第98話、おまえが(私の)パパになるんだよ⁉(その24)
「──なっ、ただ単に考え方の『癖』が変わるだけで、間違いなく同一人物の脳みそで考えているというのに、まったくの別人になってしまうだと⁉」
「別におかしくはないでしょう? 要はこの考え方の『癖』こそが、個人というものを決定づけいるのだと見なせばいいのよ。──例えば、『記憶喪失』とは実は、この個人的な思考の組み立て方の『癖』を、無くしてしまうものだと捉えてもらうと、わかりやすいかしら?」
──‼
「Web小説でお馴染みの、『異世界転生』だって同じことで、本当に人が別の世界で生まれ変わることなんてあり得るわけがなく、単に生粋の異世界人が何らかの切っ掛けで、本来の自分とはまったく違った『考え方の癖』を手に入れているだけで、それがたまたま『現代日本人にありがちな癖』だった場合は、『現代日本からの異世界転生』を実現したような状態になるだけであり、あくまでも異世界人が自分の脳内の記憶や知識に基づいて考えることで、あれこれと言動しているのに過ぎないの。だからこそ『現代日本からの転生者』とか言いながら、みんなしっかりと『異世界の常識』もわきまえているわけなのよ」
「……だったら、生粋の異世界人であるのに、『現代日本の最先端の技術的知識』等を有しているのは、なぜなんだ?」
「まず一つには、先ほど『本好きな女の子の下克上』の話をした際にも言ったように、あくまでも生粋の異世界人の女の子が読書の習慣を普及させようと、努力して努力してその果てにたどり着いた、『最後の閃き』こそが、『現代日本レベルの記憶と知識』だったのだけど、何で現代日本よりも遙かに文化レベルが劣る中世ヨーロッパ風の異世界の住人が、そんなものにたどり着けたのかと言うと、『異世界転生SF的考証クラブ』の部長さん風に言えば、実は誰にでもたどり着ける可能性を秘めている、エジソン等の言うところの『天才ならではの閃き』──心理学的に言い直せば、ありとあらゆる世界のありとあらゆる時代のありとあらゆる存在の『記憶と知識』が集まってきているとされる、いわゆる『集合的無意識』とのアクセスを果たしたからであり、更にこれをさっき私自身が述べた『ひらがな50音理論』でたとえ直すと、Web小説における現代日本からの転生者のように、異世界人といえどあくまでも日本人的思考形態の持ち主であれば、その脳みそはひらがな50音によってのみ構成されていて、あらゆる事象──何とまさしくこれは文字通り『あらゆる』事象なのだからして、中世ヨーロッパ風の異世界においては、本来なら手の届かないはずの遙か未来の超高度な、『現代日本の最先端の技術的知識』すらも含まれているのであって、現代日本人的な『考え方の癖』がインストールされている転生者であれば、文字通り『現代日本の最先端の技術的知識』をも考えつける可能性は、けして否定できないの」
──っ。
た、確かに、辰巳部長も、同じようなことを言っていたよな。
いや、そんなことよりも──
「……その『考え方の癖』を入れ替えるだけで、現在のおまえらのような、精神的なタイムトラベル状態を始め、記憶喪失や異世界転生を実現できると言うことは」
「その通り、『多重人格』や『人格の入れ替わり』に始まり、未来からのタイムトラベルや異世界転生の逆ヴァージョンである『前世返り』に至るまで、SF小説やラノベやWeb小説なんかで言うところの、『別人格化イベント』を、現実性をまったく損ねることなく、ほとんどすべて実現することができるってわけ」
「何それ、もしかして今この瞬間において、別人格化系作品全般にわたる大革命を、成し遂げてしまったんじゃないの⁉」
「あら、それだけじゃないわよ?」
「まだ何かあるのかよ⁉」
