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コンと狐と  作者: 千曲春生
コンと狐と銀領を望む町
154/222

おむかえの話 後編

前回までのあらすじ

サナの友人、リンコの様子がおかしい。

詳しく話を訊いてみると、リンコの家はペンションを営むつもりなのだが、送迎用の中古車を買ってから様々な心霊現象に見舞われているのだという。

サナはその調査に乗り出すことに。

 学校帰り、サナはリンコの家へと寄り道。

 元々は一般的な住宅だった外観は、おしゃれな西洋風に改装されていた。

 まだ完成ではないらしく、ところどころ足場が残っている。

 庭にワンボックスカーが停まっている。なんの模様や塗装もない、白一色。

「これか?」

 サナが尋ねると、リンコがうなずく。

「うん。この車」

 サナは車内を覗き込んだ。すると、車内には幼稚園くらいの女の子がスヤスヤと寝息を立てていた。

「お、いた」

「い、いるの?」

 サナの後ろから恐る恐るリンコが覗き込む。だが、リンコには何も見えない。

「なんか、いるの?」

「うん。幽霊だな。女の子」

 サナは再び車内に目をむけながら言った。するとリンコがパニックになる。

「え、え、えー。どうしよ、どうしよ。お祓い? あ、そういえば昔、明治神宮で買ったお守り、間違って安産のやつだけど。それともお塩? 台所のやつでいいの?」

 サナは呆れたように溜息をついた。

「落ち着けリンコ。今は寝てる」

「じゃあ、とりあえずは大丈夫なんだね」

 リンコが胸をなでおろした次の瞬間。

「だから、とりあえずおこして、話しを聞いてみる」

 サナはドアのガラスを軽く叩きはじめた。

「サナちゃん、そっとしておこうよ」

「なに言ってるんだ。とりあえずコイツに事情を聞かないと、何も進まないぞ。あ、おきた」

 車内の女の子は眠そうに目をこすり、大きくのびをした後、サナ達に気付いた。

「おーい、ちょっと出てきてくれ」

 サナが声をかけると、女の子はうなずき、ドアへと向かってくる。

「サ、サナちゃん、出てくるの? 幽霊、出てくるの」

 リンコの悲鳴。サナは無視する。

 女の子はドアをすり抜け、外へと飛び出した。

「お姉さん、私のことが見えるの? じゃあ、遊ぼ!」

 女の子は走り出す。

「あ、コラ、待て!」

 サナは追いかける。

「サナちゃん! 何がどうしたの?」

 女の子が見えていないリンコはパニックになっていた。

 キャッキャと走り回る女の子を、サナは追いかけて、追いかける。

 しかし、それが楽しいのか女の子はさらにはしゃぎ、庭を駆けまわる。

 真っ白な雪が積もった庭がサナの足跡だらけになった。

「あーもう、いい加減に、しろ!」

 サナは大きくジャンプすると、女の子に飛びついた。

「あー、捕まっちゃった」

 サナの腕の中で、羽交い絞めにされる女の子。

「サナちゃん、なにかいるの? どうなったの?」

 リンコが尋ねる。

「とりあえず……幽霊捕まえたから……連れて帰るよ」

 サナは赤い顔で、息を切らせながらいった。


 サナは女の子を連れて『和食処 若櫻』へと帰ってきた。

 店内に入ると、ダルマストーブの暖かさに包まれる。

「おかえり、サナちゃん」

 カウンターの内側、厨房になっている場所に中学生くらいの少女がいた。コンだ。

 女の子はカウンター席に座った。いつもサナが座っている席だ。

「お姉さん、こんにちは」

 コンは笑みを浮かべる。

「うん。こんにちは」

 サナが女の子の横の席に座る。

「リンコの家の車にいたから、連れてきた」

 コンホットミルクとクッキーを出すと、女の子は早速手を伸ばす。

「なあ、あなたのこと教えてくれへん?」

 コンは優しく話しかける。

 女の子は口いっぱいにクッキーを頬張りながらうなずく。

「あのね、今日はこども園の遠足なの。私ね、すっごく楽しみだからバスの近くで待ってたんだ。そしたら、いつの間にか寝ちゃったみたい。気が付いたらバスの中なのに、周りには誰もいないの」

