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コンと狐と  作者: 千曲春生
コンと狐と春風の追憶
172/222

雨と花の話 後編

 前回までのあらすじ。

 隠された真実。セツキは自分たちが幽霊だということを知り、驚きで倒れてしまう。

 アケミはなにが正しかったのか、かつての親友、ハナに問いかけるがここにハナはいない。

 そのとき、お店にやって来たのはサクとサナだった。

 サクは自分がハナの娘で、サナが孫だと告げる。

 窓の外は雨。

『和食処 若櫻』の店内。

「あなたが、ハナちゃんの、娘さん?」

 アケミは目の前にひざまずくサクの顔を見る。

「はい。ハナの娘の、サクです。母から、何度かアケミさんのお話しを聞きましたよ」

 そして手招きでサナを呼び寄せる。

「こっちが孫のサナ。サナはね、咲く花と書いて咲花(サナ)って読むんです。私の名前と、母の名前を一文字づつもらいました」

 サナはペコリと会釈した。

「あの……ハナちゃんは、どんな感じだったんですか? 幸せに生きたんですか?」

 アケミは身を乗り出す。

「そうですね。母が自分の人生をどう考えていたかは、私にはわかりかねます。でも、母はアケミさんのこと、悪くは思っていなかったはずですよ」

 サクはアケミの手を握った。

「サナも手伝って」

 サクに言われ、サナも手を重ねた。

 その途端、アケミは急激な眠気に襲われた。

 霞んでいく視界に、サクとサナの顔が見える。

 二人の頭には、三角形の耳が生えていた。

「……キツネ?」


 村がなくなったのは、小学校高学年のときだった。

 はじめは、自分の住む場所がなくなるような気がして不安でたまらなったけれど、いざ蓋をあけてみると、なんてことはなかった。

 家がなくなるわけではないし、景色が一変するわけでもない。村がなくなるといっても、隣町の若桜町に吸収合併されただけなのだから、当たり前だ。

 住所を書くときに『若桜町』と書くのもすぐに慣れた。

 それから数年後、中学校の廃校が決まった。

 村では唯一の中学校だったけど、若桜町と合併したから、学校は二つになった。だから、片方を廃校にするということだ。

 私が最後の卒業生ということになった。

 心配だった。ハナちゃんのことが。

 ハナちゃんは幼い頃から内気で、あまり人付き合いが得意な方ではなかった。だから、新しい学校に行って、上手く馴染めるだろうか、虐められたりしないだろうかと、心配でたまらなかった。

