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コンと狐と  作者: 千曲春生
コンと狐と迷子の迷子のウサギさん
189/222

ヘビの言葉の話

【登場人物】

・キョウコ 京都で暮らす中学一年生の女の子。ヘビにとり憑かれている。

・ラク   キョウコの同級生。神に仕える化けギツネ

・サナ   鳥取で暮らす化けギツネ。キョウコ、ラクの友人

・オトウフ キョウコが出会った化けウサギ。記憶喪失


【前回までのあらすじ】

 サナの小学校時代の担任、マサヒコ先生の恋愛を成就させる為、サナ達は学校にやってきた。

 体調に不安を感じながらサナ達に同行するキョウコだったが、学校の廊下で急に意識を失ってしまう。

 そこに現れたのは、白衣を着た女性だった。

 サナ、ラク、キョウコの三人は廊下を歩いていく。夏休みの学校は静かだ。コツコツコツと足音がよく響く。

 キョウコは廊下の掲示物などに目をむけながら歩いていく。

 あれ。おかしいな。

 キョウコは違和感を覚えた。

 手足に力が入りにくく、歩みがどんどん遅くなっていく。

 心臓がバクバクして、冷や汗がで出てくる。

 自覚した途端、さらに症状は酷くなる。ついに歩けなくなった。

「サナちゃ……」

 サナに異常を伝えようとしたその途端、いよいよ立っていられなくなってキョウコの体は崩れ落ちた。

 床にぶつかる。

 そう思った途端、誰かが走ってきてキョウコの体を優しく受け止めた。

 キョウコがゆっくりと顔を動かす。体を受け止めたのは、白衣を着た女性だった。

「ごめんなさい……急に……クラっと」

 急激に意識が遠のいていった。


 気が付くと、キョウコは真っ暗な空間にいた。

 なにがどうなったのかわからない。

「サナちゃん? ラクちゃん?」

 返事がない。

 真っ暗な闇に手を伸ばすと、風呂場のタイルの様な固くて冷たいものに触れた。慌てて手を引っ込める。

 瞬間、周囲がパッと明るくなった。

 キョウコがいたのは真っ白な場所だった。視界の全てが真っ白で、油断すると上も下も分からなくなりそうだ。

 そして、目の前にヘビがいた。その気になればキョウコのことなど一飲みできそうなくらいの大蛇だ。とぐろを巻き、真っ赤な瞳でキョウコを見下ろしている。

 先ほど、キョウコが触れたタイルのようなものは、このヘビのうろこだったのだ。

「あ、あぁ……」

 キョウコは数歩後ずさり、尻もちをついた。

『本当にお前は臆病だな』

 ヘビはしゃがれた男の声で言う。

「た……助けて、サナちゃん」

 キョウコは声を震わせながら言った。

 ヘビは鼻で笑う。

『オレは知っているぞ。お前はかつて、あの仔ギツネに助けてもらったのに、子ギツネを拒絶したな。なのに今度はまた助けを求めるのか。随分自分勝手だな』

 小学校のとき、キョウコは学校でいじめを受けていた時期があった。

 当時、クラスメイトだったサナがそれに気づいて、狐火の術でいじめっ子をやっつけてくれた。

 だけど、キョウコもサナの術に恐怖を感じて、距離を置いてしまった。それが、サナを傷付けてしまった。

 そしてその延長線上で、サナはキョウコの元を去り、鳥取の実家に帰ってしまった。

「でも、サナちゃんとは……その後仲直りしたし」

 キョウコはうつむき、つぶやく。

『仲直りか。便利な言葉だな。そう言えばまたあの子ギツネに近付けるもんな』

「そ、そんなんじゃ……」

『恐くなれば傷付け突き放し、必要になれば求める。全てはお前の都合だろ。本当にお前は利己的で 醜い存在だ』

「違う。私はそんなつもりじゃ……」

『どうだ? オレに全てを委ねてみないか? そうすれば、お前もあのキツネと同じくらいの力を得られるぞ』

 ヘビはべろりと舌を出し、キョウコを舐める。

『まあ、そのときはお前の体は完全にオレの物になるがな。安心しろ。あのウサギは血の一滴も残さずに食べてやるから』

 それから、勝ち誇ったように下品な高笑いをした。

 そのときだ。

 いきなりミシミシと何かが軋むような音が聞こえはじめた。

 音は四方八方から聞こえてくる。まるで、この空間全体が軋んでいるようだ。

『な、なんだと!』

