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コンと狐と  作者: 千曲春生
コンと狐とサナのワクワク修学旅行
139/222

サナの家に行きたい話他

◇◇◇サナの家に行きたい話◇◇◇


「サナちゃんの家に行っていい?」

 そう言ったのは、リンコだった。

 学校のコンピューター室には、六年生の全員がそろっていた。

 それぞれの手元には、修学旅行のしおり。

 今は学級活動――学活の時間。来週に控えた修学旅行にむけて、自由行動の時間どこに行くのか決めようということだ。

 サナ、アカリ、リンコの三人で一つの班。

 一台のコンピューターの前に座り、相談をする。

 その最中、おもむろにリンコはサナの家に行きたいと言い出したのだ。

(うち)? 来るのはいいが、今は修学旅行でどこ行くか決めないと」

 サナは首を傾げる。

「いやいや。そうじゃなくて、修学旅行の自由時間にサナちゃんの家に行きたいなって話し」

 リンコはさらに説明するが、それでもサナにはよくわからない。

「私の家はこの若桜町だ。修学旅行の行き先は京都だろ?」

 そこでリンコは流れるような手つきで『グーグルマップ』に住所を打ち込む。

「ここ」

 赤い印で表されたのは稲荷大社の近くで、特に名称は書かれていない建物だった。しかし、それを見たサナの顔色が変わる。

「なに? ここ」

 アカリは|ストリートビュー《街を歩いているような視点》に切り替え、その建物を見る。

 それは、ありふれた一軒の住宅だった。ちょうどこの家の住民らしき、小学生くらいの女の子が家に入っていく後ろ姿が写っている。

「……ここ、私の家」

 サナは絞り出すような声で言った。

「はい?」

 アカリが聞き返す。

「ここ、私が京都で暮らしてたときの家。っていうか、なんでリンコはこの家の住所知ってるんだよ! 誰に聞いた? お前のプライバシーポリシーどうなってるんだよ!」

 サナはリンコにつめ寄る。

「え、えっと、情報源はちょっと言えない……かも」

「ちなみに、この写ってる女の子。どう見てもサナじゃないよね? 誰?」

 アカリは画面を指差して尋ねる。

「これは、ラクだな。私、京都ではお母さんの友達の家で暮らしてたんだ。そのお母さんの友達の子供がラク」

 アカリとリンコは納得したようにうなずく。

「で、ここ行く?」

 リンコはサナを見るが。

「私の家は観光地じゃない」

 あっさりと否定された。



◇◇◇セリカのちょっと面倒くさい日の話◇◇◇


 五時間目の授業が終わり、後は帰りの会だけというタイミングで六年生の教室に来客があった。

「えっと、長尾さんって、いるかな?」

 中年の女性の先生だ。教室の入り口から呼びかける。

「あ、はい。私です」

 サナは立ち上がり、先生の元へ。

「私ね、七年生(中学一年)の担任なんだけど、江坂さんって知ってるよね?」

 先生は尋ね、サナはうなずく。

 江坂セリカ。

 サナの一つ年上の幼なじみだ。

「セリカが、どうかしたんですか?」

「江坂さんね、今日体調不良でお休みしたから、プリント届けてほしいんだけど。長尾さんって江坂さんと家、近いよね?」

 先生はそう言いながら、クリアファイルにはさんだプリントの束を差し出します。

「わかりました。届けておきます」

 サナはそれを受け取った。


 放課後。

 サナは学校帰りにセリカの家に寄った。

 チャイムを鳴らすと、しばらくしてセリカの母、ヒトミが現れる。

「あら、サナちゃん」

「こんにちは。セリカのプリント届けに来ました」

「ありがとう」

「あの、セリカ、大丈夫ですか?」

 サナの不安気な表情を見たヒトミは「ちょっと待っててくれる?」と言って家の奥へと入っていく。

 しばらくして声が聞こえてきた。

「セリカちゃん、おきてる?」

「……うん」

「サナちゃんがプリント届けに来てくれたけど、どうする? あがってもらう? それとも、寝てるって言っておこうか?」

「会いたい。呼んできて」

「わかった」

 そんなやりとりの後、ヒトミは玄関まで戻ってきました。

「サナちゃん。セリカちゃんおきてたけど、ちょっと会っていく?」

 ヒトミが尋ねると、サナはうなずいた。


 フワリと芳香剤の香る、セリカの部屋。

 壁際には、ハンガーで制服がかけられている。夏服だ。

 セリカはベットの上で、毛布と掛け布団を肩までかぶり横たわっていた。

「ごめんね。サナちゃん。朝からちょっと、お腹痛くって。……二日目だから」

 セリカはベットの上で上体をおこそうとするが、サナはそれを止めた。

「寝てろ」

 セリカは再び横になり、サナが掛け布団と毛布をかける。

 サナはランドセルを開け、クリアファイルを取り出した。

「今日のプリント、ここ置いとくぞ」

 そして、勉強机の上に置きます。

 すると、セリカは「フフっ」と笑った。

「サナちゃんが学校をお休みしてた頃は、毎日私がプリント配達してたのにね。逆になっちゃった」

 サナは視線を泳がせてから、ゆっくりと口を開く。

