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コンと狐と  作者: 千曲春生
コンと狐と銀領を望む町
157/222

誇れる愛娘の話 前編

 テナと、双子の弟フウ。

 双子だから当たり前だけど、物心ついたときから一緒にいた。

 時々喧嘩したけど、基本的には仲はいい方だと思っている。

 小学校五年生までは同じ子供部屋を使っていたし、中学に上がるまではお風呂も一緒に入っていた。

 友達からも、二人一組で扱われることが多かった。


 ある一月の日曜日。

 ピピピ、という電子音。

 高校三年生、テナは自室のベットに横たわり、火照った顔で虚ろな目をしている。

 母親のノノはテナのパジャマの中に手を入れると、脇から電子体温計を引き抜く。

「三八・七度。風邪ね」

 本日三度目の検温。

 何度計っても結果は変わらない。むしろ、計る度に少しずつ熱は上がっている。

「体温計、壊れてんだね。私、平気だもん」

 テナは起き上がろうとするが、ノノはその肩を掴んで寝かせる。

「お母さん! だって、だって今日は……」

「そんな状態で試験受けたって、頭回ってないでしょ。ちゃんと連絡入れて、追試受けさせてもらえるようにするから」

 ノノは安心させるようにそう言った。

 勉強机には大量に付箋が貼られた参考書。沢山の大学ノート。折れたシャープペンの芯と、消しゴムカスが大量。

 部屋にかけられたカレンダー。

 今日の日付には『大学入試共通テスト』の文字。

 長尾テナ。高校三年生。


 今まで、嫌なことから逃げ続けて、適当にそれらしい理由を用意してやりたいことだけやってきた。

 小学校のときから、机に座っての授業を楽しいと思えなかった。

 椅子に座って、先生の話を聞き続けるのは苦痛で仕方なかった。

 教科書の内容はほとんど頭に入らず、怒られない程度に授業を聞いているフリとか、やり直しさせられない程度に宿題を手抜きするやり方とか、そんなことばかり学んでいった。

 弟が学校の成績で大人からほめられているのを見て、悔しさを感じたことが全く無いと言えばウソになる。

 でも、そこで勉強を頑張ろうとはならなくて、自分の中に弟より優れている部分を探して、それでいいと思うことにしていた。

 高校受験のときは、母と弟からかなりうるさく言われたし、周囲の空気感もあって、流石に勉強した。その甲斐あって第一志望の高校に入れた。

 そこで出会ったのが船岡先生だった。

 先生はしつこく関わってきた。

 当初、先生を鬱陶しがって逃げ回っていたが、根負けして補習に出るようになった。

 先生は、一対一で丁寧に補習をしてくれた。担当教科以外も教えてくれた。

 時には、二人で一緒に首をかしげることもあった。

 先生も旅行や写真撮影が趣味で、その話しでも盛り上がった。

 少しずつではあるが、成績も上向きになっていった。同時に、先生のことが好きになっている自分に気付いていった。


 目を開けた。いつの間にか眠っていたのだ。

 ベットの横には心配そうな顔のフウがいる。

「お母さんが言ってた。追試受けられるって」

 フウは落ち着いた口調で言うと、テナは天井を見上げながらつぶやく。

「ラッキーじゃん。勉強でき時間増えた」

 フウは少し迷うような表情を浮かべた後、尋ねる。

「テナが急に教師目指すって言い出したのって、やっぱり卒業しても船岡先生とのつながりを持っていたいから?」

 テナは上体をおこす。

「ちょいちょい。フウ、こっち来な」

「なんだよ」

「もうちょい。顔近付けて」

 フウが言われた通り、テナに顔を近付ける。

 すると、いきなりテナはフウの唇に自分の唇を重ねた。

「ちょ、お前!」

 フウは慌ててテナから離れる。その顔は真っ赤になっていた。

「余計な詮索する悪い弟には風邪うつしてやる」

