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コンと狐と  作者: 千曲春生
コンと狐と銀領を望む町
148/222

ずっと、ここにいる話 後編

前回までのあらすじ。


 ある冬の日、サナは盲目の女性ハルカと、その夫ケンショウに出会う。

 二人が去った後、その場にはペンダントが落ちていた。ペンダントはカプセルになっていて、中にはネコの毛が入っている。

 ペンダントを拾ったサナが『和食処 若櫻』へとやってくると、店内には一匹のネコがいた。

 一匹のネコが、椅子の上にちょこんと座っていた。

「こんにちは、キツネさん。私、ミーっていうの」

 ネコのミーは鈴を転がすような声で言う。

 首輪の鈴もミーの動きに合わせてリンリンと鳴いた。

 サナは猫に近付いていくと、抱き上げ顔を近付ける。

 お互いの鼻と鼻がくっつきそうな距離になる。

「キツネさん、いい匂い」

 ミーは嬉しそうに言った。

「そうか?」

 サナはそう言って、もう一度ミーの匂いを嗅いだ。

「なあ、これ、見覚えないか?」

 サナが取り出したのは、さっきハルカが落としたペンダントだった。

 ミーはペンダントの匂いを嗅ぐ。

「うっすらとだけど、ご主人の匂いがする」

 そう言った。

 そして気が付く、コンがジッと見つめていることに。

「どうしたんだ? コン」

「えっと、実は私、ネコさん好きなんやけど、施設で暮らしてたから飼えなくて……抱かせてもらっていい?」

 コンはちょっと照れながら言った。


 カウンター席。

 サナの横の席に座るコン。その膝の上にミー。

「なるほどね。つまり私は死んでしまって、魂だけがこの場所に来たと」

 ミーが言うと、コンとサナはうなづく。

「もし、死者の国へと旅立つ前に、最期にやりたいことがあるんやったら、私たちがお手伝いすんで」

 コンが言うと、ミーは少し考えたあと、

「まさか。とりあえず、家に帰りたいな」

 と言った。


 町の中心部から、戸倉峠(とくらとうげ)へと延びる国道29号。

 サナは自転車を漕ぐ。

「大丈夫? 重くない?」

 コンは後ろの荷台に横向きに座り、膝にミーを乗せている。

「大丈夫だ。コン達は重さがないからな」

 サナはそう言ったものの、山奥へ入っていくにつれて上り坂は急になり、また、路側帯に積もった雪は次第に深くなる。

 自転車は徐々に速度を失い、

「ここまでだな。押していこう」

 ついに前輪が雪にはまって動かなくなった。

 サナは自転車から降りると、手で押して脱出させる。

 コンもミーを抱いて自転車を降りた。

「コン達は乗ってていいぞ」

 サナはそう言うが、コンは首を横に振る。

「ううん。私も歩いてく」

 歩きながら、コンに抱かれたミーは話す。

「ご主人に本当になんにもできないのよ。私がどこにいるかもわからずに、よく同じところをクルクル回ってるし、一人で狩りもできないの。何度も私の獲った獲物をプレゼントしてあげたのよ。もうちょっとしっかりしてほしいものだわ」

 ネコは目を細めた。

「だから、私がいてあげないと」


 こうして、サナは自転車を押しながら、コンは猫を抱きながら歩いていく。

 ミーの案内に従い、途中で細い脇道に入って少し進むと古い民家が見えてきた。

「あそこよ」

 ミーは嬉しそうだ。

 玄関には呼び鈴は取り付けられていない。

「ごめんくださいーい」

 サナは自転車のスタンドを立てると、大声で言った。

「はーい」

 出てきたのは男性、ケンショウだ。

「あ、君はさっきの」

「これ、さっきの場所に落ちていたんですけど、心当たりありませんか?」

 サナはポケットからペンダントを取り出し、渡した。

「拾ってくれたんだ、ありがとう」

 ケンショウは心の底から嬉しそうな顔になった。

「遠かったでしょ。ちょっと上がっていってよ。お菓子あるから」

 サナ、それからコンとミーは家に入っていった。


 広さに対して置いてある物は少ない。

「寂しい家でしょ? ハルカが怪我しないようにね。物の置き場所はかなり細かく決めてるし、そもそも物を増やさないようにしているんだ」

 ケンショウは笑いながら言った。

 そのとき、目の前の部屋からハルカが出てきた。

「お客さん? えっと、いらっしゃい」

 ハルカは周囲の様子を探るように首をキョロキョロと動かす。

「さっき、ハルカを助けてくれたサナちゃんが来てくれたよ。落としたペンダント、届けに」

 ケンショウはハルカの首にペンダントを巻いた。

「ありがとう、サナちゃん。ケンショウさん、サナちゃんにお菓子出したあげて」

 そこで、コンに抱かれていたミーが飛び出す。

「ハルカ、ただいま」

 ミーはハルカの足に(ひたい)をすりつける。

 首輪の鈴がリンリンと鳴る。

「あっ。ミーも帰って来たの? おかえり。どこ行ってたの?」

 ハルカの声にこたえるように、ミーは「にゃっ」と鳴いた。

「ハルカ、ミーは……」

 ケンショウは何か言いかけて、口をつぐんだ。

「ケンショウさん。ミーはここにいるでしょ? だって、鈴の音が聞こえる」

 ケンショウは苦悩の表情を浮かべたまま、こう言う。

「そうだね、ミーが帰ってきたんだ。僕はサナちゃんにお菓子を出すから、ハルカはミーのお世話を頼むよ」


 台所。

 テーブルをはさんで座るサナとケンショウ。

 サナの横にはコンが立っている。

 テーブルの上には若桜町(わかさちょう)の名菓、弁天まんじゅう。

「ハルカの様子、びっくりしたでしょ? ネコを飼っていたんだ。ミーって名前だった。だけど、少し前に死んでしまったんだ」

 サナは弁天まんじゅうを一口食べてから、尋ねる。

「でも、ハルカさんはそれに気付いていない?」

「うん。ミーは、中学の時ハルカが拾ってきた野良猫だった。この家はハルカが生まれ育った家でね、義父母、ハルカのお父さんとお母さんが亡くなっても、ハルカはこの家を離れようとしなかった。ネコは家につくから、引っ越したらミーが可哀想だって」