「大丈夫?」

 と尋ねたことがあった。登校途中のことだ。

「大丈夫。キヨシくんだって、クミコちゃんだっていてくれるから。それに、アケミちゃんだって、高校に行っても村を出ていくわけじゃないし」

 ハナちゃんは何か思いついたように、胸の前でパンっと叩いた。

「アケミちゃん、来年、桜が咲いたら見に行こうよ。夏になったらヒマワリを、秋にはもみじを、冬にはえっと、えっと……雪山、見に行こうよ」

 私は思わず表情がほころんだ。

「全部この辺で見られるじゃない」

「うん。この辺りで見てもいいし、どこかへお出かけしてもいいし。アケミちゃんと同じものをいっぱい見て、いっぱい思い出にしたいなって」

「わかった。一緒に、色々見に行こうね」

 すると、ハナちゃんは小指を差し出した。

「約束」

「うん。約束」

 私は、ハナちゃんの小指に自分の小指を絡めた。


 気が付くと、アケミはどこか知らない場所にいた。

 そこは広い場所で、遠くに山が見える。

 そして、一面、黄色が広がっていた。ひまわり畑である。

 あぜ道で、幼稚園くらいの女の子がキャッキャとはしゃいでいる。

 その様子を、暖かい眼差しで見つめる初老の女性がいた。

 ハナだった。

 女の子はハナに駆け寄と、手を引っ張る。

「お母さん、お母さん。あっち行ってみようよ」

「うん。そうね」

 二人は一緒に歩き出す。アケミも、少し距離をおいて後ろを歩く。

「あなたも、来年から小学校ね」

 ハナが言うと女の子はうなずいた。

「うん。楽しみなような、不安なような」

「何かあったら、なんでも相談してね」

 ハナが言うと、女の子はうなずく。

「うん。でも、お兄ちゃんもいるから、大丈夫」

 そのとき、突然アケミのすぐ横から声がした。

「お母さんはね、季節ごとに色々な景色を見せてくれました」

 驚きながら見ると、そこにはサクがいた。

「ここは私の思い出の世界なんです」

 景色が変わった。


 今度は、真っ赤な景色だった。

 紅葉だ。

 舗装されていなない林道を、ある親子が歩いていた。

 小学校高学年くらいの女の子と、ヒマワリ畑より少し年をとったハナだった。

 二人が歩く度に、ガサガサと落ち葉が音をたてる。

「――ってことでね、ケンくんと一緒に遊びにいったの」

 女の子は楽しそうに語る。

「そのケンくんのこと、好きなの?」

 ハナが尋ねると、女の子は赤面してうつむく。紅葉に負けない赤い顔だった。

「ケンくんはお友達。お友達だからね。好きなのは、お兄ちゃん……。じゃなくて、えっと、その、とにかく、ケンくんはお友達だから」

 女の子の言葉を聞いたハナ呆れたように微笑む。

「ま、恋せよ乙女、とだけ言っておくわ」

「お母さんはどうしてお父さんと出会ったの?」

 ハナは少し考えて、ゆっくりと口を開く。

「お母さんが元々通っていた中学校、二年生の時に統廃合でなくなちゃったの。それで、新しく通うことになった中学校で、同じクラスになったのがお父さん」

「ハナちゃん……」

 離れたところから二人の様子を見ていたアケミはつぶやいた。


 また、景色が変わる。

 そこは、どこかの温泉地のようだった。

 露天風呂があって、そこに二人が入っていた。

 高校生くらいになった女の子と、もう老婆と言える外見になったハナが湯に浸かっていた。

 露天風呂からは、雪山と、それからシンシンと降り積もる雪が見える。

 その景色を、アケミはサクと共に見ていた。

「ちょっと前まで子供だと思ってたのに、私たちを温泉旅行に招待してくれるなんてね」

 ハナが感慨深そうに言った。

「頑張ってバイト代貯めたの」

 女の子は湯船の縁に寄り掛かる。

「あなたは、帰ってこないの?」

 ハナが尋ねると、女の子はゆっくりと首を横に振った。

「私はまだ、帰れないかな。お兄ちゃんが結婚して、若桜町で暮らしはじめたこと、まだ心の整理ができなくて」

「今は、秦守(はだもり)さんの家で暮らしてるんだっけ」

「うん。ケンくんの家で暮らさせてもらってる。私は酷いキツネだね」

 ハナは女の子の横にそっと寄り添う。

「どうしてそう思うの?」

「だって、お兄ちゃんに求めようとしたものを、今度はケンくんに求めてる」

「そうね。あなたはお母さんに似たのね」

 女の子は驚いたようにハナを見た。

「似ている?」

「うん。前に話したっけ? お母さんが元々通っていた中学校がなくなったこと」

 女の子がうなずくのを見てから、ハナは続ける。

「クミコちゃん、キヨシくん、それからアケミちゃん。クラスメイトだったみんなの顔も声も、全部覚えてる。みんな、大好きだよ」

 アケミは何か言いかけるが、言葉が出ず、口をパクパクと動かすばかりだ。

「学校がなくなる直前に、急にアケミちゃんが死んじゃったの。元々体が弱かったんだけど、授業中に急に倒れて、そのままね。雨の降ってる日だった」

 ハナは湯船の湯を手ですくうと、顔にかけた。

「それからは、みんなバラバラになちゃった。クミコちゃんは家の都合で、新しい学校には何か月かしか通わないで転校していった。キヨシくんはアケミちゃんの弟だったんだけど、お姉さんが亡くなったショックで家に引きこもるようになって、何度か様子を見にいったけど会えなくて、ある日、遠い親戚の家に引っ越していった」

 話を聞くアケミの手に、力がこもる。

「……ごめん。ごめんね、ハナちゃん。死んじゃって、ごめんね」

 ハナの話しは続く。

「新しい学校で独りぼっちで寂しいくて、それを埋めてくれたのがお父さんだった。離れ離れになったみんなの代わりを探してただけで、本当にお父さんのことを見てたわけじゃないと思う」

 ハナは女の子に微笑みかける。

「お父さんには秘密だよ。今は本当にお父さんのこと好きだから」

 女の子は小さくうなずいた。


 また、景色が変わった。

 そこはどこかの河原のようだった。

 土手の上には、満開の桜が咲いている。

 風が吹く度に、ピンクの花びらが視界を覆いつくしそうなくらいに舞い上がる。

 そして、アケミとサクの目の前に、ハナは立っていた。

 中学のときの姿で、無くなった中学の制服を着て、目の前に立っていた。

「そんな、私の記憶にこんな景色は……」

 サクは驚きの表情を浮かべている。

「久しぶり、アケミちゃん」

 ハナはアケミに微笑みかけると、視線をサクにむける。

「サク、サナ、こっちにおいで」

 いつの間にか、ハナの横にサナが立っていた。

 サクもゆっくりと、ハナの横へと足を進める。

「アケミちゃん、紹介するね。私の娘のサクと、孫のサナ。二人共、私の自慢の娘と、自慢の孫なの。凄いんだよ。二人共、お狐様で、私に出来ないことも、いっぱいできるんだよ」

 嬉しそうなハナと対照的に、アケミの表情は晴れない。

「ハナちゃん、ごめんね。独りぼっちにさせて、寂しい思いさせて、一緒に色々な思い出つくろうって約束したのに、約束守れなくてごめんね」

 アケミが涙交じりに言うと、ハナはわざとらしく頬を膨らます。

「ほんとだよ。だから病院行こうって言ったじゃない。なのにアケミちゃん、行かないって聞かなくて、それで急に死んじゃうんだもん」

「……ごめんね」

 ハナがアケミの頬に触れる。

「アケミちゃん。私ね、とーってもいい人生を送ったんだよ。だから、強い想いをのこさなかったから、今、アケミちゃん達と学校に通えていないの。アケミちゃん達のことが嫌いになったからじゃないんだよ」

「……本当?」

「本当だよ。もちろん、嫌なことも、辛いこともいっぱいあったけど、それも含めて、みんなに聞いてほしいお話がいっぱいあるの。だから、死者の国(ヨモツクニ)で待ってるね」

 アケミは驚きの顔の後、笑顔になった。

「うん。すぐに逝くからね」

「待ってる。でも、その前にやることあるんでしょ? セツキちゃんのこと」

「うん。それが終わったら、もう一度みんなで会おうね」

 花びらが舞い、アケミの視界を塞いでいく。

「あと少し、みんなのことよろしくね」

 最後にハナの声が聞こえた。


 アケミは目を覚ました。

 窓際。『和食処 若櫻』の店内。

 椅子に座ったまま眠っていた。

 立ち上がると、誰かがかけてくれていた毛布が床に落ちる。

 窓の外からは、朝日が差し込んでくる。昨日からの雨はあがっていた。

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