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コンと狐と  作者: 千曲春生
コンと狐と迷子の迷子のウサギさん
185/222

白兎神の話 後編

【登場人物】

・キョウコ 京都で暮らす中学一年生の女の子

・ラク   キョウコの同級生。神に仕える化けギツネ

・サナ   鳥取で暮らす化けギツネ。キョウコ、ラクの友人

・オトウフ キョウコが出会った化けウサギ。記憶喪失

【前回までのあらすじ】

 記憶喪失の化けウサギ、オトウフの手掛かりを得るべくキョウコ達がやって来たのは白兎神社だった。

 そこに現れた少年。彼こそが、白兎神社の主祭神、ハクトシンだという。

 白兎神社の前にある道の駅。

 駐車場の脇にあるベンチで、サナの横に座る男の子はうさ耳のついたフードを深くかぶり、小さな声で言った。

白兎神(ハクトシン)……です。えっと、ここの主祭神……です」

 それから少年――ハクトシンはフードの下からそっとサナの顔を見上げる。

「サナちゃん……ありがとう。お礼、ずっと言いたかった」

 すると、サナは首をかしげた。

「ハクトシン様、どこかでお会いしましたっけ?」

「会ったのは……サナちゃん、三歳のとき。でも……お礼は……ウイちゃんのこと」

 その一言で、サナの脳裏に記憶が蘇る。


 二年前の春、サナはウイという画家に出会った。彼女の正体は化けウサギであり、かつてハクトシンに仕えた存在だった。

 ウイは、サナの悩みを丁寧に聞き助言をした。

 だがその後、ウイは死者の国へと送られてしまう。彼女が親友だと思っていた人間、エーコの裏切りによるものだった。


 サナはうつむいた。

「私は、何もできませんでした。ウイさんを守れなかった」

 ハクトシンは首を横に振る。

「ううん。彼女のことを覚えてくれている人が、一人でも多くいてくれる。……それだけで、ボクは、うれしい、よ。だから……ありがとう」

 サナは少し迷うような表情のあと、口元に笑みを浮かべ小さくうなずいた。

「それで……今日……どうして……来たの?」

 ハクトシンは三人の顔を順番に見渡し、キョウコで視線を止めた。

「キョウコちゃん、なにか、悩んでる……よね? キョウコちゃん自身のこと」

 ハクトシンの赤い瞳がキョウコの顔をうつす。

 キョウコの悩み。

 キョウコや、その家族を脅迫してくる謎の声。

 もしかしたら、ハクトシンは神様だから、すごい力でなんとかしてもらえるかもしれない。

「実は……」

 その途端、キョウコの中からまたあの、しゃがれた男の声がした。


『おい。わかっているだろうな。俺のこと、話したらどうなるか』


 キョウコはビクンを体を跳ねさせた。

「実は、ほっぺのニキビが、気になって」

 結局、本当の事は言えなかった。

 ハクトシンは笑顔でうなずくと、手招きする。

 キョウコがしゃがんで顔を近付けると、ハクトシンは小さな手を伸ばしてキョウコの頬に触れた。柔らかい手だった。

「大丈夫……安心、して。ボク、皮膚病も……診られる」

 そっと手が離れると、ほっぺのニキビは跡形もなく消えていた。キョウコは数回撫でてそれを確認する。

「ありがとうございます。あ、じゃなくて。あの、すみません。ニキビよりも、この子のことを相談したくて」

 キョウコはそう言って、キャリーバッグの窓越しにオトウフを見せた。オトウフはペコリと会釈をする。

 ハクトシンは真剣な眼差しでオトウフを見る。

「こんにちは……。随分、強い力を持ったウサギさん……だね」

 キョウコが説明を入れる。

「この子、偶然出会ったんですけど、記憶がないみたいなんです。ハクトシン様、何かこの子に心当たりありませんか?」

 ハクトシンはオトウフからキョウコに視線を移した。

「キョウコちゃん。オトウフくんのこと……教えてほしい?」

 キョウコはうなずく。

「じゃあ、ボクの仕事……手伝って」

 ハクトシンはおもむろに駐車場の方を指差した。

「あの人……恋愛で困ってる。助けてあげて、ほしい」

 ハそこには一人の男性がいた。ちょうどお参りを終えて、駐車場へむかう三十代半ばくらいだろうか。うつむいていて、表情も暗い。

 それは、さっきキョウコがお手洗いに行ったとき、道の駅の中でぶつかった男性だった。

 が、しかし。

 キョウコが何か言うより先に、サナが口を開いた。

「あれ、マサヒコ先生だ」

「サナの知り合いなん?」

 ラクが尋ねると、サナは小さくうなずいた。

「うん。去年までの担任。三十超えても独身、実家暮らし、カノジョ無しだったはずなんだけど」

 マサヒコ先生はサナには気付かないようで、車に乗り込むとそのまま走り去った。

「あの人……とっても大きな恋の悩み、持ってる。それ……解決してくれたら、オトウフくんのこと……教えてあげる」

 キョウコ、サナ、ラクの三人は顔を見合わせる。

 口を開いたのは、ラクだった。

「あの、どうしてハクトシン様のご配下のウサギではなく、稲荷の狐の私たちに? キョウコに至っては、私たちの友達ではありますけど普通の人間ですし」

 ハクトシンは露骨に目線をそらした。

「ウサギたち……人材不足。働き方改革、2024年問題……色々大変」

 キョウコはサナとラクの顔を交互に見る。

「サナちゃん、ラクちゃん。オトウフのこと教えてほしいし、困っている人は助けてあげてほしいし、お願い。力になってあげられへんかな?」

 ラクがうなずく。

「まあ、願いを叶えるのが私達、神使のお役目だし、恋愛の悩みなんてよくあるし、なんとかなるやろ。私は担当したことないけど」

 サナも異論はないようだ。表情でそう言っている。

「みんな……ありがとう。そろそろ……お昼ご飯、食べようか。おごったげる。アイスクリームも、いいよ」

 ハクトシンがポケットから取り出したのは、分厚いがま口財布だった。ジャラジャラと小銭が音をたてる。

 全員で道の駅に入っていった。


 そして、道の駅から出てきた。

 ハクトシンはすっかり薄くなったがま口をポケットに入れ、小さな声でつぶやく。

「キツネも、人間も……いっぱい食べるん……だね」

「美味しかったな」

 サナが満足げに言った。

「うん。お魚ってあんなに美味しいもんなんやね。アイスクリームも美味しかった」

 キョウコも満足そう。

「ありがとうございます、ハクトシン様」

 ラクが深々と頭を下げる。

「ううん……いいよ。そのかわり、あの男の人の恋、必ず……叶えてあげて……ね」

 ハクトシンは微笑んだ。

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