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コンと狐と  作者: 千曲春生
コンと狐とサナのワクワク修学旅行
144/222

未来を夢見る話

 深夜。

 サナは体を揺り動かされて、目を覚ました。

 一瞬、ここはどこだろうと考えたが、すぐに思い出した。

 今日、かつて居候していたラクの家でパジャマパーティーをしていたのだ。

 一部屋に五人はせまいから、ラクの部屋と旧サナの部屋に分かれて眠る予定だったのに、気が付けば全員ラクの部屋でカーペットの上に雑魚寝している。

 サナを揺り動かし、おこしたのはキョウコだった。

「ママ……トイレ」

 キョウコは寝ぼけた様子でそう言ってから、すぐにハッとした。

「ご、ごめん。寝てて」

 だが、サナも起き上がった。

「しょうがないなァ。連れてってやるよ」


「ほ、本当に一人で大丈夫やから」

 赤面するキョウコの手を引き、サナは廊下を歩いていく。

「ほら、そんなこと言ってたら、()()漏らすぞ」

 階段を降りながら、サナは言った。

「さ、最近()大丈夫やもん!」

 キョウコは赤面しながら言い返した。


 キョウコはトイレに入ると、ドアを閉め、鍵をかけた。

 しばらくガサゴソと音がしていたが、

「ねえ、サナちゃん」

 扉を少し開けて、顔だけ出す。

「サナちゃんって、おキツネさんだよね。人間よりずっと耳もいいんだよね」

「ああ。そうだが、それがどうした?」

「お手洗いの音、聞こえてるん?」

 沈黙が流れる。

「聞こえないフリしてやってんだよ。さっさとすませろ」

 サナはキョウコの頭を押し込み、ドアを閉めた。

「お喋りしててええ?」

 キョウコは中からそう言い、小声で「音聞こえたら恥ずかしいし」と付け加えた。

「なんだよ」

「アカリちゃんも、リンコちゃんも、とってもいいヒトやね」

「ああ。そうだな」

「どんどん、私の知らないサナちゃんが増えていくんやね。私が、そのきっかけをつくってしまったのは、私やけど」

「キョウコ」

 サナはトイレのドアに背中をくっつけ、もたれかかる。

「キョウコはさ、私の家、見たことないだろ? ここじゃなくて、若桜(わかさ)の方の家」

「……うん」

「冬休みになったら、遊びに来いよ。凄いんだぞ。雪がこーんなに積もってさ、きっとキョウコが見たことないような景色だと思う。私の家さ、凄く古いんだけど、何回かリフォームしてるから、たまにしか雨漏りしないぞ」

「たまにはするんや」

 キョウコの笑い声が聞こえた。

「それからな、お店もあるんだぞ。コンの料理は凄いんだ。本当においしくて」

「うん」

「一番近くのコンビニまで自転車で三十分かかるし、列車もバスも、一時間に一本歩かないかだけど、とってもいいところだから」

 サナは一度、深呼吸した。

「キョウコ。お前の知らない私はたくさんあるし、逆に私の知らないお前もいっぱいいると思う。これからもっと増えていくと思う。だからさ、手紙を送り合って、長い休みには会ってさ、お互いの知らないところを交換しないか?」

