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コンと狐と  作者: 千曲春生
コンと狐と咲は夏景の花便り
126/222

せめての親心の話 その1

 和食処 若櫻

 カウンター席に座っていたサナは、左手のフォークを置いた。

「ごちそうさま」

 カウンターテーブルに置かれた皿。冷麺が入っていたそれは空っぽになっていた。

 サナの横の席にはコンが座っている。

「よろしゅうおあがり……って、ほっぺについてんで」

 コンはサナの頬に引っ付いていたチャーシューの欠片をはがす。するとサナはパクリとそれを食べた。

「サナちゃん、午後から出かけるんやっけ?」

「うん。セリカの家に遊びに行くんだ」

「行っておいでぇや。私が片付けとくから」

「ありがと」

 サナはショルダーバッグを肩にかけると、店を飛び出していった。

 コンはその背中を笑顔で見送る。


 それからしばらく後、コンが皿洗いをしていたときだ。

 表で、ブロロロロ、バイクのエンジンの音がした。

 音は徐々に近づいてくると、店の前で止まった。

 おや? とコンは手を止め店の入り口を見る。

「おっ、とっ、とっ、とっ、うわー!」

 そんな女性の声の後、いきなりガシャーンと大きな音がした。

 コンは慌てて店を出る。

 そこには横倒しになったスーパーカブ110。そして、その横に倒れているのはジェットヘルメットをかぶったサクだった。

「サクさん、大丈夫ですか?」

 コンは慌てて駆け寄る。

「いてて。立ちゴケしちゃった」

 サクは恥ずかしそうな表情で立ち上がると、手慣れた様子でカブの車体をおこす。


 店の中。

 サクはカウンター席に座る。さっきまでサナが座っていた席だ。

「サクさん、バイク乗るんですね」

 コンはそういいながらガラスコップにアイスコーヒーを注ぎ、サクの前に置いた。

「うん。旦那さんが乗っててそれで影響されてね。あのヒトかっこよかったから。サナを妊娠したときに辞めたんだけど、先週、免許取り直したの。これから一人で暮らしていくのに足は必要だから」

「一人で暮らす?」

 コンが聞き返すと、サクはコーヒーを一口飲み、うなずく。

「サナちゃんが元気になってくれたから、私のやるべきことはできたかなって思う。これ以上はいても邪魔になるだけだから、住む場所が見つかればすぐに出ていくわ」

「サクさん……」

 コンは何かを言いかけて、口をつぐんだ。

「コンちゃん、ツーリングにちょっと付き合ってくれない?」

 サクは笑みを浮かべてコーヒーを飲み干すと、そう言った。


 ブロロロロ。

 スーパーカブ110は郵便屋さんや新聞配達を思い出させる音を響かせながら、田園風景の中を軽快に駆ける。

 ハンドルを握るのはサク。

 そして後ろの荷台には古びた座布団が紐でくくり付けられ、そこにコンがまたがっていた。

「ホントはさ、免許取って一年以上経たないと二ケツってやっちゃ駄目なんだけど、まぁコンちゃんだからね」

 サクはそう言って笑う。

「なんか新鮮です。私、自転車も乗れなかったんで」

 コンはちょっと恥ずかしそうにする。

「そっか。じゃあ存分に楽しんで」

 コンは小さくうなずく。

 赤信号。サクは緩やかに止まる。

「ところで、私になんか話し、あったんじゃない?」

 サクは尋ねた。

 コンは迷うように視線を泳がせると、意を決したように切り出した。

「この前、お店に友達が来たんです。カナコちゃんっていって、同じ施設で暮らしていた女の子。列車を乗り間違えて、たまたま若桜町に来ちゃったらしいんです」

「へー。すごい偶然」

「それで、カナコちゃん色々話してくれたんです。最近の出来事」

「うん。それでそれで?」

「カナコちゃん、二回も両親が亡くしていて、今はお爺さんとお婆さんの家で暮らしているんやけど、毎日とっても楽しいって言ってた。お父さんとお母さんとは別にパパとママがいて、そのどっちも死んじゃって、とっても悩んで、苦しんでいました。でも、今は幸せそうでした」

