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コンと狐と  作者: 千曲春生
コンと狐と銀領を望む町
147/222

ずっと、ここにいる話 前編

 中国地方では大山(だいせん)に次ぐ標高を誇る山、氷ノ山(ひょうのせん)

 ブナ林は雪を被り、眩しいほどの純白の景色がそこにあった。

 新雪に足跡を残しながらノウサギは駆けまわる。

 木々の合間を駆け抜け、丘を駆け上がり、石を飛び越える。

 ふと、足を止めた。

 その瞳は遥か上空を見上げる。

 雲一つない天色(あまいろ)の空に、一つの黒い点があった。

 その黒い点に見えたものは、大型の猛禽、イヌワシ。

 イヌワシは二メートル近くになる大きな翼をめいっぱい広げ、氷ノ山(ひょうのせん)の山肌を駆けあがってきた上昇気流を捕らえると、高く高く舞い上がる。

 山頂を超え、稜線を超え、ふもとの町が見えてきた。

 鳥取県八頭郡(やずぐん)若桜町(わかさちょう)である。


 若桜町の小学校と中学校が一緒になった公立学校。

 チャイムが鳴り、子供達は帰路に就く。

 六年生の少女、サナも校門をくぐった。

 ベレー帽にセーター、厚手のジャンパースカート。背中にはランドセル。

 風が吹き、髪を揺らす。

 家へむかって歩き出そうとしたそのとき、

「サナちゃーん」

 後ろから声がした。

 振り返ると、小走りで近寄ってくる少女がいた。

 幼馴染、セリカだ。サナの一つ年上なので中学一年生(七年生)。一から六年生は私服で登校だが、それ以上の学年は制服がある。

 故に、セリカもセーラー服の上からコートを羽織り、リュックサックという格好だ。

「今日は一人? 珍しいね」

 セリカが尋ねると、サナはうなずいた。

「ああ。アカリは用事があるとかで早退したし、リンコは日直で遅くなるって。セリカこそ、部活ないのか?」

「うん。今日は顧問の先生が出張で、お休みなんだ」

「そっか。久しぶりに一緒に帰るか?」

「そだね」

 こうして、二人は並んで歩きはじめた。


 若桜(わかさ)駅の前には、農協の運営するスーパーマーケットがある。

 サナ達はその近くまで来た。

 歩きながら、セリカはサナの足元から頭の上までを順に見ていく。

「どうかしたのか?」

 サナが尋ねると、セリカは「ううん」と首を横に振ってから、

「サナちゃん、もうすぐ中学生なんだなって思っただけ」

「うちの学校だと七年生になるだけだから、あんまり何かが変わる感じしないけどな」

「う~ん。確かにそれはそうかも」

 そんな話しをしながら歩いていくと、目の前に一人の女性が見えた。

 女性はサングラスをかけて、白杖をついていた。

 女性は困ったように同じ場所を行ったり来たりしたり、その場でクルクル回ったりしている。

 そして、小石につまづいてこけた。

 すかさずセリカが駆け寄り、サナもそれに続く。

「大丈夫ですか?」

 セリカが声をかけると、女性は困ったように顔を右へ左へ動かす。

「ごめんなさい。私、目が見えなくて」

「あ、えっと、通りすがりの中学生と小学生です。立てますか? 体、支えてもいいですか?」

 セリカは優しく声をかけながら女性を立たせる。

 女性の腕には擦り傷ができ、血が滲んでいた。

「サナちゃん」

「うん」

 サナはうなずくと、自分の指先をなめ、唾を女性の患部に塗った。

 すると、傷はみるみる癒えていった。

「あ、あれ? 痛くなくなった」

 女性は不思議そう。

「あの、道に迷ってたんですか?」

 セリカが尋ねる。

「うん。旦那と一緒に買い物に来て、お店から駐車場の車に戻る途中にはぐれちゃって」

 女性がそう言った途端、慌てた様子で一人の男性が駆け寄ってきた。

 男性は手にパンパンのレジ袋を持っていて、日用品、そしてキャットフードが透けて見える。

「ハルカ! 大丈夫か?」

 どうやら女性の名前は『ハルカ』らしい。

「うん、大丈夫だよ、ケンショウ。この子たちに助けてもらったの」

 ハルカはそう言う。男性の名前は『ケンショウ』というようだ。

「そっか。本当にありがとう」

「じゃあ、そろそろ行くね」

 ハルカとケンショウは駐車場の車にむかって歩いていく。

「ね、ちゃんとミーのご飯買った? 前買い忘れたでしょ?」

「大丈夫。ちゃんと買ったよ」

 二人はそんな会話をしながら、車に乗り込み、走り去っていった。

「あっ!」

 セリカが声を上げた。

「どうした?」

 サナが尋ねると、セリカは地面に落ちていたそれを拾い上げた。

 ペンダントだ。

 金属の鎖の先に、小さな透明のカプセルがぶら下がっている。

 カプセルの中には、灰色の毛が入れられていた。

「さっきのヒトが落としたのかな?」

 もう車は完全に見えなくなっていた。

「どうしよう」

 困った様子のセリカ。

「ちょっと貸して」

 サナはペンダントを受け取ると、カプセルの蓋を開け、匂いを嗅いでみた。

「猫だ」

 サナはそう言うと、毛が飛ばされないように気をつけながら蓋を閉めた。

「それ、なんとか返してあげられないかな?」

 セリカが言った。

「大丈夫だ、セリカ。なんとかしてみる」


 セリカと別れたサナは、家に帰らずある一軒の飲食店にやってきた。

 店の建物はかなり年期が入っており、入り口は固く閉ざされている。ヒトの気配は感じない。

 木製の看板には、かろうじて読めるくらい擦れた文字で『和食処 若櫻』と書かれていた。

 サナはスカートのポケットから鍵を取り出すと、扉を開けた。


 カラン。


 扉に取り付けたベルが鳴る。

「あ、おかえり」

 店の中にはテーブル席とカウンター席があり、カウンターの内側は厨房だ。

 その厨房には、中学生くらいの少女がいた。

 少女の左頬には大きな火傷の痕があり、左目は微かに白く濁っていた。

 彼女の名前はコン。

 サナに気付くと、コンは柔らかい笑みを浮かべた。

「ただいま、コン」

 サナも笑みを返し、いつものカウンター席に座ろうとしたが、先客がいた。

 猫。

 灰色と黒のまだら尻尾。

 猫。

 黒い三角耳。

 猫。

 クリクリと動く金色の瞳。

 猫。

 ワインレッドの首輪に金色の鈴。

 一匹のネコが、椅子の上にちょこんと座っていた。

「こんにちは、キツネさん」

 ネコは鈴を転がすような声で言う。

 首輪の鈴も、ネコの動きに合わせてリンリンと鳴いた。

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