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コンと狐と  作者: 千曲春生
幕間
138/222

コンと飼育員とお菓子好きな女の子の話 その3

 次の日もヨシミは休みで、出勤したのはさらに翌日、土曜日。

 動物園に着くなり、園長に呼び出された。

 昨日、コンが急に体調を崩したらしい。

 バックヤード。

 コンは毛布が敷かれた段ボールの中で丸まって、弱々しい呼吸を繰り返していた。

「獣医さんによると、もう長くはないだろうとのことだ。市原さん。最期にお見送り、してくれるかな」

 園長は静かにそう言うと、去っていった。

「コン……あなた……」

 ヨシミはコンの頭をそっと撫でる。

「シキちゃんに会いたい?」

 優しく尋ねると、コンは目を開いてヨシミを見る。

「わかった。すぐに呼んでくるからそれまで生きてね」

 ヨシミは廊下に飛び出す。

「市原さん、どうしたの?」

 先輩が声をかけたが、ヨシミは足を止めずに「すぐ戻ります!」とだけ言った。


 動物園を飛び出し、街中を走り抜ける。

「あなたの長所を教えてください」

 こんな時なのに、なぜか面接官の声が脳裏に蘇る。

「私は中学生のときからずっとテニスをしています! 体力には自信がある!」

 ヨシミはそう叫ぶと、さらに走るペースを上げた。


 一昨日、シキを送り届けた一軒家。表札には『端野』の文字。

 ヨシミは息を切らせながら、チャイムを押した。

「はーい」

 玄関のドアが開き、一人の女性が出てきた。シキの母親の様だ。

「えっと、どちら様でしょうか?」

 動物園のロゴが入った作業服を着ていて、ゼエゼエと息を切らせるヨシミ。それを見て母親は戸惑っている。

「あ、あの……シキちゃん……」

 ヨシミはなんとか状況を説明しようとするが、息が切れて上手くしゃべれない。

 そのとき、母親の後ろからシキが顔をのぞかせる。

「あれ? お姉さんどうしたの?」


 シキと共に動物園に戻ると、ヨシミは園長の元へと行った。

 コンと仲の良かった子がいたこと。

 そして、最期にその子とコンを会わせてあげたいということ。

 園長は二つ返事で了承してくれた。

 バックヤードにシキを入れる。

「……コンさん」

 シキは段ボールの側に座ると、コンの頭に優しく触れる。

 すると、コンは小さな声で鳴いた。

「うん」

 シキは小さくうなずく。

 また、コンは小さく鳴いた。

「大丈夫。私は、大丈夫だよ。ちゃんと、人間のお友達と仲良くするよ」

 シキは両手を伸ばしてコンを段ボールから出すと、優しく抱きしめる。

「ありがとう。心配してくれて」

 ヨシミは気が付いた。

 シキの頭に、一対の三角の耳が生えていた。

 キツネの耳だ。

 しかし、ヨシミはなにも言わなかった。言わないことにした。

「私、頑張るよ。私、頑張るからね。コンさんに心配させないように、頑張るからね」

 また、コンが何かを言った。

「うん。わかった」

 シキは小さくうなずいた。

 そして、コンは視線をヨシミにむけると、二、三声鳴き、ゆっくりと目を閉じた。

 それが、コンの最期だった。

 シキは、コンを抱きしめていた。


 しばらくしてから、シキはコンの遺体を段ボールの中に寝かせる。

 それと同時に、頭の耳は煙のように消えた。

「お姉さん。コンさんは最期にね『ありがとう。これからも、みんなを大事にしてあげてね』って、言ってたよ」

 シキはゆっくりとヨシミに顔をむける。

 ヨシミは迷うように、視線を泳がせた。


 それから、園長にコンの死を報告しに行くと、後のことはやっておくからシキを家に送っていくように、ということだった。

 二人並んで歩く帰り道。

「ねえ、お姉さん。コンさんはもういないけど、でも、また、動物園に行っていい? お話ししに行っていい?」

 シキはおもむろに口を開いた。

「……うん。もちろん、いいよ」

 ヨシミはゆっくりと返事をした。

 それきり、会話はなかった。


 数週間後。

 その日、ヨシミは休みだったので、友人と街を歩いていた。

 ちょうど、動物園の前を通り過ぎる。

「そういえばヨシミさ、一昨日の話、どうなったの? 移動するかもってやつ」

 歩きながら友人が尋ねる。

 予定よりはやいが、ヨシミに人事異動の話があったのだ。

 移動先は市役所の会計課。

「園長に泣きついて、なかったことにしてもらった。今回断ったらかなり先まで移動の話は来ないよ、だってさ」

 まだまだ飼育員続けたいです。ヨシミがそう言ったとき、園長は嬉しそうだった。そして、市の偉いヒトに掛け合い、無理を通してくれた。

「前は辞めたいって言ってたのに」

「心境の変化ってやつ」

 ヨシミはそう言って笑った。

 ふと、前方に女の子の姿を見つけた。シキだ。

 また、男の子に取り囲まれている。

「おい、デカメガネ。顔の九割メガネなんじゃねーか」

 リーダー格の男の子が意地悪く言うと、シキはムッとしたように言い返す。

「なに? そんなことばっか言ってるから、アンタらモテないのよ。この前もミっちゃんに声かけたのに無視されてたでしょ」

 しかし、それが男の子の神経を逆なでしたようで、さらにシキにつめ寄る。

 そのときだ。

「こらー、ウチのシキちゃんに何してるんじゃー!」

 そう叫びながら、シキと同い年くらいの女の子二人が駆け寄ってくる。

「や、やべ。逃げるぞ」

 男の子たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

「大丈夫? シキちゃん」

 女の子の一人が心配そうに声をかける。

「うん、大丈夫。ありがとう」

 シキは笑顔を浮かべた。

 そこでシキは、ヨシミが見ていたことに気付いたようだ。

「あ、お姉さんだー」

 シキはピョンピョンと跳ねながら手を振る。

 ヨシミは小さく手を振り返した。

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