 コンはニコニコと女の子の話しを聞いていた。

「そっか、そっか」

 すると、女の子は急にシュンとなる。

「ねえ、お姉さん。ここはどこ? みんなはどこに行っちゃったの?」

 コンはサナと顔を見合わせてから、ゆっくりと口を開く。

「あんな、これは遠足じゃなくて、あなたは死んじゃってん。遠足に行くはずが、どうして死んじゃったのかはわからんけど、でも死んじゃってん」

 女の子は首を傾げた。

「死んじゃった? 死んじゃうってどういうこと?」

「お父さんとか、お母さんにさよならしなきゃいけない、ってこと」

 コンが言うと、女の子は少し考えて、ハッとしたように言った。

「そっか、わかった。幼稚園だ。あのね、お母さんが幼稚園に送って行ってくれるの。一回だけお父さんが送ってくれたこともあった。でね、こども園に着いたら、お母さんとはバイバイしないといけない。だから、死んじゃうっていうのは、幼稚園なんだね」

 サナは女の子の言葉をあえて否定しないで尋ねる。

「そう言えばお前、なんて名前のこども園に通ってたんだ?」


 カタン、コトン。

 夕日に照らされながら列車は積もった雪で眩しい田畑の合間を駆ける。

 車内にはサナとコン、それから女の子。

 とりあえず、女の子の通っていた幼稚園に行ってみようということになったのだ。

「それでね、ドッカーンてなったの」

 女の子は楽し気に色々な話しをする。

「お父さんとお母さんがね――」

 家族の話。

「カエデちゃんはとっても足がはやくて、全然勝てないの」

 こども園の話。

「大人になったらね、ケーキ屋さんになるの。チーズケーキが好きだから、端から端まで全部チーズケーキにするの」

 将来の夢の話。

 目的の駅に到着した。

 そこから少し歩いていくと、小さなこども園があった。

「ここだよ。私が通っていたこども園」

 女の子は嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 コンはチラリとサナに目をむける。

「なあ、サナちゃん。ここ、なんか見覚えない?」

 しかしサナは、首を傾げる。

「そうか?」

 こども園から一人の保育士が出てきた。

「あ、先生だ!」

 女の子はその保育士に駆け寄る。

「先生、どうしたの?」

 しかし、保育士は全く反応しない。なぜなら、保育士には幽霊である女の子は見えていないから。

「先生? どうしたの? いつもは、こんにちはって言ってくれるのに」

 女の子は不安そうに保育士の顔を見上げる。

 すると、むこうから一人の女性が歩いてきた。

 女性はどこか寂し気な表情で、手に花束を持っている。

 近付いてくる女性に気が付いた保育士は、深々と頭を下げた。

「お母さん!」

 女性を見た女の子が叫び、駆け寄る。そう。女性はこの女の子の母親だったのだ。

「お母さん、おむかえ、来てくれたんだね」

 しかし、もちろんその声は届かない。

「お母さん。お母さん?」

 それでも、女の子は何度も何度も母へと声をかけ、足に抱きつく。

 母親は、女の子をすり抜け、女性は門柱の根元に花を供えると、目をつむり、手を合わせた。

「すみません。毎日来てしまって」

「本当に、申し訳ありませんでした」

 保育士が深々と頭を下げるが、女性は手を合わせたまま穏やかな口調で言った。

「あなたは、あの子の大好きだった先生。それだけですよ」

 しかし保育士はうつむく。

「でも、私があのとき、目を離さなければ……」

 女性は目を開け、保育士を見る。儚げで、寂しい笑顔。

「先生は、悪くないです。だからこそ、事故の後、辞めないでくださいってお願いしたんですよ」

 ふと、コンは思い出す。半年ほど前の、テレビの報道を。

「そっか。ここ、あのこども園だ」


 このこども園で事故があった。遠足の日だった。

 例年、園児が少ないこともあって送迎バスで遠足に行く。

 今年もその予定だった。

 しかし、当日になって運転手が熱を出した。

 バスといっても、実際にはワンボックスカーを改造したもの。運転士は高齢の園長が務めることなった。

 しかし、園長はバスを暴走させてしまい、一人の園児を轢いてしまった。

 救急搬送された園児は死亡。

 その後、園長は自分が運転していたことを隠蔽しようとしたが失敗。世間からバッシングを受けると共に、警察に逮捕された。

 なぜこのような事故がおきたのか、どのような対策があるのか。誰に責任があるのか。

 テレビでは連日、様々なコメンテーターが意見を述べていた。


 母親は寂しい笑顔のまま、保育士へと語る。

「朝おきたとき、あの子が横に寝ていなくて、焦りながら家中探し回ってからあの子が亡くなったことを思い出したり、ご飯をあの子の分までつくってしまったり、最近はそういうこと減ってきたんです」

 冬の夕暮れ。母親は空を見上げる。

「あの子がいない生活に慣れてきて、でも、同時にあの子の声も、仕草も、体温も、少しずつ記憶が少しずつ色あせていくんです。事故の前の生活がどんなだったか、どんどん思い出せなくなっていく」

