第97話、おまえが(私の)パパになるんだよ⁉(その23)
「──これは現在話題の焦点である、タイムトラベルだけではなく、お父さんもお馴染みの異世界転生系Web小説においても、『鉄則』のようなものだから、辰巳部長さんあたりから話を聞いていると思うけど、精神体限定のタイムトラベルや異世界転生って、実行者である『現代日本人』ではなく、実行者の精神体に憑依されることになる、現代人や異世界人等の、『現地人』のほうを主体に考えるべきなの。例えば、『本好きの女の子が異世界で下克上していく話』においては、現代日本のアラサー司書ではなく、あくまでも異世界人の本好きな幼い女の子のほうが『主体』なのであって、その子が純粋に本好きをこじらせて、中世ヨーロッパ風な異世界において何とか安価な書物を普及させようと努力していった末に、奇跡的に手に入れることができた『現代日本レベルの記憶と知識』こそが、たまたま『現代日本のアラサー司書の記憶と知識』だっただけで、本人は自分のことを『アラサー司書の転生者』だと思い込んでいるようだけど、異世界転生なんて本当にあり得るわけがなく、ただ単に本好きな異世界の女の子が己の飽くなき努力の結果、『天才的閃き』という名の『現代日本レベルの最先端の製本技術等の知識』を手に入れることができたってだけのことなのよ」
──!
た、確かに、辰巳部長も、同じようなことを言っていたけど……。
「……異世界の本好きの女の子にとっての、『現代日本のアラサー司書の記憶と知識』が、安価な書物を普及させるための、『印刷や製本や流通のための技術的知識』だとしたら、『僕の娘』を名乗る『未来人の記憶と知識』的精神体であるおまえらは、現在憑依している『母体』に当たる山王会長やアズサたちに、一体何をもたらしているわけなんだ?」
「……そうねえ、一言で言うと、『カンフル剤』みたいなものかしらねえ。──もちろん、『恋のバトル』のためのね♡」
「へ? 恋のバトルのための、カンフル剤って……」
「特にこの『母体』──『山王ユカリ』は、深窓のお嬢様であり、優等生のお利口さんだったために、恋愛に関しては相当の『奥手』だったわ。そんな彼女がふとしたことから、これまで何の接点も無かった下級生の男の子に惚れ込んでしまったところで、結構女の子にもてているその子にアタックする勇気なんかあるわけなく、ただ彼が幼なじみや従妹やお色気女教師たちとイチャイチャする姿を見守り続けるばかりだったんだけど、ついに我慢の限界を迎えて、彼女自身も心から恋のバトルに参加するための、『武器』を欲するようになったの。──そう、『ヤンデレ化』という、恋のバトルにおける最強かつ最凶の武器をね。
なっ⁉
「会長が、恋のバトルに参戦するために、ヤンデレになることを欲しただと? そんな馬鹿な!」
「もちろん、彼女自身は無自覚だったでしょうけど、それはとても筆舌に尽くしがたいほどに、『強力な願望』だったの。何せ、狙った獲物に対する執着心も、邪魔になる恋のライバルに対する敵愾心も、もはや道徳や法律すら度外視してしまうほどのレベルとなり、何が何でも己の愛を成就しようとするのですからね。一度『ヤンデレ』に取り憑かれてしまえば、少なくとも恋のバトルにおいては、『無敵モード』になるようなものなのよ。だから山王ユカリは──私の『お母さん』は、自分自身の娘の『未来人としての記憶と知識』を欲したの。何せ『未来のあなたの娘』である私は、あなたとお母さんを結びつけなければ、存在自体が成り立たなくなるのですからねえ、そりゃあヤンデレ化も辞さすに無我夢中となって、恋のバトルにおいて勝利を獲得しようとするでしょうよ」
「……それってつまり、会長たちが自らの意思でヤンデレ化するために、おまえらのような『未来人の記憶や知識』を、自分の身に憑依させたと言うことなのか?」
「いえいえ、『お母さん』たちはあくまでも、無自覚だったと思うよ? 『私』もあくまでも自分のことは、『未来人』だと思っているもの」
「……おまえは未来人そのものと言うよりも、記憶や知識──すなわち、『情報』みたいなものじゃないのか?」
「まあ、『客観的』には、それが正解なんでしょうね。しかし『主観的』には、『私』はあくまでも、『未来から精神体のみでタイムトラベルしてきた、あなたの娘』なのであり、単なる『擬似的な記憶』でも『寄生精神的生命体』でも無いの」
「いや、おまえ自身がついさっき、タイムトラベルなんて現実にはあり得ず、自分自身も会長の妄想の産物のようなものだと、言ったんじゃないか?」
「『未来の娘としての記憶や知識』と言っても、私こと『赤坂ヒカリ』個人の『半生の記録』が、そのままズバリ移植されるわけでは無くて、私という人間を構成する『ベースデータ』のみが、『お母さん』であるこの山王ユカリの脳みそに移植されることによって、自分のことを『赤坂ヒカリ』として、認識するようになっているに過ぎないの」
「……人間を構成する、ベースデータだと?」
「話を極限までシンプル化すると、人間が思考のために必要とする最低限の『文字』の数って、英米人ならアルファベット26字であり、日本人ならひらがな50音になるじゃない? 何せあくまでも頭の中で考えるだけだから、難しい漢字なんて必要ないからね。わかりやすく言えば、アルファベット26字だけで、基本的にあらゆる英文学作品を作成できるように、英米人の人生におけるすべての『記憶と知識』を表現することすらも、十分可能ってわけなのよ」
「……いや、言いたいことは何となくわかるけど、それってあまりにも、極論過ぎないか?」
「何となくわかってくれればいいのよ、どうせ初めから極論であることを前提に話しているんだしね。だって日本人の頭の中では、ひらがな50音だけで、この世界におけるすべての事象を認識していて、ひいては自分のこれまでの人生のすべてを記憶しているのは、れっきとした事実なんだから」
「それは確かに、そうだろうけど……」
「とにかく私が言いたいのは、極論すれば日本人の脳みそは、みんなひらがな50音だけで構成されているようなものだってことなのよ。──ただし、人それぞれにおいて、その同じひらがな50音を、具体的に意味を持つ『言葉』にする場合において、『癖』があるからこそ、それぞれ『個性』というものが生じることになるわけなの」
「……個々人における、『癖』だって?」
「実は今回の、私たちの『お母さん』の『未来の娘』化においては、『娘』たちそれぞれの『癖』だけを、『母体』の脳みそにインストールしているの。これによって、あくまでも母体側の脳みその中にある記憶や知識という、『情報』に基づいて物事を考えているはずなのに、『癖』によって計算の仕方が改変されて、どうしても『未来の娘の記憶や知識』といった『情報』に基づいた考え方になってしまい、結果的に『未来の娘』そのものの言動をすることになり、しかも己自身も自分のことはあくまでも、『未来の娘』であるように認識するようになるって次第なのよ」




