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コンと狐と  作者: 千曲春生
コンと狐と迷子の迷子のウサギさん
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迷子のウサギさんの話 その2

【前回のあらすじ】

夏休みを利用してサナの家に遊びに来たラクとキョウコ。

途中下車した駅で出会ったのは、一羽の化けウサギだった。ウサギは迷子のようで、号泣し眠ってしまう。

そこに、母の運転するジムニーでサナがやって来た。

 稲穂は夏の日差しを浴びて、大きく空へと伸びる。

 田園風景の中のまっすぐな道をジムニーはひた走る。

 その車内。

 後部座席に座るキョウコの膝の上で、ウサギは目を覚まして大きくのびをした。

「おはよう。大丈夫?」

 キョウコは優しく声をかける。

「とっても、とっても、いい夢見たの」

 ウサギは膝の上で大きくのびをした。

「神獣ってことは、ラクちゃんやサナちゃんと同じってこと?」

 キョウコはウサギをやさしく撫でる。

「う~ん、わかんない」

 そこで、キョウコの横に座っていたラクが口を開く。

「なんでわからんの。アンタのことやろ?」

 すると、ウサギは怯えたようにキョウコに顔をうずめた。

「ラクちゃん、もうちょっと優しくしてあげて!」

 キョウコが口を尖らせると、ラクはため息をついた。

「なんにも思い出せない。気が付いたら、あそこにいたの」

 ウサギは小さな声で言った。

「ええっと、記憶喪失ってこと?」

 キョウコが尋ねると、ウサギは力なくうなずいた。

「うん……なにか、恐いものから逃げていた気がするんだけど、よくわかんない」

「ラクちゃん、サナちゃん。なんとかならんかな?」

 キョウコが困ったように言う。すると、

「とりあえず、ウサギだし白兎神様に訊いてみたらいいんじゃないか?」

 助手席のサナが助け船を出した。

「今から行ってみる? 近くだけど」

 運転をしていたサナの母、ノノはジムニーを路肩に寄せると、そのままUターン。


 最初にキョウコ達が降り立った郡家(こおげ)駅の程近く、白兎神社はあった。

 近くにジムニーを停めて、降りていく。

 鳥居と、小さな祠。それから狛犬の代わりにウサギの石像もある。

「ウサギさん、何か思い出せそう?」

 キョウコは抱えたウサギに尋ねるが、ウサギは首を横に振る。

「う~ん。神様はお留守みたいやな」

 祠を調べたラクが言った。

 キョウコは周囲を見渡す。田畑が広がり、そのむこうに住宅が建ち並ぶ。

「白兎神社って、海の近くじゃないんやな。ほら、因幡の白兎の話って、ウサギさんがワニの背中を飛んで海を渡ったお話やろ。もっと海の近くやと思ってた」

 すると、サナが返事をする。

「その神話の白兎神社はここと別にあるんだ。それと、ワニじゃなくてサメだぞ」

 キョウコは鳥居の横の看板を見た。

 曰く、神話の時代に天照大御神(アマテラスオオミカミ)がこの地に降臨したとき、一羽の白ウサギがその道案内をした。その白ウサギの正体は月読命(ツクヨミノミコト)であり、この地域の氏神として崇められた、らしい。

 そのとき、キョウコの脳内に声が響いた。しゃがれた男性の声だった。


『……みつけた』


 キョウコは自分の抱いたウサギを見る。

「何か言った?」

「ううん。なにも言ってないよ」

 ウサギは首を横に振った。

 瞬間、キョウコは今までに感じたことのない感覚に襲われた。

 自分の中に冷たい何かがスルリと入ってくる感覚。

 抗う暇などなく、一瞬の出来事だった。

「今のは……」

 あまりにも一瞬の出来事で、気のせいかと思うほどだった。

 手足を少し動かしてみても、何の違和感もない。

「まあ、ここにいても何もなさそうだし、そろそろいぬる(帰る)か?」

 そのとき、サナの声が耳に届いた。


 再びジムニーに揺られ、若桜町にあるサナの家へとむかう。

「ウサギさん、自分の名前ってわかる?」

 キョウコは膝の上のウサギに語り掛ける。

「名前。う~ん。思い出せない」

「そっか。名前も思い出せないか。ウサギさんっていうのも味気ないし、私が名前つけていい?」

「うん。いいよ」

 それからキョウコは少し考えて。

「じゃあ、オトウフって、どうかな? ウサギさん、真っ白だし」

「キョウコのネーミングセンス……」

 ラクが呆れたようにつぶやいた。しかし、

「オトウフ……。うん、気に入った」

 当のウサギは気に入ったようだ。こうしてウサギはオトウフになった。

「まあ、それならええか」


 田んぼや畑、果樹園が広がる谷間を走り抜け、山のふもとの町に到着した。

 ここが若桜町(わかさちょう)である。

 セミの大合唱を浴びながら、ジムニーはある一軒の古民家の前で止まった。

「ここが私の家だぞ」

「先に降りて家に入ってて」

 運手しているノノが言ったので、サナ達は

 子供達は降車して、門扉をくぐる。

 サナが通り、ラクが通り、そしてオトウフを抱いたキョウコが通り抜けようとしたそのときだ、


 パチン!


 突然、静電気の様な短く鋭い痛みが全身を走り、続いて寒気に襲われた。全身の皮膚を冷たい何かが這っているような感覚。

 キョウコは思わずその場にうずくまる。

「キョウコ?」「どうしたん?」

 サナとラクが慌てて駆け寄ってきた。

「ご、ごめん。なんか急にゾクって来て」

 キョウコはすぐに立ち上がる。

「大丈夫か? 風邪気味か?」

 サナは自分の手をキョウコの額にあてた。

「う~ん。熱っぽい……かな? よくわかんないな」

「ほんとに平気だから。大丈夫」

 キョウコはそう言って笑顔を浮かべた。

 強がりではなく、本当にさっきの感覚は嘘のように消えていた。


 滞在中は空き部屋を一室使わせてもらえることになった。

 キョウコはラクと共にその部屋に荷物を置く。

「ねえ、サナちゃん。お風呂借りていい? オトウフを綺麗にしてあげたくて」

「おう。いいぞ」

 サナに案内してもらい、オトウフを抱いて風呂場へ。

「石鹸とかシャンプーとか、好きに使っていいからな。人間用だけど、神獣だから大丈夫なはずだ」

「うん。ありがとう」

 風呂場に入ると、キョウコはオトウフを床に置き、ワンピースの裾をたくし上げた。

「あれ?」

 キョウコは気が付いた。

 太もももの一部、小指の爪ほどの面積が黒くなっている。触ってみると、その部分の皮膚は硬くなっていた。それはまるで、かさぶたの様だった。

「いつ怪我したんやろ」

 キョウコは首をかしげた。

「どうしたの?」

 オトウフがキョウコを見上げる。

「ううん。なんでもないで。ちょっとシャワーするけど、我慢してな」

 キョウコはシャワ―を手に取り、お湯を出した。

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