砂丘の話
【登場人物】
・キョウコ 京都で暮らす中学一年生の女の子
・ラク キョウコの同級生。神に仕える化けギツネ
・サナ 鳥取で暮らす化けギツネ。キョウコ、ラクの友人
・オトウフ キョウコが出会った化けウサギ。記憶喪失
【前回までのあらすじ】
オトウフの正体を探る為、ハクトシンの元を訪れたキョウコ達。
ハクトシンはオトウフの正体を教える条件として、サナの小学生時代の担任、マサヒコの恋愛を成就させるよう、キョウコ達に言うのだった。
サナとラク、それからキョウコはバスに乗った。
一番後ろが空いていたので、三人並んで座れた。
「恋愛かぁ~。私、そっち系は担当したことないからなあ」
ラクは窓枠に肘をつきながら大きなため息を吐く。
「サナちゃん、なにかいいアイデアある? サナちゃん彼氏いたよね。」
キョウコは隣に座るサナを見た。
「わわわ、私は、彼氏なんていないぞ!」
サナは耳まで真っ赤にしてあわあわとしている。
「サナ、わかりやすい」
ラクはそれを見てつぶやいた。
サナはコホンとわざとらしく咳払いする。
「今日は日曜だから、とりあえず明日学校に行ってみよう。先生に直接会ってみないとどうにもならないぞ」
ラクはうなずいた。
「そやね。それしかないやろうな」
バスは海沿いの道を走っていく。
ふと、一枚の中吊り広告がキョウコの目に入った。砂丘の広告だ。
「そういえばさ、砂丘って近いん?」
「行ってみるか?」
サナの言葉に、キョウコは小さくうなずく。ラクも賛成の顔をしている。
「よし、じゃあそうしよう」
バスは鳥取駅前行きだったが、途中のバス停で降りて別の系統に乗り換える。
そして『砂丘会館』というバス停で降りた。
すると、さっそく目の前には砂の坂が横たわっている。
「行くぞ」
サナはその砂の坂を超えるために取り付けられた階段を上っていく。キョウコとラクもそれに続いた。
階段を登りきると一気に視界が開ける。
目の前に広がる広大な砂丘。
「うわぁ」
キョウコは歓声を上げた。
「思ったより広いんやな」
ラクも驚いているようだ。
「あっちにラクダいるぞ。ラク、乗ってみるか?」
サナはラクダを指差しながら尋ねる。
「キョウコもいるのに、なんで私にだけ訊くん?」
ラクはジト目になる。
そこでキョウコが小さな声でポツリとつぶやく。
「ラクダに乗るのは誰? ラクだ。なんてな」
キョウコが持っているキャリーケースの中で、オトウフが「ふふっ」と笑った。
ラクはキョウコを睨みながらジリジリ近付く。
「キョウコさ~ん。言いたいことあるんやったら、はっきり言いなさいな」
「ほ、ほら、ラクちゃん。行くよ」
キョウコはラクから目を逸らしながら、ラクダにむかって歩いていった。
「お、おおっ。結構高い。ゆ、揺れる!」
ラクは悲鳴一歩手前の声を上げた。
「わぁ、ラクダってはじめて乗った」
一方、キョウコは楽しそうだ。
ラクダはキョウコとラクの二人を乗せて、のんびりと歩く。
サナは離れたところでその様子を見ていた。その手にはオトウフのキャリーケース。
「サナちゃんはラクダに乗らなくていいの?」
オトウフが尋ねる。
「ああ。私は何回も乗せてもらったことあるしな」
五分ほど散歩して、ラクダは帰ってきた。
「お待たせ。すごい楽しかった」
はしゃぐキョウコと
「こ、恐かった」
げっそりと疲れた様子のラクが戻ってきた。
それから三人は砂丘を見て回った。
馬の背、と呼ばれる砂丘の一番高い丘の頂上まで登ってみた。すると、広大な鳥取砂丘と日本海が一望できる。
「思ったより広いな」
キョウコが言うと、サナが解説する。
「昔はもっと広かったらしいぞ。今は畑とか、空港になってるけどな」
そのとき、ラクが何かを見つけた。
「あの人、何してはるんやろ」
馬の背を下った谷間の場所、そこで中年女性が地面に膝をつき、四つ這いになって素手で地面を掘っている。