「さっき私は、何度もこの時代へのタイムトラベルを繰り返したって言ったけど、そもそもたった一度でも、本当にタイムトラベルをしたりできないのに、繰り返すことなんて、もっての外じゃない? 実はこれも『精神体型タイムトラベル』や『異世界転生』や『別人格化』同様に、ただ単に『未来の娘としての考え方の癖』さえインストールしていれば、いつでも自前の脳みそを使って、いかなる別ヴァージョンの『この時代へのタイムトラベル時における記憶』だろうと、でっち上げることができるわけなの。──つまり、皆さんお馴染みのWeb小説でも大人気の、『ループ』とか『死に戻り』も、別に実際に行う必要はなく、『脳内の計算処理』だけで、無限に実行したも同然となるの。だって人間にとっては『脳内の記憶』こそが、『現実』であり『真実』なのだからして、実際に体験していなくても、脳内に『体験した記憶』さえあれば、本当に体験したことになるのよ」
「……おいおい、タイムトラベルや異世界転生や多重人格だけでなく、ループや死に戻りまで実現できてしまうのかよ⁉ もはや何でもアリじゃん!」
正直なところ、長々と蘊蓄ばかりを聞かされ続けて、心底うんざりしていたのだが、この結論には驚かざるを得ず、諸手を挙げて誉めた讃えたものの、
目の前の少女の態度は、あくまでもクール極まるものであった。
「──そんなことは、どうでもよろしい! それよりも、お父さん、何か大切なことを忘れていませんか?」
へ?
「た、大切なこと、って?」
「──もちろん、我々が現在おかれている現状が、ループや死に戻りでも、異世界転生や多重人格化でも、究極的にはタイムトラベルでもなく、『ヤンデレハーレムラブコメ』であることよ!」
え。
「──ちょ、ちょっと、おまえら、いつの間に⁉」
気がつけば、周囲はすっかり、アズサや委員長や従妹のサユリや泉水先生等の、『告白同盟』のメンバーたちに取り囲まれてしまっていた。
もはや完全に逃げ場を失った哀れな子羊に対して、嗜虐的な笑みをたたえながら、正面の純白のワンピースをまとったお嬢様は、あたかも死の宣告を与えるかのように宣った。
「さあ、これから朝までじっくりと、子作りを──いえ、私たちづくりをいたしましょう。ねえ、お父さん♡」
そう言うや、ゆっくりと近づいてくる、薄紅色の唇。
……くっ、ここで騒ぎ立てたり力ずくで抵抗したところで、僕たちの関係を他人に知られてしまうだけだ、むしろこいつらにとっては望むところだろう。
つまりは、たとえ『ハーレムエンド』と言ったところで、時と場合によっては、むしろ『バッドエンド』にもなり得るということなのかよ⁉
絶体絶命の大ピンチの中で、僕が現実逃避すらし始めていた、まさにその時であった。
「「「「「──だ、誰よ、こんな時に?」」」」」
唐突に部屋中に電子音が鳴り響くとともに、いかにも『条件反射』的に、おのおのスマホを取り出して、その画面を見やる少女たち。
「「「「「あうっ⁉」」」」」
そしてうめき声をあげるや、一斉にベッドや床へと倒れ伏していく。
「お、おい、どうしたんだよ、みんな⁉」
突然の予想外の出来事に、堪らず僕が声を上げた──その刹那であった。
「心配はいらないよ、彼女たちは皆、気を失っただけ──いや、会長殿の言うところの、『個々人の考え方の癖』を失っただけだよ」
そのいかにも思わせぶりな声音に振り向けば、部屋の入り口の手前にたたずんでいたのは、フェミニンなサーモンピンクのキャミソールとローライズのジーンズとで、女性らしいメリハリのきいた長身を包み込んだ、肩口までの艶めく黒髪と彫りの深く整った小顔の、十六、七歳ほどの少女であった。
「……部長」
そうそれは、僕が敬愛してやまない、『異世界転生SF的考証クラブ』の部長こと、辰巳エリカ嬢の、満を持してのご登場であったのだ。