 テナがいたずらっぽくニッと笑うと、フウは服の袖で口元を拭う。

「お前なあ、いくら姉弟でもそういうことするなよ」

「いいじゃん。アンタはもう推薦で第一志望合格してんだから。私の代わりに風邪ひきなさい、風邪」

 そこで、テナは真面目な表情になった。

「まあ、船岡先生のことは関係ないと言えばウソになるけど、それが全てじゃないってかんじかな。高校じゃなくて、小学校の教員なりたなって思ってる」

「小学校?」

 フウが聞き返し、テナはちょっと照れたように小さくうなずく。

「うん。(サナ)とか、(コウ)を見てたら、小学校の先生っていいかもなって思った」

「そうか。テナなら、なれるよ。応援する。わからないとこあったら、教える」

 フウの口調は優しい。

 すると、テナはベットの上に座ったまま、フウに背中をむけた。

「生意気。私より十五分も後に生まれたクセに」

「たった十五分だろ」

 フウは諦めたように大きなため息をついた。

「他に言いたいことはあるか? 聞いてやるぞ」

「フウはずるいよ」

 テナは近くにあったクッションを投げつける。フウは軽々とキャッチした。

「双子で、ずっと一緒だったのに、さっさと大学決めちゃって。受験終わらせて、自分だけ楽になって。私は毎日、不安で、恐くて、落ちたらどうしようって、そればっかり考えてるのに」

 フウが黙ってクッションを返すと、テナは抱きかかえて顔をうずめる。

「ごめん。わかってる。フウが小っちゃい頃から勉強すっごく頑張ってたの。推薦で進路決まったのだって、一年生のときからずっといい成績取り続けてきた結果だって」

 テナは「でもね」と言葉を繋ぐ。

「羨ましいって思っちゃうの。私が遊んでいる間、フウが勉強頑張ってたこと、わかっていても」

 テナはキツネの姿になり、ベットに全身を潜りこませた。

「もう出ていって」

 ベットの中から、声だけがする。

「俺はさ。テナのこと、ずっと羨ましいと思ってた」

 フウは部屋の壁に目をむけた。

 そこにはコルクボードがあり、様々な写真が飾られている。全て風景写真だ。

 北海道、網走の流氷から沖縄、国際通りの喧騒まで日本全国の様々な景色。

 全てテナが撮影したものだ。

 写真を見ながらフウは語る。

「俺は、テナみたいにバイトでお金貯めて、自分で行きたいとこ行くなんて無理だ」

「嘘ばっかり。旅行なんてネットで行き方調べて、行くだけじゃん」

「情けないけど、恐いんだ。俺だって、色々なところへ行ってみたいとは思う。でも、町や、家を離れるのがどうしても恐いんだ」

 テナはキツネの姿のまま、ニュっと顔だけ出す。

 ふと思い出した。

 幼い頃、二人で公園に遊びに行っても、フウは日が傾いてくるとすぐに不安そうな顔になり、帰りたいと言い出した。

 フウが泣き出してしまい、テナが手を引き帰ってきたこともあった。

「フウって昔から気が小さいもんね。よーし、じゃあこうしよう。追試までの二週間、勉強手伝ってくれたら、ハワイに連れていってあげる」

 フウは少し考えてゆっくりと口を開く。

「ハワイって、はわい温泉ってオチだろ?」

 はわい温泉は鳥取県東伯郡(とうはくぐん)湯梨浜町(ゆりはまちょう)にある温泉であり、泉質は硫酸塩泉。リウマチ、婦人病、神経痛、関節痛などへの効能が期待される。

「あー。アンタ、はわい温泉をバカにした」

 キツネの姿のテナはとがった口をとがらせる。

「いや、バカにはしてないけど……」

「じゃあ、決まり。よろしくね」

 テナはベットに潜り込むと、尻尾に鼻をうずめるように丸まる。

「なんか寒気する。熱あがってきたかも。ちょっと寝る」

 ベットから、声だけが聞こえた。

 フウはエアコンの設定温度を上げると、部屋の明りを消してから、音をたてないようにそっと出ていった。

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