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コンと狐と  作者: 千曲春生
コンと狐と春風の追憶
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今日を生きる者の話 その2

前回までのあらすじ

アケミ、クミコ、キヨシ、セツキの四人はコンの暮す『和食処 若櫻』でお泊り会をした。

セツキは自分以外の全員が幽霊であること、そしてセツキ自身は生きたまま魂が抜けてしまった生霊であることを知る。

そして朝を迎え、皆で学校へ戻るとそこは草が生えた空き地になっていた。

 数週間前。

 雪が融け、春の暖かい空気を感じるようになった若桜町。

 昼下がりの駅の近くにある『和食処 若櫻』の店内。

 コンはカウンターの内側の厨房で鼻歌交じりに料理を作っている。

 グツグツと沢山の湯気がのぼる鍋。茹でられているのはタケノコだ。

 そのとき、入り口の扉が開いた。


 カラン。


 ドアに取り付けたベルが音をたてた。

 やって来たのはサナだった。制服姿でリュックサックを背負っている。

「ただいま、コン」

「おかえり、サナちゃん」

 サナはいつものカウンター席に座ると、足元にリュックサックを置いた。

「コン~。お腹空いた~」

 サナはカウンターテーブルに伏せる。

「タケノコ茹でてたけど、食べる?」

 コンはそう言いながら茹でていたタケノコを器によそい、別で茹でていたワカメとフキを横に沿え、サナの前に置いた。

「ありがと」

 サナは箸を手に取り、タケノコをパクパクと食べる。

「中学校、どう?」

 コンは厨房から出てくると、サナの横の席に座った。

 サナは口の中のものを飲み込むと、首をかしげた。

「う~ん。小学校の頃とあんまり変わった感じしないな。小学校のときと同じメンバーだし、学校の場所も一緒だし」

「そっか。それもそやね。サナちゃん見てると、私が中学通ってた頃を思い出して、ちょっとだけ懐かしくなる。中学校が一番楽しかったな」

 サナは動きを止め、ゆっくりと小さくうなずいた。

「ところでお二人さん、ちょっとお願いあるんだけど」

 突然、声がした。

 いつの間にか、サナの隣、コンが座っているのとは反対側に高校生くらいに見える少女がいた。ウェーブのかかった長い髪は染めたとわかる金髪だ。

 各指には桜の花びらをモチーフにしたデザインのネイルチップが貼られている。

「ウカさん」

 コンが声を掛けると、少女は笑みを浮かべる。

「こんにちは。コンちゃん、サナちゃん」

 このギャルにしか見えない少女、こんな見た目でも稲荷伸として崇められる宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)なのである。

 コンは立ち上がり、厨房に入と、急須を取り出し茶葉を入れ、そこにお湯を注ぐ。

「ウカ様、お願いってなんですか?」

 サナが尋ねる。頬っぺたにワカメがついている。

「うん。最近、山の方に学校が出たの。中学校」

 サナはポカンとした表情を浮かべる。

「学校って、若桜町の中学校は私が通っているところだけですよ」

「うん、そうなんだけど、なんか山の中に中学校が現れてるの。ちょっと前から。誰にでも見えるわけじゃなくて、幽霊が見えるヒトにだけ見える学校みたいなの」

「……それって」

 サナの頬にひっついていたワカメがペロリと落ちた。

「実際、昔はその場所に学校があったみたいだし、学校そのものの幽霊、みたいな?」

 そのとき、コンが湯飲みにお茶を入れて持ってきた。

「学校そのものの幽霊さんなんて、いはるんですか?」

「う~ん、厳密には学校の幽霊って言うより、学校に対する色々な想いの集合体って感じかな。学校って、色々な想いを集めやすい場所だし」

 ウカはそう言って出されたお茶を一口飲むを、ゆっくりと息を吐いた。

「でね、その学校と話したんだけど、当時通っていた子の幽霊たちが集まってるみたいなの。学校に強い感情を抱いていた子たちみたいで、引き寄せられたみたい」

 そこでサナが口を開く。

「つまり、私達でその学校の幽霊たちを死者の国(ヨモツクニ)へ送ってほしいってことですか?」

「うん。まあ、それもそうなんだけど、幽霊たちの中に一人、生きたまま魂が抜けちゃった子が混ざってて、学校そのものの意志として、その子には元の体に戻ってほしいんだって」

 ウカはお茶を飲み干し、湯飲みを置いた。

「まあ、神通力を使って強引に解決することもできなくはないけど、できるだけ円満解決したいしさ、サナちゃんかコンちゃん、生徒として学校に行って、いい感じに解決してくれないかな?」

「じゃあ、私が……」

「私、行きたいです」

 サナの言葉を、コンが遮った。

「えっと、サナちゃんには普段の学校があって、お友達もいるし、私やったら、特にやらんとあかんことないし」

 サナとウカは顔を見合わせる。

「そっか。じゃあ、コンちゃんにお願いしていい?」

 ウカの言葉に、コンはうなずいた。


 そして現在。

 そこは、草木が生い茂る空き地だった。

 昨日まで、間違いなくここにコン達が通っていた学校があったのに。

 同じく学校に通っていた幽霊、アケミ、クミコ、キヨシ、そして生霊のセツキも不思議そうにその空き地をポカンとした表情で見ている。

「……先生。先生! 池田先生ぇー!」

 アケミが走り出し、空き地の真ん中で叫ぶ。

 しかし、返事はない。

「とりあえず、一回帰ろか」

 コンは静かに言った。


 こうして皆が『和食処 若櫻』に戻ってくると、アケミがゆっくりと口を開く。

「古い学校の最後の日、みんなの制服の襟章を缶に入れて、校庭に埋めたでしょ。私のも一緒に入れてくれてありがとうね、キヨシ」

「待って、お姉ちゃん。なんでお姉ちゃんが死んじゃった後のことを知ってるの?」

 キヨシが驚いて言うと、アケミは首を横に振って否定した。

「私ね、授業中に倒れて死んじゃって、でも幽霊になってずっと学校にいた。みんなのこと、見てたよ。それで、襟章をみんなが埋めたときに、缶に閉じ込められて、そのまま眠りについた。いつの間にか襟章と魂が繋がっていたみたい」

「それで、アケミちゃんはそれからどうなったの?」

 クミコが尋ねる。

「缶の中には私の魂ともう一つ、学校に詰まっていた沢山の“想い”も閉じ込められていたの。前の大雨で埋まっていた缶は地面から出て、私と学校に関する想いは目覚めた」

「それが……あの学校……」

 セツキの言葉に、アケミは首を縦に振り、続ける。

「うん。学校の想いは校舎と、それから先生になった。私は先生と二人で校舎で過ごしていたんだけど、そのうちにキヨシが来て、クミコが来た」

 キヨシとクミコはうなずいた。

「えっと、それで、その後に私が来た」

 セツキが言った。

「先生によると、セツキはまだ生きていて、魂と体が繋がっているって。でも、その繋がりは日に日に細くなっていった」

 アケミは「だから」と言葉を繋ぎ、さらに続ける。

「先生は学校への“想い”をセツキの体と魂を繋ぎとめるのに使うことにした」

「じゃあ……学校が無くなったのって……」

 セツキは自分の手を照明にかざす。わずかに透けているのは以前からだが、少し透明度が上がっている気がする。

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