第99話、おまえが(私の)パパになるんだよ⁉(その25)
「……部長、これは一体、どういうことなんでしょうか?」
その時僕こと赤坂ヒロキは、真夜中の自室に突然現れた、自分も所属している『異世界転生SF的考証クラブ』の部長の、辰巳エリカ先輩に向かって、堪らずにそう問いかけた。
しかしその不法侵入者は、いつものごとく、とぼけた口調で言ってのける。
「どういうことって、何がかい?」
──っ、ここに及んで、まだ白を切るつもりか?
「何が、『何が』ですか、現在の状況の、何から何までの、すべてですよ!」
途端に響き渡る、僕の魂からの叫び声。
けれども先程からベッドや床の上に寝そべっている、五名もの女性たちは、誰一人反応を見せることは無かった。
──そうなのである。
自分が通っている学園の美人生徒会長を始めとして、幼なじみやクラス委員や従妹や新任女教師という、並み居る美女や美少女たちが、いきなり現在の自分の身に、それぞれの未来から『僕と自分の娘』が精神体だけでタイムトラベルしてきて、憑依したとか言い出して、未来における自分自身と世界そのものの存亡を賭けて、僕を巡ってガチのバトルロイヤルを展開したかと思えば、一転して僕をみんなで共有する密約を結んで、全員こぞって夜這いしてきて僕に子作り──否、『自分づくり』を迫っていたところ、今度は何と辰巳部長が登場してくるや否や、他の女性陣が一斉に気を失ってしまうという、まさしくもはや『何が何だかわからない』状態となっていたのだ。
「──いや、少なくとも、みんながいきなり気を失ってしまったことに関しては、心当たりがあるはずですよね⁉ 何せ部長がやって来ると同時に、みんな一斉に倒れ込んでしまったんだから」
「うん? そんなこと、わざわざ言う必要も無いことだろ? 『邪魔者』を処分しただけだよ」
そう言ってベッドへと上がり込み、会長の身体を押しのけるようにして、僕へと寄り添ってくるフェミニン部長。
「へ? 邪魔者って……」
なぜかいきなり急接近してきた、美人さんにドギマギしながら、どうにか問いかけると、艶めく薄紅色の唇が耳元で、熱い吐息とともにささやきかけてきた。
「そりゃあ、私も彼女たち同様に、君──いや、あなたに夜這いしに来たからだよ、お父さん」
「なっ、夜這いって──いやいや、そんなことよりも、部長今、僕のことを、『お父さん』って……」
「──実はね、赤坂君、私はあなたの未来の『娘』であるところの、『赤坂キリカ』なのだよ」
はああああああああああああああああああああああああああああああああ⁉
「そんな⁉ これまで散々、未来人やタイムトラベルや異世界転生などといったものはすべて、集合的無意識によってもたらされる妄想のようなものでしかないとか、SF小説みたいなことはSF小説の中でしか起こらないとか言っていたくせに、今更自分も未来人だとか言い出すなんて、何だよそりゃ⁉」
「つまりこれまであなたに説明してきたことは、すべて嘘だったわけだよ。未来人はれっきとして存在しているし、タイムトラベル自体もSF小説やラノベやWeb小説みたいに、未来の超科学によって十分実現可能なのさ」
「ちょっ、ここに来てそんなどんでん返しなんかして、いくら何でもまずいでしょう? もしこれがそれこそWeb小説か何かだったら、読者の皆様は誰一人納得してくれませんよ⁉ それよりも、さっきの質問に答えてください! 他の女性陣は、どうして意識を失ってしまったのですか⁉」
「──それは、神経性の毒ガスのせいだよ。今はまだ意識を失っているだけだけど、そのうち全員お亡くなりになるだろうね」
え。
「ど、毒ガスって⁉」
「ああ、心配いらないよ、未来の時間管理局が時間犯罪者用に開発した、特別あつらえのやつだから、未来人及び未来人の精神体に憑依された現代人にしか効き目が無く、お父さんには無害だから」
「ぼ、僕のことはともかく、いくら未来人の精神体を宿しているとはいえ、彼女たちは肉体的には現代人だというのに、どうして毒ガスなんて使ったんだよ⁉」
「そりゃあ当然、私とお母さんから、お父さんを奪おうとしたからだよ」
──っ。
いきなり両肩に食い込むように握りしめられる、とても少女のものとは思えないほど、力強い指先。
