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コンと狐と  作者: 千曲春生
幕間
146/222

ぶすの話

 お稲荷さんの神といえばウカノミタマが有名だが、稲荷大社にはウカ以外にも四柱の神が祀られている。

 大社の奥。結界で隔離された空間。

 十六畳の和室に、二柱の神がいた。

 片方はギャル系ファッションの女子高生にしか見えないが、彼女こそ前述のウカノミタマノカミ――ウカなのである。

 そして、もう一柱はまるで天狗のような外見をしている。こちらはサルタヒコ。道の神や導きの神と呼ばれている。

 二柱の神は畳の上で思い思いにくつろいでいた。

 そこにもう一柱、神がやってくる。

 それは、若い巫女のような出で立ちだった。

 オオミヤノメノオオカミ。美しい言葉で人々の間を取り持つといわれる神である。

 彼女は両手で抱えるように、紐で蓋が止められた桐箱を持っていた。

「あ、オオミヤちゃん。どうしたの?」

 ウカが尋ねる。

「はい。実はですね」

 オオミヤノメは丁寧に桐箱をちゃぶ台に置く。

 そのときだ。

 縁側から足音がして、一人の化けギツネがやって来た。

「あの、神様どなたかお手伝いいただけないでしょうか?」

 キツネは部屋にいた三柱の神を順に見ると、

「オオミヤノメノオオカミ様、少しお手伝いいただけないでしょうか?」

「はい、いいですよ。すぐに行きますので先に戻っていてください」

 キツネは速足で部屋を出ていった。

「ちょっと行ってきます」

 オオミヤノメは部屋を出ようとして、足を止めた。

「その箱、決して開けないでくださいね」

 すると、ウカは首を傾げた。

「なにが入ってるの?」

 オオミヤノメは目を泳がせる。

「え、えっと、そう。附子(ぶす)附子(ぶす)です。臭いを嗅ぐだけで死んでしまうほどの猛毒で、処分を頼まれてしまって」

 すると、今度はサルタヒコが口を開く。

「そんなものを平然と持ってきて、オオミヤノメよ、お主は平気なのか?」

「え、あ、はい。呪文があって、それを唱えておくと平気なんです。あ、でも、とっても難しい呪文なので、言霊の扱いに秀でた私でないと、使えない呪文なので」

「ほー。そういうものなのか」

「そ、そういうものなんです。と、とにかく、危ないですから絶対に近付かないでくださいな。臭いを嗅ぐだけで死んじゃいますからね」

 オオミヤノメはそう言いうと、足早に部屋を出ていった。

 残されたのは、二柱の神、そして附子(ぶす)が入ってるらしい桐箱。

 縁側からそよ風が入ってくる。

 ウカは座る位置を変えた。

「ウカ殿よ。どうしたのだ?」

 それを見たサルタヒコが尋ねる。

「私、風下だった」

 ウカがこたえると、サルタヒコはうなずいた。

「確かに。臭いを嗅ぐだけで死に至るというからな。気をつけねば」

「まったく。オオミヤちゃんったら、面倒なものを持ち込んで」


 部屋の隅っこ。

 ウカとサルタヒコは出来るだけ桐箱から距離をとり座る。

 広い部屋なのに狭い。

「ときにウカ殿よ。お主は附子(ぶす)というものを見たことがあるか?」

 サルタヒコが尋ねる。

「ううん。今日はじめて知った」

「ワシもだ」

 お互いに顔を見合わせる。

「本当に毒なのかな?」

 ウカが言った。

「オオミヤノメが、嘘をついていると?」

「うん。だってここ、なんだかんだいってただの神社よ。臭うだけで死んじゃう猛毒が持ち込まれるなんておかしいし、仮に持ち込まれたとしても、オオミヤちゃんの対応がおかしい。彼女なら真っ先に参拝者を避難させるはずよ」

「うむ。言われてみれば確かに」

 サルタヒコは不思議そうな表情を浮かべる。それを見て、ウカは提案した。

「ねえ。臭いを嗅ぐだけで死ぬ猛毒、見てみない?」

「いやいやいや。なにを言っているのだ、ウカ殿。もし、オオミヤノメが(まこと)を申しておれば、我ら二柱、死んでしまうぞ。なにやら事情があるだけかもしれぬではないか」

