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コンと狐と  作者: 千曲春生
コンと狐と銀領を望む町
161/222

いずれ来る春の日の話 後編

前回までのあらすじ。


六年生の三学期も終盤。

友達のアカリはなんだか元気がない。

学校帰り、サナは友達のリンコと共にアカリの家へと寄り道。

アカリの愛犬、ツナヨシがトリミングの失敗で変な見た目になっていた。アカリが落ち込んでいた原因はそれだった。

 サナが一人で歩いていると、前に知っているヒトがいた。

 幼なじみのセリカだ。その横に知らない女性もいる。

 セリカとその女性は、真剣に道路脇の側溝を覗き込んでいる。

「セリカ。どうかしたのか?」

 サナは近付いて声をかける。

「あ、サナちゃん。こんにちは」

「セリカちゃんのお友達?」

 セリカと、セリカの横にいた女性の視線が一斉にサナにむけられる。

「サナちゃん、紹介するね。私の従姉のリコさん。ナコさん、こちら、お友達のサナちゃん」

 セリカに紹介されて、サナとナコはお互いに挨拶を交わした。

「それで、どうかしたのか?」

 サナはセリカの横で側溝を覗き込む。深い側溝の底に、鍵が落ちていた。

「うっかり、アパートの鍵落としちゃって」

 リコは困ったように言った。

「うーんこれは……」

 サナは地面に寝そべって手を伸ばしてみる。深くて届かない。かといって、直接側溝の中に入って拾いたくても、幅が狭いので体が入りそうにない。

「サナちゃん、なんとかならない?」

 セリカはすがるようにサナを見る。

「しょうがないなァ。長い棒か何か、使えそうなもの探してくるよ」

 サナはそう言って立ち上り、その場にランドセルを置くと、小走りでその場を去る。

 それから近くの物陰に隠れて服を脱ぐと、キツネの姿になった。

 キツネの姿のサナはすぐにセリカたちの元に戻る。

「サナちゃ……」

 セリカは驚いてサナの名前を呼びかけ、慌てて口を塞いだ。

「ワンちゃん?」

 ナコはサナの姿を見て、目を輝かせる。

「これが一番手っ取り早い」

 サナはセリカに小声で言うと、側溝の中へと飛び降りた。

 軽やかに着地すると、鍵を咥え、身を縮めてから一気に伸ばしてジャンプ。側溝の外へ飛び出した。

 そして、鍵をナコの足元に置く。

「へ、ワンちゃん、鍵をとってくれたの? ありがとう」

 ナコは嬉しそうに声をあげる。

 サナはきびすを返して、すぐにその場を去ろうとするが、ナコの手が伸びてきて、そのまま抱き上げられた。

「ちょ、ちょっと、おい!」

 サナは抜け出そうと暴れるが、リコは離さない。

「ありがとう。ワンちゃん。お礼に綺麗にしてあげる」

 リコはサナを抱きかかえたまま歩き出す。

「あ、あの、ナコさん」

 セリカはサナを助けようと声をかけるが、ナコの耳には届いていない。

「セリカちゃん、ちょっとお庭借りるね」


 こうしてサナがやって来たのはセリカの家の庭。

 そこには見慣れない車が止まっていた。ナコの車らしい。

「あなた、首輪してないけど迷子か野良かな? 大丈夫よ。私こう見えてプロのトリマーなの。綺麗にして、迷子なら元の飼い主さんのところに返してあげるし、野良ならいい飼い主さん見つけてあげるね」

 ナコは車から道具一式を取り出すと、サナに首輪をつけ、リードに繋ぐ。

 そして、ナコはバリカンを手にサナに迫る。

「お、おい、待て、やめろ」

 サナは逃げようとするが、リードの端はナコの車にくくり付けられている。

「恐がらないで大丈夫だよ。すぐに美人さんにしてあげるからね」

 ナコがスイッチを入れると、バリカンは、ヴーン、と音をたてながら振動する。

「コアァーン!」

 セリカの家の庭に、キツネの叫び声が響いた。


『和食処・若櫻』の店内。

 サナは人間の姿で、いつものカウンター席に座り、テーブルに頭を伏せる。服はコンが用意してくれたのを着た。

「――ってことがあって、こうなったんだ」

 サナの髪。胸下まであったのに、肩くらいの長さになっている。しかも、毛先は揃っておらずガタガタで、ところどころ段差ができているし、全体的にバサバサだ。

 誰がどう見ても散髪に失敗したヒト、である。

「キツネの方で散髪されても、人間の方にも影響あるんやな」

 コンはカウンターの内側の厨房で皿洗いしながら言った。

「そうだぞ、両方とも私だもん」

 サナは顔を伏せたまま、暗い口調で言った。それからこう続ける。

「あのトリマー、下手くそなうえにセンスがおかしいぞ。しかも自分が上手いと思いこんでるみたいだから、どうしようもない。っていうか、アカリの犬の毛を刈ったのもアイツだろ。先輩トリマーが産休で、お店を任せてもらってるって言ってたし」

