは一枚のうろこだった。

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