ほんの目と鼻の先に迫ってきた瞳は、いつもの聡明さはすっかり鳴りを潜めて、まるで何かに取り憑かれているかのように混濁してていた。
そして、まさにこの時、決定的な台詞を突き付けてくる、鮮血のごとく紅い舌先。
「お父さんは本当は、お母さん──この辰巳エリカのことが、好きなんだろう?」
──‼
「……知っていたのですか?」
「ああ、娘の私はもちろん、母自身もね。──喜びたまえ、実は母も、あなたのことを、憎からず思っていたのだよ!」
「──ええっ、本当に⁉」
い、いやでも、部長ったら、そんなそぶりなんて、一切見せなかったけど……。
「何しろ母は、こういった性格だから、素直に気持ちを示したことなんか無かったけど、あなたのことは心から、感謝しているんだぞ?」
「感謝、ですか?」
「娘の私が言うのも何だが、この見てくれだから結構もてるものの、男勝りの性格や偏執的な趣味嗜好を知るや、誰もが勝手に失望して離れていく中で、君だけはけして母を色眼鏡で見ることも、理不尽な忌避感を持つことも、無かったからな」
「そりゃあ、同じSFマニアだから、好感を持つことはあっても、偏見で見ることがあるわけないじゃないですか」
それに御容姿のほうも最高ともなれば、言うこと無しじゃん♡
「そうだ、母にとってのあなたは、『理想の相手』であるとともに、『唯一の希望』とも呼べる存在だったのだ。……それなのに、この泥棒猫どもが、勝手に『未来の娘』とか言い出して、お父さんに迫ってくるなんて、言語道断だよ!」
「いやだからって、毒ガスで殺すまでも無いだろうが⁉」
「だったら、こいつらが言っていったように、お父さんを種馬か何かのように、みんなで共有すれば良かったのかい?」
「うっ」
それはそれで、嫌だけど……。
「何が、お父さんを共有するだ、ぬるいことを言っているんじゃないよ! こいつらに聞いたかと思うけど、私たちの『闘争』には、自分自身だけでは無く、自分の世界そのものの存亡がかかっているんだ。それなのに、他の『娘』と妥協し合うなんて、敗北主義もいいところだ。──お父さんは、誰にも渡さない、今ここで、この私のものにしてくれる!」
「──ちょっと、部長⁉」
突然の想い人の『告白』に、つい浮かれて油断していたら、あっさりと押し倒されて、ベッドの上で馬乗りされてしまう。
「なに、心配はいらない、こう見えて母も私も、殿方に尽くすタイプなのだよ。あなたはただ、じっとしているだけでいい、すぐに天国に連れて行ってあげるから♡」
うわああああああああっ! 普段クールな方が、恥じらうようにちょっぴり頬を染めて、こういったセリフを言うだけで、何という破壊力をもたらすのだろうか! これぞギャップ萌え?
「……ああ、ようやく、一つになれるんだね。お母さんも、深層意識の中で、喜んでいるよ。もう絶対に、放さないからね。他の女なんかに、脇目を振らせたりしないからね。これからはずっと、お母さんだけを見るんだよ? お母さんも、お父さんだけを、見続けるから。──おはようから、おやすみまで、学校でも登下校中でも自宅でも勉学中でも遊戯中でも就寝中でも休日でも食事中でも入浴中でも排泄中でも自慰中でも、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと、見守り続けるからね。お父さんも、お母さんのことを、ずっと見守っていてね。今からご披露するけど、お母さんのすべてを、その目に焼き付けてね。そしてこれから先も、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと、見守り続けてね。来年の夏頃には、私も生まれる予定だから、それからは親子三人で、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと、一緒にいようね♡ ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと
──この世が終わるまで、ずっと!!!」
ひええええええええええええええええええええ!
まさか、部長までが、ヤンデレさんだったなんて⁉
一体どうすれば、いいんだ?
今度こそ、正真正銘絶体絶命の、大ピンチじゃないか⁉




