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コンと狐と  作者: 千曲春生
コンと狐と迷子の迷子のウサギさん
181/222

迷子のウサギさんの話 その1

 夏の日差しはアスファルトを暑くする。

 谷間に響くセミの合唱。

 街路樹の根元には雑草が伸びている。

 ここは鳥取県八頭郡八頭町(やずぐんやずちょう)郡家(こおげ)駅。

 駅前のロータリーに一台のジムニーがやってくる。

 停車するなり助手席のドアが開いて、一人の少女が飛び出してきた。

 中学生くらいに見える彼女の名前はサナといった。

 サナは嬉しそうな表情で駅舎に走っていく。肩上くらいの長さの髪が跳ねた。

 駅舎の前には二人の少女がいた。共にサナと同い年くらいに見える。

 背の低くて、ワンピース姿のラク。背が高くて半袖パーカーにハーフパンツなのがキョウコ。

 二人の横にはそれぞれ大きなキャリーバッグがあって、遠方からやってきたらしいことがうかがえる。

「ラク、キョウコ。お待たせ!」

 サナは二人に駆け寄っていくが、ある程度近付いたところで足を止めた。

 驚きの表情。言葉が出てこず、パクパクと動かす口。見開らかれた瞳はキョウコをうつす。

「キョ、キョウコ……おまっ、お前……」

 キョウコのお腹。

 それが、服を着ていてもわかるくらい大きく膨らんでいた。

 太った、というのとはまた違う膨らみ方。

 キョウコは片手でお腹の膨らんだところを服越しに下から支えて、もう片方の手で愛おしそうに撫でる。

「キョウコ、妊娠したのか!」

 駅前にサナの声が響いた。


 さかのぼること数十分。

 郡家駅前。そこにラクはいた。

 ラクの横には二つのキャリーバック。

 プラットホームの方向から、ガーっという大きなエンジン音と共に列車が発車していく音が聞こえた。

 ラクはため息をつくと、ポケットからスマートフォンを取り出し、サナにメッセージを送った。

『乗り換えの列車、間に合わへんかった。そっちに着くの遅れる』

 するとすぐに既読がつき、返信が来た。

『乗り換えってことは、郡家駅か? 何かあったのか?』

『キョウコがお手洗い行きたいって』

『ああ。なるほど』

 そこで、キョウコがお手洗いから出てきた。ハンカチで手を拭きながら、申し訳なさそうな表情でラクの横までやってくる。

「ラクちゃん、ごめんね」

「キョウコ大丈夫? さっきの特急の中でも何回も行ってたやん」

 キョウコはあしもとに視線を落とす。

「なんか、緊張しちゃって……」

「サナの家に行くだけなのに、なに緊張してんの? キョウコ、私の家やったら何回も泊まりに来てるやん」

 ラクは半ば呆れたように言った。

「だって、ラクちゃんは毎日学校で会ってるけど、サナちゃんは久しぶりやん。それに一ヶ月もお泊りさせてもらうなんてはじめてやし」

 それを聞いたラクは大きく息を吐いた。

「まあええわ。乗り換えの列車行ってしもたから、別の行き方考えよ」

 キョウコは不思議そうな顔をする。

「次の電車待ってたらあかんの?」

「次は一時間以上後やって。バスがあるみたいやから、そっちの時間見て見よ」

「私がせいで……ホンマにごめんな」

「別にええで。怒ってるわけちゃうから」

 二人は駅舎を出て、駅前のバス停へ。


 駅から道路をはさんだ向かい側にあるバス停。

 ラクとキョウコがやってくると、ベンチにそれがいた。

 真っ白で、モフモフで、丸っこいウサギが、ベンチの上にいたんだ。

「わぁ~。かわいい!」

 キョウコは歓声を上げると、ウサギに駆け寄り撫ではじめる

「このウサちゃん、すっごいヒトに慣れてる。撫でても逃げへん。毛並みもフカフカやし、野生じゃないんかな?」

 一方、ラクはウサギには見向きもせずバスの時刻を調べはじめる。

「え~っと、若桜(わかさ)車庫行きでいいやね……あと三十分くらいか」

 背中からキョウコの声が聞こえる。

「あ、そんなとこ……ちょっと、くすぐったい……」

 しかしラクはそれを無視して、ポケットからスマートフォンを取り出した。サナからメッセージが来ていた。

『今からお母さんと車で迎えにいく。そこで待ってろ』

 ラクはキョウコに視線をむけた。

「サナが迎えに来てくれるって。……ってなにやってるの?」

 キョウコ着ているパーカー。そのお腹のところが膨らんでいた。

「なんか、ウサちゃん服の中に入って来てなんか落ち着いちゃった」

「えぇ……」

 駅前のロータリー。セミの合唱。

 汗が、二人の頬を伝った。

 そこで、ラクが何かに気付く。

「キョウコ、そのウサギ見せて」

「えっと……」

 キョウコはラクを手招きして、物陰につれていく。

 しゃがんで、そっと胸元を広げてお腹のウサギを見せた。

 ラクはキョウコの服の中をじっと見る。キョウコのパーカーの中で、ウサギは丸くなっていた。

「あ、あの、ラクちゃん。あんまりジロジロみられると、ちょっと恥ずかしい、かな」

 キョウコの言葉に耳を貸さず、鼻をヒクヒクと動かす。

「キョウコ。この子、化けウサギや」

「化け……ウサギ?」

「うん。私やサナは化けギツネ。それと同じように、人間に化けるウサギもいんねん。しかも、微かに神様の匂いがするから、神様に仕える神獣や」

 ラクはキョウコのパーカーに胸元から手を入れ、ウサギを掴む。

「ちょ……ちょっと、ラクちゃん!」

「こら、 ジッとしてなさい」

 ウサギは暴れたが、とうとうラクによって服から引っ張り出された。

 ラクはウサギを顔の高さまで持ち上げて尋ねる。

「あなた、どこから来たの?」

 その途端、

「びえぇーん! うわーん!」

 ウサギは大きな声で泣きはじめた。幼い男の子のような声だった。

「ラクちゃん、まだ子供みたいだから、優しくしてあげて」

 キョウコはサナの手からウサギを奪い取ると、抱きかかえ、赤子をあやすようにそっと揺らす。

「大丈夫やで。恐くないからな」

「お家に……お家に帰りたいよぉ」

 ウサギは泣きながらそう言った。

「うん、うん。迷子になちゃったんかな? 大丈夫やで」

 キョウコはウサギをあやし続ける。

「キョウコにも声が聞こえてる。やっぱり化けウサギ……」

 ラクはつぶやいた。


 そして、話は冒頭へ。

「――ってことがあって、それから泣きつかれて眠っちゃって。私の服の中にいると落ち着くみたいやねん」

 キョウコはそっと胸元を広げて、サナに服の中のウサギを見せた。

 ウサギは丸まり、眠っていた。

「サナちゃん、ラクちゃん、どうしよう?」

 キョウコはすがるように二人を見た。

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