 母親はまっすぐに保育士の方をむくと、深々と頭を下げた。

「引っ越すことになりました。もうここには来ません。先生には本当にお世話になりました」

 保育士も深々と頭を下げる。

 女性はきびすを返すと、去っていく。

「お母さん、どこ行くの? ねえ、お母さん!」

 女の子はその背中に必死に呼びかけるが、声は届かない。

 母親の背中は、どんどん小さくなっていった。

 女の子はつぶやく。

「お母さん言ってた。お迎えにくるまでいい子でいてなさい、って。あ母さん、今のはお迎えじゃなかったんだよね。またお迎えに来てくれるよね」

 コンは小さくうなずく。

「うん。また会えるで。いつかきっと、ヨモツクニで」


 茜色の空は紺色になり、そして夜空となった。

 サナ達は『和食処 若櫻』に戻ってくる。

「あのね、こども園だとね、いつもは給食なんだけど、遠足と運動会のときだけお弁当なの。お母さんはいっつも卵焼きと、ミートボールと、ニンジンを入れてくれるの」

 カウンター席の椅子に飛び乗り、女の子は身を乗り出しながら言った。

「うん。わかった。ちょっとサナお姉ちゃんと遊んで待っててな」

 コンはカウンターの内側に入る。

「うん。サナお姉ちゃん、遊ぼ」


 数十分後。

「すっごーい。サナお姉ちゃん、お絵描き上手」

 サナはスケッチブックに女の子が指定したキャラクターを描いていく。

「おう。次は何描いてほしい?」

「えっと、えっとね」

 そこで、コンが声をかけた。

「お弁当、出来たで」

 コンがカウンターテーブルに置いたのは、子供用の小さなお弁当箱だった。

 仕切りで区切られた半分は白ご飯が詰まっていて、ふりかけがかかっている。もう反軍には、黄色い卵巻きと、甘辛いソースをかけたミートボール、そして茹でたニンジンが入っている。

「わー、お母さんのお弁当みたいだ。今、食べていいの?」

 女の子は歓声を上げた。

「うん。喉詰めんように、ゆっくりめしあがれ」

 コンは優しい口調で言った。


 女の子はあっと言う間にお弁当をたいらげると、再びサナと遊びはじめた。

 店の隅っこに置かれた本棚から絵本を見つけると、読んで欲しいとせがんだ。

 サナは膝に女の子を乗せ、読み聞かせる。

 コンはお弁当や調理器具を洗いながら、その様子を見守っていた。


『それからしばらくたってよだかははっきりまなこをひらきました。そして自分のからだがいま燐りんの火のような青い美しい光になって、しずかに燃えているのを見ました。

 すぐとなりは、カシオピア座でした。天の川の青じろいひかりが、すぐうしろになっていました。

 そしてよだかの星は燃えつづけました。いつまでもいつまでも燃えつづけました。

 今でもまだ燃えています。』


 サナが「おしまい」といって絵本を閉じる。

 そして気が付いた。女の子がいつの間にやら眠っていることに。

「……お母さん。今日はね、サナお姉ちゃんと、コンお姉ちゃんにいっぱい遊んでもらったんだ。とっても楽しかったんだよ」

 つぶやく寝言。

 女の子の姿は徐々に透けていき、やがて、消えた。

 まるで空気に溶けるように。


 次の日。学校。

 六年生の教室の自分の席に着くと、ぼんやりと窓の外を見つめる。

 誰かがペンキをこぼしたかのような青い冬空がそこにあった。

「おはよう、サナちゃん」

 声をかけられて視線をむけると、隣の席のリンコだった。

「ああ。おはよう」

「昨日ね、お父さんが車屋さんに電話したの。車屋さん、最初は何もないって言ってたんだけど、問い詰めると、あの車、事故車だったんだって。前にヒトを轢いて、殺しちゃったんだって。それで、幽霊がいたのかな?」

 リンコはランドセルの中の教科書やノートを机に移していく。

「でも、昨夜は大丈夫だったろ?」

 サナは視線を窓の外にむけたまま尋ねた。

「え、え、うん。昨日、サナちゃんが帰ってからは何も変なことはおきなかったよ。あの後、どうなったの?」

「そっか。じゃあ、もう大丈夫だ」

 サナはリンコを見た。その表情は、とても寂しそうだった。

 冬のある日。

 空は晴れているのに、風が山から連れてきた粉雪が舞っていた。

作中で以下の作品の一部を引用しています。


「よだかの星」

著 宮沢賢治

青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/473_42318.html)

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