 青信号。

 サクはギアを入れて走り出す。

 コンは話しを続ける。

「私がサクさんやノノさんのことに口出しをする権利はないのはわかっているんです。でも、それでも、サクさんがいなくなるのは違う気がするんです。サナちゃんにほんとうのことを話してあげないんですか?」

 コンはサクの腰にまわした腕に力をこめる。

「二人の母親がいるなら、子供にはそのどちらかを選ぶ権利があると思う。だけどね、そもそも私にサナちゃんの母親を名乗る資格なんてないの」

 サクはゆっくりとそう言った。

「資格?」

「生まれたばかりの赤ちゃんを残して、見ず知らずの迷子を助けに行ってしまった。山で子供が迷子になってるって聞いたとき、私の旦那さんのことが頭をよぎったの」

「それって、お役目の最中に行方不明になちゃったっていう?」

「そう。旦那さんも山に行って行方不明になったから、子供が迷子になってるって聞いたとき、いてもたってもいられなくなった。気が付いたら飛び出していた」

 サクは大きく息を吸いなおす。

「あの迷子は、あの子は、見捨てるべきだった。少なくともサナの母親を名乗るなら」

 ブロロロロ。

 エンジンの音が響く。

 サクはゆっくりと口を開く。

「本当はね、サナちゃんとノノお姉ちゃんを見てると、ちょっとうらやましいなって思っちゃう」

「それやったら……」

 コンの言葉を、サクは首を横に振って遮った。

「ミウお兄ちゃんとノノお姉ちゃんはとっても暖かい家をつくった。私にあんなのはできない。サナがあの暖かさの中で、大きく生きていけるようにすること。それが私の、精一杯の親心よ」

 サクは路肩にカブを止めると、目元を拭った。

「サクさん……」

 コンがかける言葉を探していると、サクはふと何かに気付いたようだ。

「コンちゃん、悪いんだけど先に帰ってくれないかな? この道、もうちょっと行ったところに駅があるから」

 サクはそういうと、サイドスタンドを立ててカブを降りる。

 コンもぎこちない動きで降りる。

 サクはヘルメットを脱ぎ、カブの上に置いた。コンもそれにならう。

「どうしたんですか?」

「この家、嫌な臭いがする。多分、誰か亡くなってる」

 サクは呟くように言うと、コンを見る。

「私も、お付き合いします。一人だと大変なこともあるでしょうし」

 コンはそう言った。

「ありがと」

 サクは視線を動かす。その先には古びた一軒家があった。ためらう様子無く玄関までいくと、扉に耳をつけながら呼び鈴を押した。

「反応なし、ですか」

 続いてドアノブを回してみる。鍵がかかっている。

 サクは左の人差し指の先を鍵穴にあて、呼吸を整える。

 指差しから一瞬火花が散り、パチンと開錠の音がした。

「開いた」

 サクは扉を開く。

「サクさん、そんなこと出来たんですね」

 コンが言うと、サクは笑顔を浮かべる。

「サナちゃんに教えてもらったの」


「お邪魔しまーす」

 サクは堂々と家の中に入り、コンもそれに続く。

 家の中は物が多く、埃っぽく、蒸し暑く、カビ臭い。

 無言のまま廊下を進み、一番奥へ。

 そこはダイニングキッチンになっていた。

 床に初老の女性が倒れていた。

「やっぱり」

 サクは残念そうにつぶやく。

 女性からは微かに腐敗臭がした。

 サクは長く息を吐き、天井を見上げる。

「あの、あなた方は……」

 おもむろに声がした。

 サクとコンが視線をむける。

 一家での食事に使われていたであろうテーブルとそれを取り囲む四脚の椅子。そのうちの一つに、不安げな表情の女性がいた。

 その女性は、床に倒れていた人物と全く同じ外見だった。

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