修学旅行の夜に恋バナをした話
前回までのあらすじ
修学旅行で京都にやってきたサナ、アカリ、リンコの三人。
そこで偶然出会ったのは、かつてサナが京都で暮らしていた頃の親友、ラクとキョウコだった。
互いに親睦を深め合う面々。
そのとき、リンコのスマートフォンに着信があった。
リンコのポケットでスマートフォンが震えた。
画面を見てみると、先生からの電話だった。
「はい。亀井です」
リンコは電話で何かを聞くなり、顔色が変わった。
「サナちゃん、アカリちゃん、大変だよ!」
それから数言やりとりし、電話を切った。
「どうしたんだ?」
サナが尋ねる。
「あのね、あのね。先生からの電話だったんだけど、私たちが泊まるはずのホテルの部屋、スプリンクラーが誤作動して、水浸しになっちゃったんだって」
「どうするの? それ」
言ったのはアカリだ。
「とりあえず、先生、ここに来るから待ってて、って」
アカリはスマートフォンをポケットに片付ける。
「ホテルのことなら、先生が来たところでどうにもならんだろ」
サナは小さくつぶやくが。
「サナ、口悪いで」
ラクにたしなめられた。
先生はすぐにやって来た。旅行会社のヒトも一緒だ。
そして、先ほどの電話での話をもう一度繰り返した。
ホテルのサナ達が泊まる予定だった部屋がスプリンクラーの誤作動で水浸しになったこと。
ホテルには他に空き部屋が無く、近隣のホテルも満室ばかりで手配できないらしい。
「ほな、私の家に泊まったら?」
軽い調子でそう言ったのは、横で話を聞いていたラクだった。
「えっと、あなたは……」
先生が尋ねる。
「秦守ラクです。サナが京都にいたとき、一緒に暮してました。まあ、サナの親戚みたいなもんです」
ラクが言うと、サナのまぶたがピクリと動いた。
「長尾さん、それ本当?」
先生がサナに尋ねる。
「え、あ、はい。本当です」
それから先生は、旅行会社のヒトを見る。
「他に方法は、なさそうですね」
それから先生は、サナ、アカリ、リンコの三人の家にそれぞれ電話をかけました。
各家の両親、快諾した。
サナの家に至っては、ラクの母親からすでに連絡を受けた後だった。
一旦、着替えをとりに帰るというキョウコと別れて、サナ達はラクの家へとやって来た。
先生は何度も、丁重にラクの母にお礼を言った。
「いえいえ。ええですよ~」
母はのんびりとした口調で言った後、子供達に目をむけた。
「おかえり。ラク、サナ」
「ただいま。ママ」
「た、ただいま」
いつもの通りという感じのラクに対して、サナは少し恥ずかしそうだった。
「それから、いらっしゃい。アカリちゃん、リンコちゃん」
「お世話になります」
アカリとリンコは、深々と頭を下げた。
家に入ると、ラクが言う。
「荷物は、サナの部屋に置いていいやろ?」
「うん。アカリ、リンコ、案内するよ」
サナは階段を上りはじめた。
「お菓子があるから、荷物置いたら降りておいで」
背中から、母の声がした。
サナが若桜町に帰るときに持って帰らなかった私物が置かれている。
勉強机や、漫画の単行本。そして、スケッチブックと漫画原稿。
「ねえ、サナちゃん。これ、見てもいい?」
リンコがスケッチブックを指差し、尋ねる。
「ん? まあいいけど、下手だぞ」
リンコは頁をめくっていく。
「えー、サナちゃん、とっても上手だよ。凄い!」
「うん、うん。凄いよ。上手」
アカリもスケッチブックを覗き込み言った。
リンコは頁をめくっていく。
「でも、描いているの、ラクちゃんとキョウコちゃんばっかり」
「その頃、仲良かったのがその二人だから、よくモデルになってもらってたんだ」
「まだまだ、私の知らないサナちゃんがいるんだね」
リンコは一頁めくる。
すると現れたのは、ニワトリの絵だった。
「ニワトリさん?」
「うん。ピィちゃん。昔、学校にいたニワトリ」
「そっか」
リンコは丁寧な手つきでスケッチブックを閉じ、サナに返した。
リビングに集まる。
「ごめんなぁ。せっかくの修学旅行やのに、こんなんしか用意できひんで」
母はそう言いながら、近所のお店で売っているどら焼きを出してくれた。
「なあ、ラク。この前、電話してきたけど、あれなんだったんだ?」
サナはどら焼きを食べながら尋ねる。
「ああ。あれな。サナが京都来るんやったら、ちょっとだけ会えへんかなって思って」
ラクはそう言ってから、目を逸らす。
「別に用事はなかったんやけど、近くまで来るんやったら、顔ぐらい見たいなって」
「なんかあの電話のとき、バタバタしてて大変そうだったけど、大丈夫か?」
「今さ、学童で低学年の子たちの面倒見てるんだけど、ホントにヤンチャで」
ラクは大きなため息をついた。
「そりゃ大変だったな」
サナはどら焼きを頬張り、口の周りにあんこがついている。ラクはすかさずティッシュを手に取り、サナの口を拭いた。
「二人って、一緒に暮してたときからそんな感じなの?」
アカリが尋ねる。
「そんな感じって、なにが?」