 コンはあいづちを打ちながら、洗い終えた皿を布巾で拭いて、戸棚に片付けた。

「サナちゃん。私に任せて」


 お店の真ん中にスペースをつくり、新聞紙を敷いた上に椅子を一脚。

 そこにサナは座り、ゴミ袋に穴をあけてつくったケープを被った。

 コンは霧吹きでサナの髪を湿らせながら、櫛で()かしていく。

「制服、完成して服屋さんが届けてくれはったって」

 コンは喋りながら、サナの髪にはさみを入れた。

「そっか。帰ったら着てみる」

「じつは、こっち(お店)にあんねん。ノノさんが持ってきてくれはった。散髪終わったら、着てみて」

 ハラリ、ハラリ。床に敷いた新聞紙の上に切った髪が落ちていく。

「今着なくても、そのうち毎日見られるじゃないか」

「でも、今見せてほしいな」

「まったく。コンはしょうがないな」

「でも、サナちゃんも嬉しそうやん」

「コン、私の後ろにいるのに顔わかるのか?」

「でも、わかるんやで」

 ハラリ、ハラリ。

「サナちゃんも、もうすぐ中学生なんやね」

「コンと会った頃は四年生だったもんな」

「いつの間にか私と同い年やね」

「私、早生まれだから、十三歳になるのはまだまだ先だぞ」

「そやね。でも、同級生や」

「出会った頃はコンのこと、お姉さんだと思ってたのに、追いついちゃったんだな」

「最初は私のこと『お姉さん』って呼んでくれてたもんな」


 二人は思い出す。

 コンが生きていた頃、在籍していた料理研究会が、稲荷大社のイベントで料理を振る舞った。

 そこで美味しそうにいなり寿司を頬張っていたのがサナ。

 後日、通学途中のコンは駅でサナを見かけた。

 そのときのサナはとても落ち込んでいて、見かねたコンは声をかけた。

 これが、二人が仲良くなるきっかけになる。


 散髪が終わり、コンはサナに鏡を見せる。

「こんな感じでどうやろ」

 サナは嬉しそうにうなずく。

「ありがとう、コン」

 肩上くらいの長さの髪。最近のサナから考えると随分短いが、サナがコンと出会った二年前はこんな髪型だった。

「コン、制服どこ?」

「二階にあるで」

 サナはゴミ袋のケープを脱ぎ、細かい毛を落とすと、店の二階へと上がっていった。

 コンは新聞紙ごと切った髪を集める。


 カラン。


 その時、店の入り口につけたベルが鳴った。

 コンが視線をむけると、そこにいたのはセリカだった。

「セリカちゃん、いらっしゃい」

 コンは穏やかな口調で言った。

「コンさん、あの、サナちゃん来てますか?」

 セリカはどこか気まずそうに尋ねた。

「うん。来てるで」

 コンはサナの髪を集めながらこたえた。

「サナちゃん、やっぱり落ち込んでますよね。ごめんなさい。私の従姉がキツネのサナちゃんを犬と間違えて、勝手にバリカンで刈っちゃって。サナちゃん、途中で隙を見て走って逃げたんだけど」

 セリカはゆっくりとコンに近付く。

「サナちゃん、だいぶ落ち込んでたで」

「……やっぱり」

「でも、大丈夫」

 コンはセリカを安心させるように笑顔を浮かべた。

 その時、サナが二階から降りてきた。

「セリカも、来てたんだ」

「サナちゃん、本当にごめんなさい」

 サナは指先で短くなった髪を触る。

「別にいいよ。これもこれで、いいかなって思うし。でも、あの従姉はもうちょっとトリミングの練習した方がいいと思うぞ」

 セリカはうなずく。

「うん。伝えとく」

 少しの沈黙。

 サナはコンとセリカがジッと見つめていることに気付く。

「似合ってる……か?」

 コンもセリカもうなずいた。

「うん」「かわいい」

 新品だから、汚れもほつれも一切ないセーラー服を着た、短い髪のサナは、恥ずかしそうにうつむいた。

 鳥取県八東郡若桜町。

 雪と氷に閉ざされた季節が過ぎ去り、桜のつぼみが膨らんでいた。

コンと狐と銀領を望む町 おわり

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