 ヘビはうろたえている。

「な、なにが……」

 もちろんキョウコにも何が起こっているのかわからない。

 パリンっ! とガラスが割れるような音がして、空間が割れた。


 キョウコは気が付くと、真っ白な世界にいた。

 いや、違う。

 真っ白なシーツを敷いたベットの上に寝かされていたのだ。

 ゆっくりと上体を起こす。

 どこかの保健室のようだった。でも、知らない保健室だ。

 確か、サナの学校に来て、そこで急にクラっとして……。

 保健室のはしっこでは白衣を着た女性が鼻歌交じりに事務仕事をしていた。

「あ、あの……」

 キョウコが控えめに声をかけると、女性はゆっくりと顔をむけた。とても穏やかな表情だった。

「おはよう。気分はどう?」

 女性はキョウコのベットの脇までやってくる。

「えっと、ここはどこですか?」

「学校の保健室。私は養護教員の三木橋チエミよ。よろしくね」

 キョウコはうなずくと概ね自分の状況を理解した。

 学校の廊下で倒れてしまい、ここに運ばれたのだろう。倒れたとき、白衣の女性に受け止められた記憶が微かにある。あれは多分、チエミ先生。

「あの、ごめんんさい。私、急に倒れちゃったんですよね」

 キョウコがうつむきながら言うと、チエミ先生はベットの端っこに腰かけた。

「キョウコちゃんが悪いわけじゃないよ」

 チエミ先生は薬の棚を指差す。

 様々な薬が入った小瓶が並ぶ中、一つ別のものが入った瓶があった。

 その瓶の中に蛇が入っているのだ。それほど大きくない、体長一五センチほどのヘビだ。生きているらしく、瓶の中をうねうねと動きまわっている。

「ヒッ!」

 キョウコは思わず息を飲んだ。

「大丈夫。しっかり閉じ込めておいたから。あれがキョウコちゃんの中に入っていたヘビの正体よ」

 チエミ先生の優しい声。

 キョウコはちょっとだけ服をたくし上げ、お腹の辺りを撫でてみる。生えていたうろこが無くなっている。普通の人間の肌だ。

 なんとなく全身が軽くなったような気がする。

「本当に、私の中からいなくなってる」

 チエミ先生は小さくうなずく。

「キョウコちゃん、もう大丈夫よ」

「あ、あの。先生っていったい……」

 チエミ先生は立ち上がり、窓辺に移動する。

「イチキシマヒメ。それが私の本当の名前。商売繁盛や水の神なの」

 窓の外では用務員さんが生け垣に水を撒いていた。用務員さんは視線に気付いて保健室に顔をむけた。

 チエミ先生は笑顔で用務員さんに手を振り、話を続ける。

お稲荷さん(ウカちゃん)のお使いがキツネであるみたいに、私は沢山のヘビを従えているの。だから、キョウコちゃんがヘビに憑かれていることにすぐに気付いたし、こうして引き離すこともできる」

「私の中にいたヘビも、先生のお使いなんですか?」

 キョウコが尋ねると、チエミ先生は薬棚まで歩いていくと、ヘビが入った瓶を手に取る。途端にヘビは怯えたように大人しくなった。

「ううん。これはウチのヘビじゃないわ。でも、ずいぶんと人の心に入るのが上手みたいね。これからは私の下で働いてもらう。その前に人間との関わり方をちゃんと学んでもらいましょうか」

 そのとき、保健室のドアが開いて、サナとラクが入ってきた。

「キョウコ、気が付いたか?」

 サナが尋ねる。

「あ、うん。もう大丈夫。ごめんな、心配かけて」

 キョウコはベットから出ると、サナ達の元へ移動する。

「キョウコは悪くないやろ。こいつが悪いんや」

 ラクが瓶の中のヘビにむかって口を開け、「クワァー!」と威嚇した。

 サナが申し訳なさそうに言う。

「ごめんな。キョウコがこんなのに憑かれているのに、チエミ先生に言われるまで気付けなかった。私たち、ずっと側にいたのに」

 キョウコは首を横に振る。

「ううん。私も、何も言わへんかったから」

 キョウコは無意識のうちに拳を握っていた。その手は震えていた。


 脳裏に蘇る声。

 何度も響く声。

 あの蛇の言葉。


『恐くなれば傷付け突き放し、必要になれば求める。全てはお前の都合だろ。本当にお前は利己的で 醜い存在だ』


 ――私はその言葉を否定できない。

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