サナとラクはぴったり同時に首を傾げた。
「え、あ、うん。よくわかった」
アカリは苦笑しながら言った。
それから、しばらくして、キョウコもやって来た。
夕食を食べた後、お風呂に入る。
さすがに五人で入れるほど広くはないので、じゃんけんのグーとパーを出すやつで二グループに分かれた。
サナ、ラクの二人と、アカリ、リンコ、キョウコの三人。
サナが体を洗い、ラクは浴槽につかる。
「なあ、ラク」
サナは体を洗いながら口を開く。
「なに?」
「私たち、ずっと友達同士だと思ってた」
「うん」
「でも、本当は従姉妹同士だったんだな」
サナの脳裏に浮かぶのは、夏休みの出来事。
突如、サナの前に現れたサクという女性。
彼女こそ、サナの生みの親なのだという。
サナがずっと母親だと思っていた女性は、血縁上では伯母にあたる人物だった。
紆余曲折経て、結局皆で仲良く暮らすことにはなったものの、サナには一つ気になることがあった。
サクの苗字が『秦守』だということだ。
それは、今、目の前にいるラクと同じ苗字。
「知ってた」
ラクはあっけらかんとした口調で言う。
「へ?」
「サクさんのこと、二年くらい前から聞いて知ってたんや。口止めされてたけど」
ラクは浴槽の中で、大きくのびをする。
「サナが来るんやったら会いたい思ったんも、それなんや。サナ、落ち込んでへんか心配やったから、顔見たいなって。元気そうでよかった」
「そっか……ありがと」
「私たちが、友達でも、従姉妹でも、姉妹でも、なにも変わらんやろ? サナって昔からよくわかんないコトに引っかかるんやから」
ラクは浴槽からお湯を飛ばし、見事、サナの顔に命中。
「キャワンッ!」
風呂場に、サナの悲鳴が響いた。
全員が入浴を終えるとラクの部屋に集まった。パジャマパーティーだ。
壁際に大きなスチールラックがあり、ロボットアニメに登場する合体ロボのフィギュアが飾られている。
みんなでゲームをして、ユーチューブを見て、お菓子を食べて、ジュースを飲んで、みんなでワイワイと、たわいもない話しをした。
そして、あっという間に夜は深けていく。
「あれ? サナちゃん?」
リンコが気が付いた。
サナは、いつの間にかカーペットに丸まり、寝息を立てていた。
そして、その頭からは三角形のキツネの耳が生えている。さらに、パジャマのズボンは少しすり下がり、ちらりと見えるお尻から、尻尾が生えている。
「もう。気を抜きすぎやで。はしたない」
ラクがため息をつく。
「やっぱり、サナってキツネだったんだね」
アカリは微笑みを浮かべる。
「アカリちゃんたち、気付いてたの?」
キョウコが驚いたふうに言った。
「うん。確信はなかったけど、薄々は」
アカリがこたえる。
「フワフワの耳、可愛いね」
リンコがサナの耳を引っ張ると、サナはくすぐったそうにピクピクと動かした。
「こらこら。気持ちよさそうだし、寝かしといてあげなよ」
アカリにたしなめられ、リンコは耳から手を離した。
「あの……二人共」
そこで決心したように、キョウコが口を開く。
「あの、二人共、サナちゃんがおキツネさんでも、恐がらずに仲良くしてあげて……ほしいな」
アカリとリンコは顔を見合わせ、うなずいた。
ラクは優しい手つきでサナの頭をなでた。
「色々あったけど、いい友達に恵まれてんな。楽しそうでよかった」
そこで、リンコが言った。
「そういえばサナちゃん、最近彼氏できたんだよ」
部屋がシン、と静まり返る。
ラクはおもむろにサナの胸ぐらを掴むと、ガクガクと激しく前後に揺らす。
「アンタが彼氏って、どういうことや! 寝とる場合ちゃうやろ! ちゃんと説明せんかいっ!」
すると、サナはゆっくりと目を開く。それに合わせて、耳と尻尾は消えていった。
「なんだよ、ラク。まだ学校には遅れないだろ?」
サナは寝ぼけているようだ。
数分後。
「で、どういうことなん?」
部屋の真ん中に正座する……させられるサナ。
腕組みして、サナを見下ろすラク。
「で、彼氏ってどういうこと?」
「か、彼氏って、ショウタはそんなんじゃ……」
「じゃあ、どんなんなん?」
「いや、一回ラブレターもらって、そのときは、ごめんなさい、ってしたんだけど、その後、私が腕を怪我したときに荷物を家まで持ってくれて、そっからなんか仲良くなって、何回か一緒に遊びに行った、それだけだぞ」
「十分や!」
ラクはその場にへたり込む。
「私と、キョウコと、サナと……。サナだけは、サナだけは、恋愛だの彼氏だのから一番遠いと思ってたのに。私だって、私だって……」
カーペットに、ラクの涙が落ち、染みになる。
「キョウコちゃんはどうなの?」
サナとラクのやりとりを冷静に見ていたリンコが尋ねる。
「え、えっと、素直に言ったら、ラクちゃんの心が折れちゃうから、ノーコメントって、ことで……」
キョウコは気まずそうに、小さな声で言った。
「それって、こたえやんかー!」
ラクの叫び声が響いた。
「ちょ、ちょっといいかなって思うヒトがいるだけで……」