 サナはニッと笑った。

「きっとさ、それも楽しいぞ」

「……うん」

 水を流す音がして、キョウコは出てきた。


 次の日。

 朝から先生が迎えに来たのは、学校に行くラクとキョウコを見送った直後だった。

「伯母さん、ありがとう」

 サナはラクの母に頭を下げる。

「うん。残りの修学旅行、楽しんどいで。また、いつ帰ってきてもええからね」

「うんっ!」

 それから、アカリとリンコもお礼を言い、頭を下げた。


 京都駅で他のクラスメイトたちと合流し、しおりの行程に復帰した。

「ホテルのご飯、美味しかったよ」

 クラスメイトの一人がそう話しかける。

「こっちもこっちで、楽しかったよ」

 アカリはそう返した。


 それから、観光バスで市内の観光地を巡り、お土産を買った。

 そして。

 サナ達は京都駅の特急列車が発着するホームにいた。

 電光掲示板には、鳥取県、倉吉駅へむかう特急列車『スーパーはくと号』の表示が出ている。

 ほどなくして、アナウンスが流れ、その特急列車が現れた。


 列車の椅子を回してむかい合わせ。サナ、アカリ、リンコの三人が座る。

 旅行会社のヒトがお昼ご飯のお弁当を配ってくれた。

「アカリ、大丈夫か? 乗り物酔い」

 サナはそう言ってから、赤ウインナーを口に入れた。

「うん。大丈夫。もう緊張してないから」

 アカリは卵焼きを頬張った。

 京都を離れた列車は大阪、神戸のビル群の中を抜けていく。

 サナ達はお弁当を食べ終わると、トランプをしたり、しりとりをして過ごしたが、都市部を抜けて山岳地帯に差し掛かる頃には、会話がなくなっていた。

 気が付くと、アカリとリンコは眠っていた。

 サナも、大きなあくびをすると、目をつむった。

 カタン。コトン。

 小気味よい列車の音だけが聞こえる。サナは夢の世界へと落ちていった。


 カタン。コトン。

  カタン。コトン。


「…ちゃん。サナちゃん」

 誰かに体を揺り動かされ、サナは目を開いた。

 今しがた、鳥取駅を発車した普通列車の車内は通学の学生でごった返している。

 サナも座席に座らず、つり革を握って立っていた。

 列車が建物の影に入ると、窓ガラスが鏡のようにサナを映す。十六歳。高校二年生のサナの姿を。

「サナちゃん、大丈夫? なんかぼんやりしてたけど」

 サナの横に立っている少女――キョウコは心配そうな表情を浮かべる。

 彼女もまた、高校生となっていた。

「ああ。大丈夫だ。ちょっと寝てただけ」

「立ったまま? 器用やね」

「そんなくらい眠いんだよ」

「また徹夜で漫画描いてたん? お肌荒れちゃうで」

 キョウコは呆れたように言った。

 キョウコは中学を卒業後、鳥取県内の農業高校に進学し、畜産について学んでいる。

 寮のある学校で、一年生の頃はキョウコもその寮に入っていたのだが、二年生になってから入寮希望者が増え、部屋が足りなくなったのでキョウコはサナの家に引っ越すことになったのだ。