 ケンショウは自嘲気味に笑った。

「ビックリしたでしょ? こんな山奥で、二人っきりで暮らしてるなんて」

 そして、天井を見上げる。

「ミーさ、前日まで元気だったのに、深夜に聞いたことないような声で鳴いて、飛び起きて様子を見にいくと倒れていたんだ。そのときにはもう死んでいた」

 ケンショウは目元を拭った。

「ハルカもおきてきて、ミーどうしたの? って訊いてきた。ボク、思わず『ネズミか何かを追いかけて、窓から飛び出して行ったみたいだ』って言っちゃったんだ。なんで、あのとき本当のこと、言えなかったんだろ」

「やっぱり、ペンダントに入ってた毛って」

 サナが尋ねると、ケンショウはうなずく。

「うん、ミーの毛。ハルカにはミーはお出かけしてるって言って、ミーの体は荼毘(だび)に付した。その前に少しだけ毛をもらって、ペンダントにしてハルカに渡したんだ。ボクのみがってで、ハルカとミーのお別れを奪ってしまった、せめてもの罪滅ぼしとして」

 ケンショウは大きなため息をつき、苦しそうに言葉を絞り出す。

「さっき、ハルカはミーが帰ってきたって喜んでた。そんなはずないのに。ハルカはミーがここにいるって、信じてた。ボクは、どうしたらいいんだ……」

 その時、台所にハルカがやってきた。その足元にはネコ。

「……ハルカ」

「ケンショウさん、そんな顔、しないで」

 ハルカはテーブルの端を手で触りながらケンショウに近付いていき、その顔に優しく手を触れた。

「ケンショウさん。私、知ってるよ。ミーが死んじゃったこと」

「へ?」

「私の目が見えないからって、舐めすぎ」

 ハルカはケンショウの顔から手を離すと、首から下げたペンダントを握る。

「ミーが窓から飛び出しちゃうことなんて何度もあったのに、あの時のケンショウさんの声が震えてた。それに、誕生日でもないのにいきなりペンダントをくれた。わかりやすすぎるよ」

 ハルカは悲しそうに笑う。

「じゃあ、さっきミーが帰ってきたっていうのは……」

 ケンショウは尋ねる。

「ネコは家につくっていうでしょ? ここはミーの家だから、死んじゃっても、ちゃんとここにいるんだよ」

 ミーは後ろ足で自分の喉をかく。首輪が揺れて鈴が鳴った。

 その途端、ケンショウはハッとした表情になる。

「聞こえた……鈴が聞こえた」

 ハルカはうなずく。

「うん。ここにいるよ。ミーは今でも、ここにいる」


 サナとコンは帰路につく。

 ケンショウとハルカが玄関まで見送りに出てくれた。二人の足元にはミーがいる。

「本当にありがとう。またいつでも、遊びに来てね」

 ケンショウはそう言った。ハルカも笑顔で手を振る。

「お菓子、美味しかったです」

 サナはそう言うと、自転車のスタンドを外した。


 戸倉峠(とくらとうげ)から若桜(わかさ)の町の中心部へとむかう下り坂。

 サナは自転車を押しながら歩き、積もった雪に足跡とタイヤの跡を残していく。

「あれでよかったんかな?」

 サナの横を歩くコンが尋ねた。

「よかったも何も、あのネコの最期の想いが、あの家に居たいなら、私たちはその手伝いをするだけだよ」

 ちらほらと、雪が降りはじめた。

「降ってきたな」

 空を見上げた。


 ケンショウとハルカの家。

 石油ファンヒーターで温まった和室。灯油の匂いがする。

 ハルカはファンヒーターの前で横になり、まどろんでいた。

 すると、ミーがやってきて、ハルカの指先を舐める。

 それからお腹に乗った。

 確かめるようにふみふみしてから、ミーは丸まり眠りはじめる。

 ハルカはお腹の上にいるミーを、優しくなでる。


 まだ仔猫だったミーを拾い飼いはじめた当初、ミーは怯えて家の中の小さな隙間に隠れてばかりいた。

 何かの拍子にうっかりミーをつぶしてしまうといけないから、首輪に鈴をつけることにした。これでハルカにも近くにいるとすぐにわかるようになった。

 ミーはエサ皿の中をいつも綺麗にする。キャットフードのひと欠片も残さず綺麗に食べる。そして、みるみるうちに大きくなっていった。

 かつお節と煮干が大好物で、ガツガツと食べる。あんまり勢いよく食べて喉を詰めてしまうことが数回あり、それらのご馳走は少しづつ与えるように心掛けた。

 嫌なことがあった日、ハルカが一人で泣いているとミーは必ずやってきて、一度ハルカの足に頭突きすると、その後はハルカが泣き止むか、泣きつかれて眠るまでずっと横に座っていてくれた。

 誰にも話せない秘密も、ミーには話せた。


「ハルカ、雪が降ってきたよ」

 そう言いながらケンショウが和室にやってくると、ハルカはお腹の上に手をおき、幸せそうな表情で眠っていた。

 ケンショウも優しい表情で横に座ると、ハルカのお腹に手をおいた。

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