式神とスマートフォンの話
【登場人物】
・キョウコ 京都で暮らす中学一年生の女の子
・ラク キョウコの同級生。神に仕える化けギツネ
・サナ 鳥取で暮らす化けギツネ。キョウコ、ラクの友人
・オトウフ キョウコが出会った化けウサギ。記憶喪失
【前回までのあらすじ】
マサヒコ先生の恋愛を成就させることになったキョウコ達。
手がかりを得るために学校にやってくるが、そこでキョウコは意識を失ってしまう。
気が付くとキョウコは保健室にいた。
実はこの学校の養護教員、チエミ先生の正体は水の神イチキシマヒメであり、キョウコにとり憑いていたヘビを分離させたのだった。
保健室。
窓の外からはセミの合唱が聞こえる。
「で、あなた達はなんで学校に来たの?」
椅子に座ったチエミ先生はサナ、ラク、キョウコの三人の顔を順番に見ていく。
「えっと、サナちゃんの小学校のときの先生に会いたくて」
キョウコが言った。
「マサヒコ先生? なんで?」
首をかしげるチエミ先生。
「えっと、色々ややこしいんですけど」
サナが説明をはじめた。
キョウコが記憶喪失のウサギ――オトウフに出会ったこと。そのウサギは霊的に強い力を持っていたこと。
ウサギの正体を知るため、ウサギを従える神であるハクトシンの元を訪れた。
ハクトシンはオトウフの正体を教える条件として、マサヒコ先生の恋を叶えてほしいと言われたのだった。
「なるほど。そういうことね」
チエミ先生はうなずく。
「先生、マサヒコ先生の恋の話、何か知りませんか?」
サナが尋ねると、チエミ先生は首をかしげる。
「あの、三十超えて、実家暮らし、家にお金を入れてない、家事出来ない、の三拍子そろったあの先生が恋愛ね~」
そのとき、保健室の扉が開いた。
噂をすれば影が立つ。
現れたのはどうも冴えない男性教員、マサヒコ先生だった。
保健室にいた面々は一斉に黙る。
「先生、どうしたんですか?」
サナが尋ねるが、マサヒコ先生の耳には届いていないようだ。なんだか目がうつろだ。
「三木橋先生、指を怪我しちゃったので、絆創膏もらえますか?」
マサヒコ先生は力なく手をチエミ先生に見せた。左手の人差し指に切り傷があり、血が滲んでいる。
「あ、はい」
チエミ先生は棚から絆創膏を取り出して、マサヒコ先生の傷に貼った。
「ありがとうございます」
マサヒコ先生は短く言って、保健室を出ていこうとする。
「マサヒコ先生」
サナが呼び止めるとマサヒコ先生は立ち止まり、ゆっくりと視線をむけた。
「ああ、サナちゃん。夏休みなのに、どうしたの?」
サナは言葉を失った。
四年生の途中でこの町に戻ってきたサナ。そのときの担任がマサヒコ先生で、それから五年生、六年生も担任だった。
今のマサヒコ先生は、その二年半の間で見せたことのない表情をしていた。
生気を失った顔。心が闇の底に沈んでしまったような顔。
「えっと……」
サナが言葉に詰まっていると、マサヒコ先生はわざとらしい笑顔を浮かべ、保健室を出て行った。
「……先生」
サナはつぶやいた。
「普段の様子知らんけど、落ち込んでんのは伝わってきた」
キョウコがつぶやく。
「うん。ちょっと様子おかしいな。ちょっと監視させてもらおか」
ラクはポケットからメモ帳を取り出すと、一頁破って「ふっ」と息を吹きかけた。
すると、メモ用紙はひとりでにパタパタと折れ曲がり、鶴になった。
「よろしくな」
ラクの声に反応するように翼を羽ばたかせて飛び上がると、窓から外に出て行った。
「ラクちゃん、こんなこと出来たんや……」
キョウコが驚いたように言った。
「術の中では基本的なほうやで。お稲荷さんのキツネやったら大抵できると思う」
ラクは説明しながら、今度はスマートフォンと一枚の御札を取り出し、近くのテーブルに置く。
「なんだこれ?」
サナは首をかしげながら、お札を指先でなぞる。
「最近開発された、新しい術」
ラクはスマートフォンを操作する。すると、画面に校舎の外観が映し出された。ドローン撮影のような視点の映像だ。
「もしかして、さっきの折り紙の鶴?」
キョウコが尋ねると、ラクはうなずいた。
「そう。最近開発された『式神が見ているものをスマートフォンに映す術』やで」
サナも興味深そうに画面を見る。
「へー。便利だな」
「専用のアプリをダウンロードして、この御札とワイファイで接続したら、サナでも使えるで。サナのスマホってアイフォン? それともアンドロイド?」
ラクの説明にサナは首をかしげる。
「私のはauだぞ」
「いや、キャリアじゃなくて、OSの話」
それでもサナはわかっていない様子。ラクちょっと呆れたように尋ねる。
「スマホの裏側、リンゴのマークある?」
サナは自分のスマートフォンを取り出して、裏側を見る。
「無いな」
「ほなアンドロイドやな。アプリは来週から配信やで」
そこでキョウコがぽつりとつぶやく。
「これって式神の話題やんな」
折り鶴は開け放たれていた窓から職員室に入る。
マサヒコ先生は虚ろな目で大きなため息をついた。
「おい、大丈夫か?」
別の男性教師が声をかけると、マサヒコ先生は力なくつぶやく。
「ああ、トシコさん」
男性教師は呆れたように言う。
「お前、彼女にフラれたのまだ引きずってるのか?」
「だって俺、完全に結婚するつもりだったもん。お揃いの指輪はめてたんだぜ」
「それって、婚約指輪か?」
男性教師の言葉に、マサヒコ先生は首を横に振る。
「ただのペアリングだけど、本当に喜んでくれてたんだ。でも、急に別れようって、とれだけ訊いても理由は教えてくれなくて、ただ、お互いの為に別れた方がいい、の一点張りで」
男性教師はマサヒコ先生の肩をポンポンと叩いた。
「まあ、また新しい彼女できるよ。お前、性格はいいから」
男性教師はそのまま自分の席に戻っていった。
「ああ。トシコさん」
マサヒコ先生は机の引き出しから一枚の写真を取り出した。
そこには中年の女性が写っている。
保健室から、スマートフォンの画面で職員室の様子を見ていたキョウコ達は、一斉に「あっ」と声を上げた。
なぜならマサヒコ先生が持っていた写真に写っていた女性は、キョウコ達が知っている人物だった。
昨日、砂丘に行った際に自分が捨てた指輪を探していた女性だ。
キョウコが指輪を見つけたが、女性に返すことができず、今も手元にある。
「あの指輪……そういうことやったんや」
キョウコはつぶやいた。