表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コンと狐と  作者: 千曲春生
コンと狐と春風の追憶
173/222

今日を生きる者の話 その1

前回までのあらすじ

『和食処 若櫻』でお泊り会をすることになったコンとそのクラスメイト。

その最中、セツキは自分たちが幽霊であることを知り、ショックのあまり倒れてしまう。

コンはセツキを看病しつつ、改めて真実を告げる。

 日が暮れ、すっかり暗くなった。外では雨の音、雨どいを流れる水の音がする。

 店の二階、元住居スペースの和室に布団を敷き、セツキは横たわる。

「……ごめんなさい。ちょっと、ビックリしちゃって」

 セツキは力なく言う。

「そりゃそうやんな。いきなりあんな話ししたら、ビックリするやんな」

 コンは水で濡らした手ぬぐいをセツキの額に乗せた。

「不思議なことが、いっぱいありました」

 セツキはゆっくり語り出す。

「山にバードウォッチングに行って、足を滑らせたところまでは覚えてます。気が付くと学校にいて、先生や、アケミさんや、キヨシさん、それからクミコさんがいて、普通の学校のように授業を受けて、放課後になって、校門をくぐると、記憶がなくなって、気が付くと次の日の朝になっているんです」

 コンは相づちをうちながら、セツキの髪を優しく撫でる。

「最初は戸惑いました。でも、みんな優しくて、施設でイジメられていた頃とは全然ちがったから、ずっとこのままでもいいかなって、段々と何も考えないようになって、ずっとこのままならいいのにって、思うようになっていったんです」

 雨の後が、シトシトと聞こえる。

「もしも天国があるなら、みんな一緒に逝けたらいいな」

 セツキがそう言うと、コンは迷うように視線を左右に動かすが、

「セツキちゃん。セツキちゃんには、もう一つ、黙ってたことがあんねん」

「へ?」

「私たちは、幽霊。体から切り離された魂だけの存在。私の体も、今は灰になってお墓の下やと思う。でも、セツキちゃんは違うねん」

 コンはまっすぐな視線を、セツキにむけた。

「セツキちゃんはな、まだ生きてる。ただ、体から魂が抜けてしまっただけ。だから、まだ帰れるで」

 セツキはコンから視線をそらした。

「もしも、もしもずっと体に戻らなかったら、どうなるんですか?」

「時間が経てば、魂と体の繋がりは切れて、完全に死んでしまう。本当やったら、セツキちゃんはとっくに死んでんとおかしいくらいの時間、体から離れているんやけど、なぜかまだ繋がりが残ってるから、だから、まだ、生きていられんで」

 セツキは驚きの表情を浮かべた。

 そして、すぐに悲しそうな顔になる。

「ごめんなさい。ちょっと、頭を整理したいから、一人にしてもらっていいですか?」

 コンは立ち上がり、セツキにタオルケットをかける。

「電気、どうする?」

「オレンジのだけ」

 コンは部屋の灯りをオレンジの常夜灯だけにすると、出ていった。

 セツキは天井に手を伸ばす。

 常夜灯に照らされたその手は、微かに透けていた。

「私、死にたいのに」


 夢を見た。

 学校の教室。

 アケミ、クミコ、キヨシ。それからコン。

 みんな教室にいて、先生の授業を受けている。

 それだけの夢。

 なのに、とても幸せな気持ちになった。

 ずっと、こんままでいたいと思った。


 目を覚ます。眠ったのはいつ以来だろうか。

 ずっと、夕方になって学校を出ると、いつの間にか朝の学校になっている毎日だったから。

 丸い蛍光灯。オレンジの常夜灯。スイッチの紐が揺れているのは、開け放した窓から入る風のせい。

 セツキは布団の上で上体を起こす。

 耳を澄ませば、部屋の外から微かに物音がする。

 布団を出た。


 階段を降りると、かつて飲食店だったというスペースが広がる。

 カウンター席にはアケミ、クミコ、キヨシの三人がいた。コンはカウンタの内側の厨房にいる。

 みんな、ニコニコと笑顔でセツキを見ている。

「おっはよー。セッツン」

 最初に声をかけたのは、クミコだ。

「お……おはようございます。昨日は、ごめんなさい」

 セツキは気まずくて、目を伏せる。

「もう大丈夫? あんな話し聞いたら、びっくりして当たり前よね」

 そう言ったのはアケミだ。

「はい。もう、大丈夫です」

 セツキの表情は、それほど明るいものではなかった。

「とりあえず、朝ご飯にしよか」

 コンが言った。


 みんな横並びで朝ご飯。

 カウンターテーブルの上に並ぶ白米、味噌汁、そして出汁巻き。

 セツキは丁寧な箸使いで出汁巻きを一切れ摘まみ上げる。

 ムラの無い黄色。光って見えるほどの艶。

 そっと口に入れると、一気に広がる卵と出汁の味。

「口に合うかな?」

 コンはセツキの表情をうかがいながら尋ねる。

 その途端、セツキの脳裏に声が蘇った。

 男性の声。父の声だ。

「口に合うかな?」

 セツキの口から、思わず声が漏れる。

「……お父さん」

 クミコが不思議そうに尋ねる。

「お父さんって、セッツンのお父さん?」

 セツキは小さくうなずく。

「この出汁巻き、お父さんの出汁巻きの味に似てて」

 キヨシも出汁巻きを一口食べる。

「セツキちゃんのお父さん、料理上手なんだね」

 セツキは箸を皿の上に置いた。

「料理だけは上手でした。でも、ヒトとしては最低で、世界で一番嫌いなヒトでした」

 そこで、ハッとしたようになる。

「あ、あの、コンさんはとってもいいヒトだと思います。料理もとっても上手です」


 若桜駅の近くにから、学校へ。

 コンが暮らしている長尾家の主婦、ノノが車で学校まで送ってくれることになった。

 みんな乗れるミニバンだ。

 八東川と山々にはさまれた道。河にそって右へ左へ曲がりくねった道を軽やかに走っていく。

「みんな、楽しかった?」

 ハンドルを握るノノはミラーで車内の様子を見ながら尋ねた。

「はい。ありがとうございました」

 アケミが返事をする。

 やがて車は脇道に入り、山へと分け入っていく。

 そして、開けた場所に出た。

 ノノは車を停めると、後ろの座席を振り返った。

「あれ? 学校って、ここじゃなかったっけ」

 後部座席の面々も、困惑したように顔を見合わせる。

「ここに学校、あったはずなのに」

 アケミが言った。

 そこは、ただ草が生えているだけの広場だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