何かを探しているようだ。
「何か失くしたのか?」
サナが首をかしげる。
「行ってみる?」
ラクが言うと、キョウコとサナはうなずいた。
三人はほとんど砂の崖と言っていい急斜面を慎重にゆっくりと下って、女性の元へたどり着いた。
「あの、大丈夫ですか? 何か失くしたんですか?」
ラクが声をかけると、女性はゆっくり顔をあげた。
「実は、指輪を失くしてしまったの。とても大切な人にもらった指輪」
キョウコ達三人は顔を見合わせた。
「探すの、手伝います」
そう言ったのはキョウコだった。
それから三人は女性と共に地面に這いつくばって指輪を探した。
しかし、指輪は見つからなかった。
「みんなありがとう。でも、もういいわ。熱中症になっちゃう」
女性は悲しそうに微笑んだ。
「でも、大事な物なんじゃ」
キョウコが尋ねると、女性は首を横に振った。
「別れたボーイフレンドに貰ったものなの。勢いで投げ捨てちゃったんだけど、冷静になると惜しくなって探しに来たのよ。でもやっぱり見つからないわね。みんな、手伝ってくれて本当にありがとう」
そして、女性は去っていった。
女性の姿が完全に見えなくなってから、サナはスマートフォンで時間を確認する。
「私達もいぬろう」
三人はバス停にむかって歩き出す。
だが、数歩歩いたところで
「あっ!」
キョウコが声を上げて足元から何かを拾い上げた。
それは、指輪だった。
「これって……」
サナとラクも指輪を見つめる。とてもシンプルな銀色の指輪。
「あんなに探しも見つからんかったのに!」
ラクが叫ぶ。
「さっきの人、まだいるか!」
サナが先程の女性を探しはじめ、キョウコとラクもそれに続く。
しかし、見つからなかった。
キョウコ達はバス停からバスに乗り込む。
「これ、なんとか返せへんかな?」
キョウコは手のひらにのせた指輪を見ながら言った。
ラクが笑顔を浮かべる。
「神様の力を借りたら返せると思う。今度ウカノミタマノ様に会ったら頼んでみるわ」
キョウコは笑顔でうなずき、指輪を大切にカバンに仕舞った。
その日の夜。
サナの家で、キョウコとオトウフは一緒にお風呂に入っていた。
本来、ウサギのような小動物は濡れると体温が下がりやすいし、ストレスにもなるのでよほど汚れたとき以外はお風呂に入れるべきではない。が、オトウフに関しては神獣だから問題ないらしい。
キョウコは洗い場でオトウフにシャワーをかけて濡らしてから、泡立てたシャンプーでやさしく真っ白な毛を洗っていく。
「白兎神さん、オトウフのこと教えてくれはるといいな」
キョウコは優しく語り掛ける。
「キョウコちゃん、ボクの為にありがとう」
「ううん、いいんやで。オトウフのお手伝いをしたい気持ちも本当やけど、白兎神社に行ったり、砂丘に行ったり、観光してるみたいになってるし」
オトウフは顔を上げてキョウコを見る。
「ボク、キョウコちゃんに出会えて幸せだよ」
「私も、オトウフのこと大好きやで」
キョウコは微笑んだ。
そのとき、オトウフが見つけた。
「その足どうしたの?」
キョウコは言われてはじめて気付いた。
自分の太ももの一部が無数の小さな板状のもので覆われていた。緑色で光沢がある。
恐る恐る指先で触ってみると、ベットリと皮膚に張り付いていた。いや、皮膚が変質したようだ。
その見た目はまるで、蛇の鱗のようだった。
「キョウコちゃん、大丈夫?」
オトウフが心配そうにキョウコを見上げている。
キョウコの中で確信に近い予感があった。
自分の中にいる何者かの影響で、自分の体が変化しているのだ。
「キョウコちゃん?」
もう一度オトウフに声を掛けられて、キョウコは我にかえった。
「あ、うん、ごめん。大丈夫。そう、これは大丈夫なやつ。でも、恥ずかしいから、誰にも言わんといてな」
キョウコは震える声でそう言うと、再びオトウフを洗いはじめた。
その手は、微かに震えていた。