 ウカは少し考えて、

「私にいい考えがある。サルタヒコさん。団扇持ってる」

 と言った。

「あるにはあるが何をするのだ」

 サルタヒコは(ふところ)から羽団扇を取り出す。ウカもポケットから扇子を取り出し、広げる。

「扇で風をおこしながらなら近付き、中を見てみよう」

「そうは言っても、やはり賛成できぬぞ」

「大丈夫、大丈夫」

「しかし……」

「さあさあ。頑張って扇いで、扇いで」

「仕方ない。では、扇ぐぞ」

 二柱はそれぞれ扇子と団扇で桐箱を扇ぎながら、近付いていく。

「扇いで、扇いで」

「扇ぐぞ、扇ぐぞ」

「扇いで、扇いで」

「扇ぐぞ、扇ぐぞ」

「扇いで、扇いで」

「扇ぐぞ、扇ぐぞ」

「そりゃっ」

 ウカは桐箱の蓋を止める紐をほどく。

 そして、すぐさま二柱とも桐箱から離れる。

「紐をほどいた」

 ウカが言う。

「我ら、死んでいないな」

 サルタヒコが安心したように言った。

「まだ、紐をほどいただけだからね。サルタヒコさん、また扇いで」

「心得た」

 ウカとサルタヒコは再び風をおこし、桐箱に近付く。

「扇いで、扇いで」

「扇ぐぞ、扇ぐぞ」

「扇いで、扇いで」

「扇ぐぞ、扇ぐぞ」

「扇いで、扇いで」

「扇ぐぞ、扇ぐぞ」

「そりゃっ!」

 ウカは蓋を開けた。

 そして、すぐさま二柱とも桐箱から離れる。

「蓋を開けた」

 ウカが言う。

「我ら、死んでいないな」

 サルタヒコが安心したように言った。

 二柱は背伸びをして桐箱の中を見ようとするが、上手く見えない。

「見えないね」

「見えないな」

 二柱は顔を見合わせると、桐箱を扇ぎながら、三度近付いていく。

「扇いで、扇いで」

「扇ぐぞ、扇ぐぞ」

 桐箱をのぞくと、そこには茶色く丸いものがいくつもズラリと並んでいた。

 その見た目は、和菓子のみかさである。

「これが、附子(ぶす)

