鳥居の迷路の話 後編
前回までのあらすじ。
修学旅行で京都にやって来たサナ、アカリ、リンコの三人。
班行動で稲荷大社を見て回るが、その最中、リンコがはぐれてしまった。
サナとアカリは広い稲荷大社の中を歩き回る。
「駄目だ。見つからない」
開けた場所。祠の前でサナは言った。
「どうしよう……サナ」
アカリは額に滲んだ汗を拭う。
サナは少し考えて。
「スマホ持ってるのも、リンコだけだし。とりあえず、社務所で電話借りて、先生に連絡しよう」
と、言った。
社務所にやってくると、そこにいた神主さんに話しかける。
「あの、すみません」
「ああ。これはこれはサナ様。お久しぶりです。こちらにいらしていたんですね」
神主さんは丁寧にお辞儀をしたので、サナも会釈する。
「様?」
アカリは首をかしげる。
「それで、どうされました?」
神主さんは尋ねる。
「ちょっと電話を借りたくて」
「はい。いいですよ」
神主さんがサナとアカリを社務所に入れようとしたとき。
「電話なら、これ使う?」
突然、横からスマートフォンが差し出された。
視線をむけると、小柄な少女だった。私立小学校の制服を着ている。
「ラク!」
サナは嬉しそうに言うと、
「久しぶりやね。なんか困ってんの?」
ラクは笑顔を浮かべた。
「友達とはぐれちゃって」
サナが言うと、ラクはスマートフォンをポケットに入れた。
「それやったら、ちょっと心当たりあるわ」
そして、アカリに視線をむける。
「私、秦守ラク。よろしくな」
一方、リンコ。
もう散々歩いた。なのに、ただ同じ場所をグルグルと回るばかりだ。
さすがに疲れてきた。
石畳の道を進み、もう何度目かわからない開けた場所。
しかし、さっきと違う箇所が一つあった。
祠の前に、一人の少女が立っていた。
少女はリンコと同い年くらいで、私立小学校の制服を着ている。
リンコにとっては、サナ達とはぐれてから最初に見かけたヒトだ。
「あ、あの」
リンコは少女に駆け寄ると、声をかけた。
「すみません。道に迷ってしまったんですけど、本殿ってどっちですか?」
すると、少女も困ったような表情を浮かべる。
「実は私も迷子で。何回か来たことあるんやけど、なんか今日は同じところグルグル回るばっかりで……」
二人は顔を見合わせた。
大社の中を歩くサナ、アカリ、そしてラク。
「つまり。サナが京都で暮らしていた時に、お世話してあげてたんが私」
歩きながらラクは得意げに言った。
「待て待て。“あげてた”はないだろ」
サナが不満気に言い返すが、すかさずラクが口を開く。
「朝寝坊してたら起こしてあげてたのも私。お母さんがいないときにご飯つくってたのも私。学校の持ち物も私が準備してあげてたやん」
するとサナは、ニヤリと笑った。
「忘れたとは言わせないぞ。私だってラクのお世話してあげていたからな。例えば三年生の夏休みのちょっと前、水着……」
瞬間、ラクは凄い速さでサナの口を塞ぐ。
「ごめん。ちょっと調子にのりすぎた。そやからそれは言わんといて」
ラクは顔を真っ赤にしながら言った。
そこで、アカリが笑い出す。
「とりあえず、二人が仲良しっていうのはわかったよ」
ラクはサナの口を塞いでいた手を離した。
「で、ラク。心当たりっていうのは?」
サナが尋ねる。
「うん。実はね、私もキョウコとはぐれちゃって、探してたの」
「キョウコ? 何回か来たことあるだろ?」
「うん。でも、気が付いたらはぐれてた」
そこから、ラクは声を小さくした。アカリに聞こえないように。
「今ね、低学年の化けギツネたちが呪術の練習をしてるの。それでその内の一人が『道に迷わせる術』を適当に設置したっぽいんよ」
サナは納得したようだった。
「なるほど。その術でリンコとキョウコが迷子ってわけか」
ラクはうなずいた。
「とりあえず、あの子を捕まえて、どこに術を設置したか訊き出さないと。でもすばしっこいのよね」
そのとき、後ろから声がした。
「おーい。二人で何コソコソ話してるんだー」
アカリだ。
「あ、ごめん」
サナ、それからラクも振り返り、言葉を失った。
「ねえ、ねえ、こんなの捕まえた」
いつの間にかアカリは、小学校低学年くらいの女の子を羽交い絞めにしていた。
「離して、離してよ!」
女の子は身をよじる。しかし、アカリはガッチリと羽交い絞めにして逃さない。
「なんか、さっきからずっとチラチラ私たちを見て、後ろからついてきたから捕まえたんだけど、二人のお知り合い?」
サナとラクは顔を見合わせる。
「もしかして、コイツか?」
「うん。この子ね」
そして、二人はアカリを見た。
「でかしたぞ、アカリ」
「お手柄やで、アカリちゃん」
サナとラクは同時に言った。
一方、リンコ。
先ほど出会った迷子の少女。それはそう、キョウコである。
二人は並んで、祠の前に座る。
「私、亀井リンコ。修学旅行で鳥取から来たの」
「えっと、深草キョウコ。私は、ずっと京都で暮らしてて……友達がここの近くに住んでるから、学校帰りに寄ったんやけど、なんで迷ってしもたんやろ」
キョウコは再びうつむく。
「まあ、きっとそのうち、誰か道に詳しいヒトに会えるよ」
リンコはあえて明るい声をつくった。
「リンコさんは……」
「タメ口でいいよ。同い年だし」
「リンコちゃんは、鳥取のどこから来たん? 若桜って町、知ってる?」
「知ってるも何も、私、そこから来たんだけど。どうかしたの?」
少しの沈黙。
風が木々を揺らす。
「若桜町って、小学校一つしかないんやっけ? 同級生に長尾サナちゃんっておる?」
リンコはキョウコの顔を覗き込む。
「もしかしてキョウコちゃんって、サナちゃんが京都にいた頃のお友達?」
キョウコは小さくうなずいた。
「サナちゃん、元気にしてる?」
「うん。私と一緒の班。今日もここに来てるから、後で会えるよ」
「うんっ」
すると、キョウコは出会って一番の笑顔を浮かべ、こう言った。
そのときだ。
「おーい。リンコ、キョウコ。いるかー」
声と共に足音が近づいてきた。
「サナちゃんだ」
リンコは立ち上がり、キョウコに手を差し伸べる。
「行こ。キョウコちゃん」
本殿の前。
「サナちゃん、おおきに」
キョウコはサナに抱きついた。
「おい、キョウコ。苦しいぞ」
サナはそう言いつつも、本気でキョウコを振り払う気はないようだ。
「でも、なんで迷っちゃっただろうね。ここに戻ってくるまでに、迷いそうな分かれ道なかったんだけど」
リンコが首をかしげる。
「ま、お稲荷さんの本拠地やから。キツネにでも化かされたんちゃう?」
ラクがそうこたえた。
リンコはふと視線に気が付く。
遠巻きにこちらを見ている小学校低学年くらいの女の子。
それは、リンコとキョウコを道に迷わせたあの女の子だ。
彼女はペコリと一礼すると、小走りで去っていった。
そのとき、リンコのポケットでスマートフォンが震えた。
画面を見てみると、先生からの電話だった。
「はい。亀井です」
リンコは電話で何かを聞くなり、顔色が変わった。
「サナちゃん、アカリちゃん、大変だよ!」