「あの頃さ、セリカ、家出して家に来たことあっただろ? あのときは、ごめんな」

 セリカはおどろきの表情を浮かべた。

「どうして、サナちゃんが謝るの? あのとき迷惑かけちゃったのは、私だよ」

 サナは少し考えて、考えて、それからゆっくりと口を開きます。

「あのときさ、私、セリカに『血の臭いがする』って言ったよな。あれ、言われて凄く嫌だったんじゃないかなって。今だから、私もわかるんだ。本当にあのときは、ごめんな」

 セリカは毛布にくるまったまま体制を変え、サナに背中をむけた。

「そうだよ。サナちゃんってデリカシーないんだから」

「……ごめん」

「しかも一回だけじゃなくて、何回も血の臭いがするなんて言ってくるし。すっごい嫌だったんだから。セクシュアルハラスメント」

「ホントにごめん」

「でも、いいよ。私が怪我してないか心配してくれてたこと、わかってるから」

 セリカは口元まで毛布をかぶる。

「寒いのか? セリカ」

 サナが尋ねる。

「寒いよ。ヒトミさんが持ってきてくれた湯たんぽ冷めちゃった。痛いし、眠いし、ダルいし、冷えるし。もうサイアク。サナちゃんにはわかんないかもだけど、この世の全てを呪いたい気分になる」

 セリカは毛布に覆われた口でモゴモゴと言った。

「しょうがないなァ」

 瞬間、サナはポンっという音と、少量の煙と共に姿を消した。着ていた服が床に落ちる。

 そして、その服の下らから、モゾモゾとキツネの姿になったサナが現れた。軽やかにベットに飛び乗ると、毛布に潜り込む。

「ほら。二年前のお詫びだ。温めてやるよ」

 サナはセリカのお腹にピタリと体をくっつける。

 厚手のパジャマ。布一枚をはさんでくっつく、サナの毛皮とセリカの肌。

「サナちゃん、あったかい」

 セリカは嬉しそうに言った。

「もうすぐ冬毛になるから、そしたらもっとあったかいぞ」

「サナちゃんも毛が生え変わるんだ」

「うん。人間の姿でも、冬はちょっとだけフワッとしてる」

「そうんだ。ずっと気が付かなかった」

「髪、短かったからな」

「そういえばサナちゃん、もうすぐ修学旅行だっけ? 行き先は今年も京都?」

「ああ。そうだ」

「今度は楽しんできてね?」

「今度は?」

「だって、修行で京都に行ってたときはとっても嫌なことがあったんでしょ? 去年はコンさんを呪いから助けるために京都に行ってた。だから、今度の京都は楽しめる旅行になるといいねってこと」

「そっか。そうだな。思いっ切り楽しんでくるよ」

 セリカは頬を膨らませる。

「私がこんな思いしてるのに、サナちゃんが楽しんでくるなんてズルい」

「待て待て。セリカが楽しんでこいって言ったんじゃないか」

「だって。急にサナちゃんがズルい気がしてきたんだもん」

「わかったよ。ちゃんとお土産買ってくるから」

 セリカはそっと目をつむる。

「なんか、眠くなってきちゃった」

「じゃあ、寝てろ」

「いい夢が見られる術、使って?」

 セリカは小さな子供が親に甘えるような声で言った。

「そんな術はないぞ」

 サナはあっさりと言う。

「ん~! サナちゃんのイジワル」

「いや、イジワルとかじゃなくて……」

「でも、サナちゃんが温めてくれたから、ちょっとだけ楽になった気がする。……ありがとう」

 セリカはそう言うと、穏やかな寝息を立てはじめた。


 十数分後。

 セリカが熟睡しているのを確認すると、サナはベットから出て、人間の姿に戻る。

「……お母さん。私、幸せだよ」

 セリカの寝言だった。

 サナはそっと、セリカの前髪をなでる。

「えへへ」

 セリカは楽しい夢を見ているようだ。

 サナは出来るだけ音をたてないように、そっと部屋を出た。



◇◇◇よくわからない話◇◇◇


 夕方。『和食処 若櫻』に電話がかかってきた。

 いつものカウンター席にいたサナは、スケッチブックを置いて、電話に出る。

「はい。長尾です」

『私、メリーさん。今、あなたの後ろ』

 電話の相手は幼い女の子の声でそう言った。

 サナは少し考えてから

「じゃあ、今、私の前の壁にかかっている絵はなんの絵だ?」

 と訊いた。

三世大谷鬼次さんせいおおたにおにじ奴江戸兵衛(やっこえどべえ)

 電話の相手は当然のようにこたえる。

「正解は、絵はかかっていない。壁があるだけだ。それでなんの用だ? ラク」

 電話の相手の声に、サナは聞き覚えがあった。サナの友達、ラクだ。サナが京都委煮たときは同じ家で暮らしていた。

『サナさ、修学旅行でこっち来るやろ? それでちょっと訊きたいんやけど……』

 そのとき、電話のむこうでドンガラガッシャーン、と凄い音がした。

『あ、こら。なにやってんの』

 というラクの声に続き、しばらくバタバタと音がして。

『ごめん。またかけなおすわ』

 と言い残し、ラクは電話を切ってしまった。

「サナちゃん、何の電話?」

 コンがカウンターの内側から尋ねるが。

「なんか、よくわからなかった」

 としかサナには答えられなかった。


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