「いや、どう見てもみかさでしょ。一個だけ食べちゃお」

 ウカはみかさに手を伸ばす。

「待て、ウカ殿」

 その手を、サルタヒコが掴んで制止した。

「見た目が菓子に似ているだけかもしれん。毒であれば死んでしまうぞ」

「沢山あるんだから、一個ぐらい食べちゃってもバレないって」

 ウカはサルタヒコの手を振りほどくと、みかさを一個手に取り、かじりつく。

「んー!」

 そして、声を上げる。

「やはり毒であったか! ウカ殿、死ぬでない!」

 慌てるサルタヒコ。

 しかし、ウカは口の中のきかさを飲み込み、満天の笑みを浮かべた。

「やっぱりみかさだ。みかさだけど、美味しい。すっごい美味しいよ」

 ウカはあっと言う間に一個のきかさを食べきった。

「サルタヒコさんも食べてみなよ。マジでヤバい」

「そ、そうなのか? ウカ殿がそこまで言うのなら……」

 サルタヒコも、恐る恐る一個手に取り、食べる。

「な、なんと。これほどのみかさが世にあったとは」

 その素晴らしい味に、目を丸くした。

「も、もう一個だけ」

 ウカがみかさに手を伸ばす。

「ワシも、もう一個だけ」

 サルタヒコもみかさに手を伸ばす。

 二柱はバクバクと食べていき、そして……。


「どうしよ……やばたにえん……とか言ってる場合じゃないくらいヤバい」

 ウカはつぶやく。

 二柱の神の前に置かれた桐箱。その中身は空になっていた。あんこの一欠片すら残っていない。

「オオミヤノメは甘いものが大好きだからな、このみかさを楽しみにしておるはず。附子(ぶす)だのと嘘をいったのも、我らに食べられぬようにする為だったのだな」

 サルタヒコも、赤い顔を青くしている。

「でも、つい全部たべちゃった。怒る。絶対怒る」

 ウカの言葉に、サルタヒコもうなずく。

「ああ。間違いなく激怒する」

「なんとか、誤魔化さないと」

 ウカは彼女にしては珍しく、真剣に深く考え込む。

「そうだ! サルタヒコさん。ちょっと待ってて。必ず戻るから」

 ウカは部屋を飛び出していく。

「おお、ウカ殿。なにか思いついたのか。頼む」


 ウカはすぐに戻ってきた。

 その手には、二つのプリンの容器が握られていた。未開封で、中身が入っている。

「冷蔵庫からとってきた。サルタヒコさん、これ食べて」

 ウカはプリンの一つをサルタヒコに渡す。

「こ、これはオオミヤノメのプリンではないか」

 プリンの容器には大きく『大宮能売』と書かれている。達筆である。

「これをも食べてしまったら、火に油を注ぐことになるぞ」

「大丈夫、私を信じて」

「……わかった」

 ウカとサルタヒコは、オオミヤノメのプリンを一つずつ食べた。

「後は、オオミヤちゃんが戻ってきたら泣くフリをして、私に話しを合わせて」

「心得た」


 オオミヤノメが戻ってくると、ウカとサルタヒコは部屋の真ん中でうずくまり、おいおい泣いていた。

「戻りましたー、って、お二方ともどうしたんですか?」

 するとウカが頭を伏せたまま言う。

「ごめんなさい。冷蔵庫にあったオオミヤちゃんのプリン、名前書いてあるって気が付かなくて、食べちゃったの」

 サルタヒコも続く。

「本当に申し訳ない」

 オオミヤノメは、空になったプリンの容器に気付いた。

「まったく、それだけ大きく名前を書いてあったのに、何回目ですか」

 徐々にオオミヤノメの表情が険しくなる。

「それね、今回は本当に申し訳ないと思って、もうこれは死んで詫びるしかないと思ったわけ。ねっ」

 ウカはチラリとサルタヒコを見た。

「あ、ああ。そうだ。プリンを食べてしまった我らの過ち、命でもって償うほかない」

 ウカは話を続ける。

「それで、附子(ぶす)を食べたんだけど、一口食べても、二口食べても、死ねず、とうとう全部食べたのだけど、私たち二柱、尋常ではないくらい体が丈夫なようで」

 オオミヤノメは桐箱に目をむける。中身は空。丁寧に中を洗ったかのように、綺麗に空っぽだ。

「あなた方、あれまで……」

 オオミヤノメはウカの前にしゃがみ、笑みを浮かべた。

「あれは附子(ぶす)などという毒ではなく、お供え物で頂いた、とても上等なみかさなんです。皆で分け合っていただこうと思ったのですが、その辺りにポンと置いておくと、あなた方に食べつくされてしまうと思って、思わず嘘をついてしまいました」

「オオミヤちゃん……」

「だから、大丈夫。ウカ様も、サルタヒコ様も、死にはしませんよ。死して償うなどとおっしゃらず、どうか、生きて償ってください」

「オオミヤちゃん?」

 オオミヤノメの表情から、笑顔が消えた。

附子(ぶす)ではなくみかさだとわかって、全部食べてしまったでしょう。自害しようとしたなどと嘘を言ってごまかそうとしたって、全部お見通しですからね。今日という今日は許しませんよ!」

 ウカは「ヤベっ!」と言って、素早く立ち上がると部屋を飛び出した。サルタヒコもそれに続く。

「お待ちなさーい」

 オオミヤノメはすかさず追いかける。

「許して」

「許しません」

「許してくれ」

「許しません」

 大社の奥。

 結界で隔離された空間は、今日も賑やかだった。


 二時間後。

 大社の大鳥居の根元。

 ある一人の巫女が箒で落ち葉を集めていた。

 ふと顔を上げると、ウカと、人間に化けたサルタヒコがトボトボと歩いてくるのが見えた。どこかに出かけるようである。

「あ、ウカノミタマノカミ様、サルタヒコノミコトノカミ様、お出かけですか?」

 巫女は声をかける。

「あ、うん。ちょっとお詫びのお菓子を買いに」

 ウカが気まずそうにこたえた。

「菓子折りですか? それでしたら、私が買いに行ってまいりますよ」

 巫女はそう言うが、ウカはヒラヒラと手を横に振った。

「いいの、いいの。お使いに行ってもらったのバレたら、また怒られちゃうから」

「はぁ」

 怪訝そうな表情を浮かべる巫女を横目に、ウカとサルタヒコは背中を丸めて歩いていった。

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