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コンと狐と  作者: 千曲春生
コンと狐と春風の追憶
166/222

はじまりの転校生の話

 鳥取県最東端の町、若桜町(わかさちょう)

 町の中で最も東に位置し、兵庫県との県境となっている戸倉峠(とぐらとうげ)は極寒の冬を超え、木々は青々とした葉を芽吹きはじめる。

 ツバメたちは、暖かい春風を翼にうけ、久しぶりにやって来た土地の景色を確かめるように飛び回っていた。


 山奥にある古ぼけた木造の校舎。

 校門に掲げられた木製の名板は文字が擦れて『若桜町立■■中学校』と、学校名が読めなくなってしまっている。

 この学校の教室に一人の少女がいた。彼女だけが教室にいた。

 とても短い髪で、眼鏡をかけた彼女の名前は、狩野セツキ、といった。

 セツキは窓際の席で、机の上にはスケッチブックを広げ、鉛筆を走らせていた。

 あっという間に翼を広げて空を舞うツバメの姿が描かれていく。

 その時、教室のドアが勢いよく開かれた。

 セツキはビクッと体を跳ねさせる。

「おっは、よーうっ!」

 大きな声と共に入ってきたのは、セツキと同じセーラ服を着ている少女だった。リュックサックを背負っている。

 少女は入口の所で一回転すると、そのままスキップで数歩進み、もう一度くるりと一回転。

 スカートが、髪が、フワリと舞い上がる。

「……おはよう……ございます」

 セツキは小さな声で返事をして目を逸らした。

 少女は自分の席にリュックを置くと、跳ねるようなステップを踏みながらセツキに近付き、後ろからスケッチブックを覗き込む。

「わー。すっごい。セツキちゃん、相変わらずお絵描き上手だね。ツバメさんかー。あんな風にビューって飛べたら、きっと気持ちいいんだろうな」

 この騒がしい少女の名前は秋月クミコといった。

 クミコはそう言いながら、自分の席に着き、足をパタパタと動かす。

 そして、ふと足を止める。

「ねえねえ、セッツン。席、一つ多くない?」

 クミコに言われ、セツキは顔を上げて教室を見回す。

 セツキ自身の席。クミコの席。他に三つ。

 さらに二人、教室に入って来た。

 二人は姉弟で、姉がアケミ、弟がキヨシ。

 クミコはすかさず駆け寄ると、二人の前でピョンピョンと飛び跳ねる。

「大変、大変。二人共、大変だよ。大変が大変して大変なんだよ」

「もう。朝から何? ちょっと落ち着きなさいな」

 アケミはクミコの髪をワシャワシャと撫でた。

「ほら、あれ、あれ!」

 クミコが教室を指差す。

「朝来たらね、一人分机が増えてたの。セッツンも知らないって言うし、誰か転校生来るのかな? アケミちゃん、学級委員でしょ。何か聞いてない?」

「あ、ほんとだ。でも、私は何も聞いてないわ。なんだろう。キヨシも何か知らないよね?」

 キヨシは首を縦に振った。

「うん。なんにも聞いてないよ、僕」

 皆、不思議そうな表情を浮かべながらも、各々席についた。


 その頃、職員室では。

 池田先生は若い女性教師で、この学校唯一の教員である。

 先生は椅子に腰かけ、正面に出した椅子に座る女子生徒に話しかける。

「いらっしゃい。すごい山奥でビックリしたでしょ?」

 女子生徒はゆっくりと首を横に振った。

「この辺りは、はじめて来ました。静かでいいところですね。これからよろしくお願いします」

 女子生徒は優しい笑みを浮かべる。その左頬には大きな火傷の痕があった。

 この生徒の名前は、八重垣コンといった。

「ええ。こちらこそ、よろしくね。そろそろ行きましょうか」

 二人は立ち上がり、職員室を出ていった。


 コンは先生に続いて教室に入る。

 すると、元々教室にいた四人の生徒の視線が一斉に集まった。

「てんこーせーだー!」

 クミコが立ち上がり、コンを指差す。

「はいはい。とりあえず静かにしてくださいね」

 先生はクミコをたしなめると、チョークで黒板に文字を書いていく。


『八重垣 紺  やえがき こん』


 そして、先生はコンを紹介する。

「今日からこの学校に転校してきた、八重垣コンさんです」

 続いて、コンも自己紹介する。

「八重垣コンです。よろしくお願いします」

 コンは深々と頭を下げる。

「八重垣さんの席はそこね」

「はい」

 コンは指定された席に座る。それは、セツキの横の席だった。

「じゃあせっかくだし、みんな自己紹介してもらおうかな」

 先生はそう言って胸の前で手を叩いた。

「じゃあ、アケミちゃんから。学級委員だし」

 すると、アケミは立ち上がり、自己紹介をはじめる。

「えっと、平家アケミです。学年は三年生。趣味は小説を読むこと。学級委員もやってるから、色々頼って。よろしくね」

 コンにむかって、アケミは微笑みかけ、座った。それと入れ替わるように、今度はキヨシが立ち上がり、おっとりとした口調で言う。

「平家キヨシです。お姉ちゃんの弟です。一年生。好きなのはえっと、お菓子作り。よろしくね」

 キヨシが椅子に座りる前に、今度はクミコが立ち上がる。

「秋月クミコ、二年生! 夢は女優になって、大きな舞台に出ること。あと、お喋り大好きなの。よろしくね」

 クミコが座ると、教室はシンと静かになる。

「じゃあ、次は狩野さん。自己紹介できる?」

 先生に促され、セツキはゆっくりと立ち上がり、小さい、とても小さい声で言葉を発する。

「狩野……セツキ。一年生……です」

 それだけ言って、席に座る。

 すると、すかさずクミコが言った。

「セッツンは凄いんだよ。鳥さんのこと、すっごく詳しいし、お絵描きも上手なんだよ」

 セツキは恥ずかしそうにうつむいていた。

「じゃあ、最後は八重垣さん」

 先生に言われ、コンは立ち上がった。

「はい。八重垣コンです。前は京都に住んでました。料理が得意です。よろしくお願いします。あ、一年生です」

 コンはそう言って、教室を見渡す。

 古い木造の教室に、拍手が響いた。


 同じ頃。

 鳥取市内の病院。

 ある病室のベットに、一人の患者が横たわっていた。

 その患者は意識を失っているらしく、呼吸に合わせて微かに胸が上下する以外は一切の動きがない。

 点滴が繋がれており、心電図モニターが規則正しくピッ、ピッ、ピッと音をたてる。

 患者の枕元にはネームプレートが差してある。そこに書かれた名前は『狩野 雪姫』だった。

 そう。患者は短髪の少女――狩野セツキだったのだ。

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