 毎朝こうして一緒に通学している。


 サナの学校の最寄り駅に到着した。

「じゃあ、また夜に」

「うん」

 ホームに降り立ったサナは、車内のキョウコに手を振った。キョウコも降り返す。


 学校に着いたサナは、授業中あくびを繰り返してはうつらうつらと船を漕ぎ、三回くらい先生に怒られた。

 そして放課後。

 サナは漫画研究会の部室へ行った。

 かび臭く、大量のポーズ集や漫画原稿が積み上げられた部室。

「おっすー」

 サナが軽い調子で挨拶すると、部長と、二人の部員の視線が一斉に集まる。

「お、来たな、モテ女」

 部員Aが言った。

「モテ女?」

 サナは首を傾げる。

「ほれ、また来てるよ」

 部員Aが手渡したのは、入部届だった。部活名の欄には『陸上部』と書かれており、名前の欄は『長尾咲花』と書かれている。

 そして、極めつけに『長尾さん、陸上部に入らない? みんな待ってるよ。by陸上部部長』と余白に書き添えられていた。ちなみに、字はかなり汚い。

 サナはためらう様子を全く見せないで、その入部届を真っ二つに破り、クシャクシャに丸める。

「あーもう! なんでこんなにしつこく勧誘してくるんだ! 陸上部!」

 サナは叫ぶ。

「でも実際、サナ先輩なら、陸上部に限らず、どこの運動部でもでもやってけると思いますよ。めっちゃ運動神経いいじゃないですか」

 部員Bが言った。

「やだよ。運動部に入ったら、夏休みとか冬休みが練習とか試合で潰れちゃうだろ。私はヒマな部がいいんだ」

 その瞬間、部長がサナの頭にチョップした。

「悪かったな。ヒマな部活で。お望みなら、運動部も裸足で逃げ出すようなキッツーい部活にしてもいいだよ。トーン貼り一日百コマ、千本ベタ塗」

 サナは涙目になりながら頭を押さえる。

「ごめんなさい~」

 そこで、Bが口を開いた。

「でも、サナ先輩ってゴールデンウィークとか、夏休みとか、忙しそうですけど、なにやってるんですか?」

 瞬間、AがBの口を塞ぎ、小声で言った。

「バ、バカ。そんなの男に決まってるでしょ」

「へ? サナ先輩ってカレシいるんですか?」

「去年の卒業生の徳田先輩。サナちゃんって、その先輩のこと追いかけてこの学校に入ったんだよ」

「なんか意外ですね。サナ先輩って恋愛とは程遠いところにいそうな感じなのに」

「もうね、凄かったんだよ。お互いに甘々のデレデレで。見てるこっちが恥ずかしくなっちゃう」

 そこでサナが口を開く。

「おい。全部聞こえてるぞ。私がアイツと同じ学校に進学したのは偶然だし、学校で会っても普通に話してただけだ。話を盛るな、話を」

「で、夏休みとか冬休みに用事を入れたくない理由は」

 部長が尋ねる。

「実は……」


 帰りの列車に乗り込むと、そこにキョウコがいた。

「あれ? 帰りに一緒になるって珍しいな」

「そうやね。大概一本ズレるもんな」

 サナとキョウコは互いに笑い合う。

「なあ、サナちゃん。LINE見た?」

 サナは知っている。キョウコがそう言うときは、尋ねているのではなく見てほしいと頼んでいるのだ。

 スカートのポケットからスマートフォンを取り出すと、メッセージが来ていた。

 グループLINE。メンバーはキョウコ、ラク、アカリそしてサナ。

 中学を卒業した後、サナの元へとキョウコがやってきた。

 一方で、別れもあった。

 リンコが東京の進学校へと進学したのだ。

『ねー、ねー。冬休み、みんなで会おうよ』

 リンコがそんなことを書き込んだ。

『もう冬休みの話しかよ。気が早すぎるぞ』

 そう書き込んだのはサナ。

『でも、確かに集まりたいな』

 ラクだ。

『じゃあ、クリスマスくらいにサナの家に集まろう。クリスマスパーティーしよう』

 アカリが書き込んだ瞬間、キョウコすかさず書き込む。

『今、サナちゃんと一緒にいるんだけど、サナちゃん()で大丈夫だって』

「お、おい。キョウコ。私は何も言ってないぞ」

 サナは言った。LINEの書き込みではなく、直接すぐ横にいるキョウコに。

「えー。いいやん」

「まあ、その頃になったらお母さんに訊いてみるよ」

 サナはそう言って、目を閉じた。

 小気味よい列車の音だけが聞こえる。


 カタン。コトン。

  カタン。コトン。


「……ちゃん。サナちゃん」

 体を揺り動かされて、サナは目を覚ました。

 京都を発車しておおよそ三時間。

 特急列車は田園風景の中を駆け抜ける。

 サナをおこしたのは、リンコだ。

 リンコも、その横に座るアカリも、そしてサナも、みんな十一歳か十二歳。小学六年生だ。

 サナは、自分が高校生になった夢を見ていた。

「サナ、にやけてたよ。何か楽しい夢でも見てた?」

 アカリが尋ねる。

 サナは少し考えて、こう尋ねた。

「二人とも、予知夢って知ってるか?」

「あれだよね。将来、現実になることを夢で見るヤツ」

 リンコが答える。

 サナは口からたれた唾を、指先で拭う。

「あんな未来が、現実になると嬉しいなって思った。そんな夢だった」

 列車は間もなく郡家(こおげ)駅に到着する。

 ここで若桜(わかさ)鉄道に乗り換えると、サナ達の家がある若桜町だ。

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