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コンと狐と  作者: 千曲春生
ポンと狸と魂替え物語
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第六章 第18話 過去に向き合う話 マコトの記憶

 イマの家に泊まりに来ていたポン。

 夜。

 イマの部屋に布団を二つ並べて敷く。

 ポンとセリカで一つの布団。そして、イマとミキでもう一つの布団を使う。

「ポンちゃん、大丈夫? 眠れそう?」

 セリカが静かに尋ねる。

「うん。大丈夫」

 さっきも同じ会話をした。それから、随分時間が経ったきがする。

 横の布団から、イマとミキの寝息が聞こえる。

「私、眠れないんだ。ちょっと、お話しに付き合ってもらっていい?」

 セリカの声は眠そうだ。

「うん。ありがと」

 ポンは静かにいった。

「ねえ、ねえ。ポンちゃんのこと、いっぱい教えてよ。若桜町に来る前のこととか。私、なんにも知らないから」

 セリカは無邪気な幼子のような口調でいった。わざとそうしていることがわかった。

「そうだね。何から話そうかな」

 ポンは少し考えて話しはじめる。

 元々は別の女の子だったこと。

 お父さんが交通事故で死んだこと。

 お父さんの親戚だというヒト達が押し寄せてきて、家も、お金も、何もかもとられてしまったこと。

 そして、引っ越したのが卒業式の一ヶ月前に転校した。全然馴染めなかったこと。

 お金が無くなり、お母さんが赤ちゃんを堕胎したこと。

 そんなお母さんに「なんで殺したの」っていっちゃったこと。

 ユリと名乗るタヌキに出会ったこと。

 魂替えの術でユリの体を手に入れたこと。

 本当の名前を名乗ってはいけない呪いがかけられている可能性があるから、ポンという偽名をつかっていること。

 魂替えの術でタヌキになったこと。

 名前を口にすると息ができなくなる、かもしれないからポンという偽名を名乗っている事。

「そうなんだ。魂替えなんてあるんだね」

「うん」

 セリカは眠そうな声でそういうと、眠りに落ちていった。

 ポンも目をつむる。

 志度マコト。

 油断すると、本当の名前を忘れそうになる。

 でも、もう忘れてもいいのかも。


 ふと気が付くと、ポンは家のリビングにいた。

 お父さんがまだ生きてい頃に暮らしていた家。

「うん。いいよ。どんな色にするの?」

「金髪がいいな。お父さんはどう思う?」

「学校は大丈夫か?」

「うん。緩い学校だから」

「じゃあ、いいんじゃないか」

「やった。ありがと! お父さん、お母さん、大好き」

 ポンは、志度マコトを見ていた。

 そう。これは、ポンがマコトだった頃の記憶。

 それを、ポンは見ていた。

「これが、ポンちゃんの記憶だね」

 突然、横から声がした。

 顔をむけると、そこに一人の派手な少女が立っていた。

 ポンは見覚えがあった。

 ポンをポンと名付け、キツネの一家の元で保護してもらえるように手はずを整えてくれた者。

 稲荷伸とか、お稲荷さんとか呼ばれている豊穣の神。

 ウカノミタマノカミ――ウカだった。

「……ウカさん」

 ポンは呟くように。

「こんにちは。そろそろいい頃合いかと思って、来ちゃった」

「頃合い?」

 ウカは小さくうなずくと、視線を前にむける。

 場所はリビングのままだが、場面はかわっていた。

 髪を染めたマコトは勉強をしている。

「ねえ、マコト」

 お母さんはマコトの横に座る。

「なあに? お母さん」

「あのね、マコト。とっても大事な話しがあるの」

「お母さんのおなかの赤ちゃんの話し?」

「知ってたの?」

「うん。あんなに大きな声でお父さんと話してたら、聞こえちゃうよ。弟? 妹?」

「まだわかんないわよ」

「そっか。どっちでも、私、いいお姉さんになるからね」


 場面が変わる。

「――ということでこの家は、私たちに相続権があるのです」

 リビング。むかい合って座るお母さんと、知らないおじさん。

 おじさんは早口でなにか難しい話しをして、お母さんは力なくうなずく。

「――この土地は……」

「――旦那さんの預金は……」

「持っていた車なんだけど……」

 次々と知らないヒトがやってきては、難しい話しをする。

 お母さんは明らかに落ち込んでいるのに、慰めの言葉をかけるヒトは誰一人いない。

 みんなが帰ったあと、一人、うなだれて座るお母さん。

 窓からは夕日が差し込む。

「お母さん。大丈夫?」

 マコトはそっと近寄る。

 隣の部屋から、事の成り行きを見ていた。

 見ていることしか、できなかった。

「……うん。大丈夫。お引っ越しの準備をしなきゃね。その前に、夕食の準備か。まこと、そこにお母さんのお財布あるから、コンビニでお弁当買ってきてくれる? 好きなおかしもいっぱい買っていいから」

 お母さんの声は震えていた。

 マコトはかける言葉がみつからず、結局「わかった」といって母の財布を持つと、リビングを出た。


 また、場面が変わる。

 今度は、京都に引っ越してから暮らしていた六畳一間のアパートだ。

「ねえ、マコト」

 お母さんはマコトの横に座る。

「なあに? お母さん」

「あのね、マコト。とっても大事な話しがあるの」

「昨日、赤ちゃんの検診にいってたよね。もしかして、何かかったの?」

「うん。お母さんね、昨日、検診にいくっていったけど、本当は手術を受けてきたの」

「手術? なんの?」

「赤ちゃんを、堕ろす手術」

「堕ろすって、殺しちゃうってこと⁉ なんで? なんで殺しちゃったの!」

 マコトは思わず大きな声を出した。そして、ハッとしたように口をつむぐ。

 お母さんは、マコトが見たことないくらい悲しそうな表情をしていた。

「酷いこと、いっちゃった」

 その様子を見ていたポンは、そっとつぶやく。

「お母さんが私の為を思ってくれていたこと、お母さんも辛かったこと、わかってたはずなのに」

 ウカはそっと、ポンの髪に手をあてる。

「大丈夫。お母さんは今でもあなたのことを思っている。だから、大丈夫」

 ポンは小さくうなずく。

「あなたの記憶にお邪魔したのは、見せたいものがあったからなの」

「見せたいもの?」

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