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コンと狐と  作者: 千曲春生
コンと狐と迷子の迷子のウサギさん
192/222

オトウフの正体の話

【登場人物】

・キョウコ 京都で暮らす中学一年生の女の子。ヘビにとり憑かれていた。

・ラク   キョウコの同級生。神に仕える化けギツネ

・サナ   鳥取で暮らす化けギツネ。キョウコ、ラクの友人

・オトウフ キョウコが出会った化けウサギ。記憶喪失


【前回までのあらすじ】

 ハクトシンがオトウフの正体を教える条件として示したマサヒコの恋の悩みを解決したキョウコ達。並行してヘビを従える水の神イチキシマヒメに出会い、キョウコにとり憑いていたヘビを取り除くことにも成功する。

 キョウコ達はオトウフを連れてハクトシンの元を訪ねるのだった。

 鳥取県鳥取市。

 波の音が聞こえる海の近くの白兎神社。

 神社の前の一画を取り囲むように、キョウコ、サナ、ラクの三人が立っている。

 三人の視線の先、ベンチに座っているのは小学校低学年くらいの男の子。彼こそが神社の祭神、ハクトシンである。

 ハクトシンの膝には一羽の白ウサギがのっかっている。オトウフだ。

「えへへ」

 オトウフはハクトシンに頭を撫でられて目を細める。

「あの……それでオトウフの正体は……」

 キョウコは遠慮がちに尋ねた。

「この子は……知らないウサギ」

 取り囲んでいた三人は一斉に唖然とした表情で「えっ」と声をあげた。

「し、知らないんですか?」

 ラクが聞き返すと、ハクトシンはうなずく。

「知らないウサギ。うちの子じゃない。でも……なんとなく……正体はわかる。すごく……強い力持ってる。きっと……この子は神が変化した姿」

 そこでラクは何かに気付いた。

「もしかして、変化のときに記憶がなくなちゃった?」

 ハクトシンはうなずいた。

「変化? 記憶?」

 一人、キョウコだけが話についていけず、キョトンとしている。それに気付いたサナが解説を入れた。

「変化の術を使うと、瞬間的に脳に負荷がかかるから、一時的に記憶が飛ぶことがあるんだ。私達キツネやタヌキは元々耐性があるから大抵は大丈夫だけど、オトウフは失敗しちゃったってことだな」

「オトウフの記憶……戻んの?」

 ハクトシンはキョウコを安心させるように笑顔を浮かべる。

「大丈夫……いずれ、記憶は戻る。神の国(高天原)に……連絡入れた。そのうち……お迎え来てくれる……それまで、キョウコちゃんが、オトウフくん、預かって」

 ハクトシンは膝の上のオトウフを抱き上げ、キョウコに差し出す。

「はい。ありがとうございます。オトウフ、もうしばらく一緒にいられるね」

 キョウコはオトウフを抱きしめた。

「キョウコちゃん、大好きだよ」

 オトウフもキョウコに顔を擦り寄せた。


 その後。

 帰りのバスまでは少し時間がある。

 キョウコがお手洗いに行ったのを見計らって、ラクが口を開いた。

「ハクトシン様。私達にあの男の人の恋の悩みを解決してほしいって言ったの、キョウコにとり憑いた蛇に気付いたからですよね」

 ハクトシンは小さくうなずく。

「うん……。ヘビの使う術は……よくわかんない。僕には……手に負えない。だから、イチキシマヒメさんに……任せることにした」

 ラクは深々と頭を下げた。

「ありがとうございます。ハクトシン様」

 遅れてサナも慌てて頭を下げる。

「ありがとう、ございます」

「いいん……だよ。忙しくて、お仕事手伝ってほしかったのも本当……だから」

 ハクトシンは顔を上げ、真っ赤な瞳でサナとラクを見つめる。

「でも……気をつけてね。……ヘビは、執念深いから」

 そのとき、キョウコが戻ってきた。

「お待たせ」

 ハクトシンはチラリとキョウコを見ると、再びサナとラクに視線を戻す。

「二人とも、キョウコちゃんと仲良くね」

 それから三人|(と、オトウフ)でハクトシンにもう一度お礼を言って、バス停にむかった。


 その日の夜。

 キョウコとオトウフは二人でお風呂に入っていた。

 キョウコはオトウフを抱いて湯船に浸かる。

「オトウフ、神様やったんやね。凄いわ」

「ハクトシン様も、そのうち記憶戻るって言ってたね。ボクはどんな神様だったんだろ」

「きっと、優しい神様やで」

「ごめんね、ボク、神様なのにキョウコちゃんに助けてもらってばっかりで」

 キョウコは悲し気な表情でオトウフの後頭部に顎をうずめた。

「私は、なんにもしてへんよ。全部サナちゃんとラクちゃんがやってくえた」

「ううん。迷子になっていたボクに声をかけてくれたのは、キョウコちゃんだよ」

 オトウフの言葉は聞こえていない。キョウコの脳裏にあのヘビの言葉が蘇る。


『どうだ? オレに全てを委ねてみないか? そうすれば、お前もあのキツネと同じくらいの力を得られるぞ』


 キョウコはぼんやりと考える。

 サナとラクはキョウコのこと、なにもできひん足手まといと思われてるんじゃないだろうか。

 頭を振ってその考えを振り払おうとするが、否定しきることもできない。

 小学校四年生のとき、キョウコはクラスメイトに虐められていた。

 それに気付いたサナが助けに来てくれたとき、いじめっ子はサナにこう言った。


『長尾さんってさ、キョウコと仲いいよな。でも、やめた方がいいで。コイツ、三年生のときに教室でおしっこ漏らしてん。こんな汚いヤツとつるんでも面白くないやろ。長尾さんにもバイキンうつっちゃうで』


 いじめっ子は知らなかったが、三年生の時だけでなく、二年生の遠足の時にもキョウコはバスの中で漏らしてしまった。

 その時は、横の席だったサナが水筒をひっくり返したことにして助けてくれたのだ。

 それがきっかけでサナと仲良くなり、さらにラクとも仲良くなった。

 本当は、サナ達もキョウコのことを汚いと感じているんじゃないだろうか。

 サナもラクも優しい。でも、だからこそキョウコのことを突き放すことが出来ずにズルズルとここまで来てしまっただけではないだろうか。


――サナちゃん、ラクちゃん。私のこと、どう思ってんの?


 キョウコが心の中で問うた質問。その返事が返ってくるはずもなく、開け放した風呂の窓からは湯気で霞む月が見えた。

 満月には少し足りない月が。

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